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今年7月、宇都宮市内の認可外保育施設に宿泊保育で預けられていた女児が高熱で亡くなるという不幸な事故が発生した。

■施設だけの問題として片付けてしまって良いのか
女児の両親は施設の関係者を保護責任者遺棄致死罪で刑事告訴するとのことだ。

体調不良を訴え、高熱を出していた女児に適切な医療を受けさせなかったなど、報道されている内容が確かならば、保育施設に問題があったことは間違いないであろう。

しかし、私は他にも色々な不幸が重なり今回の結果に至ってしまったように思えてならない。

両親の職業などが分からないので、仮定の話も多くなってしまうが、本稿では、子どもを持つ共働きの家庭について様々な角度から考察したいという意図もあるので、ご容赦を頂きたい。

■育児休業は取得できなかったのか
まず、私が驚いたのは、亡くなった山口愛美利ちゃんが生後わずか9か月だったということである。

法律上、生後1年まで(保育園が見つからない等、一定の場合は1年6か月まで)は育児休業を取得することができるので、両親のどちらかが、育児休業を取得することはできなかったのだろうかということを私は考えた。

とくにそう考えたのは、今年4月1日から施行された雇用保険法の改正で、育児休業期間中に支給される育児休業給付金が手厚くなったからだ。

従来、育児休業給付金の支給額は育児休業に入る前の賃金の50%であった。これが、最初の180日間は67%にまで引き上げられたのだ。育児休業期間中は社会保険料も免除されるし、育児休業給付金には所得税も課税されない。また、児童手当も支給されるようになるから、手取りベースでは、休業前の80%以上が確保されるのだ。180日以降も70%弱の水準は維持できる。具体的なシミュレーションは下図を参照してほしい。

児童手当


家庭の事情は様々であるので、産後休暇明けすぐに母親も働かなければならない事情があったのかもしれないが、もし、上記のような雇用保険法の給付水準を知らず、経済的な理由で育児休業の取得をためらったということであれば残念である。

また、1経済的な理由ではなく、会社が育児休業を取得させてくれなかったとか、育児休業を取得したら復職後に居辛くなる、ということであれば、都道府県の労働局の雇用均等室や社会保険労務士などへ相談してほしかった。

育児休業は、入社1年未満の社員や、1年以内に契約期間が満了する契約社員など、わずかな例外を除き、会社は取得を拒否することができないのが原則である。また、育児休業を取得した社員を不利益に扱うことも違法である。

会社は「あなたがそんなに休んだら仕事はどうなるのだ」と言うかもしれないが、そのような場合に備え仕事を標準化したり、バックアップ体制を構築したりしておくのは会社の役目であるし、派遣会社から育児休暇中の代替要員を確保したりといったような対応にも努めなければならない。

会社として必要な配慮をせず、従業員にツケを回して、育児休業の取得を思いとどまらせようとプレッシャーをかけたりするのは決して望ましい姿とは言えないであろう。

■せめて出張日程の配慮を
仮に育児休業をとらなかったとしても、せめて両親とも出張が重なるという状況は避けることができなかったのだろうか。

両親の勤務先が同じ会社であったとしたら、会社は完全に配慮を欠いている。確かに、原則としては業務上の出張命令を拒否したら懲戒処分を受けても文句は言えない。しかし、会社の業務命令権も無制限ではなく、社員への私生活への配慮も雇用契約に付随する義務として求められているのだ。

生後9か月の子を持つ両親に対し、同時に宿泊を伴う出張を命じることは、明らかに会社側の権限濫用であろう。両親が出張命令に対し、どちらかの日程をキャンセルするなりずらすなりの配慮を求めることは、正当な理由があると言える。

もし、両親が違う会社に勤めていたとしても、事情を説明して、両親どちらかの事情で出張をずらしたり、代わりの人に行ってもらったり、ということはできなかったのであろうか。

例えば、父親の出張は、代理を立てることも無理で、その日に行かなければ会社が大きな不利益を受けてしまうものであるが、母親の出張は次週でも大きな影響はない、というものであれば、母親が勤務先に正直に事情を話して、出張日程をずらすよう努めるべきであったのかもしれない。

■自営業だった場合もやりようはあるはず
もしかすると、両親が経営者であったり役員だったりして、育児休業が取得できる環境ではなかったり、自分が出張しなければ経営に大きな影響があるという状況であったということも考えられる。

私も社会保険労務士事務所を切り盛りする経営者の一人であるので、今回のような事態に直面したら、自分だったらどうするだろうか、という視点でも考えてみた。

これは、私の価値観なので正しいとか正しくないという意味ではないが、やはり、経営がどうあれ、3泊4日もの間、生後9か月の子供を置いて、両親そろって出張には行けない。

私であれば、客先に事情を話してスケジュールの調整をするか、業務提携している先生に代理を頼むことを考える。

あるいは、Skypeなどで詳細を詰め、本当に会わなければできない仕事だけ最短日程でこなして戻ってくるとか、そのような落し所を見つけられるよう努める。

できる範囲で最善を尽くしてもお客様が去っていったら、それはそれで仕方がないと割り切るしかない。そもそも、家庭を維持できない働き方には、いくら自営業とはいえ、どこか無理があるからだ。現状のままがむしゃらに働き続けるよりは、ビジネスモデル自体に問題があると考え、一呼吸おいて働き方を見直したほうが合理的ではないだろうか。

■総括
サラリーマンであれ自営業であれ、いずれにしても、両親が生後9か月の子どもを3泊4日も宿泊保育に預けざるを得なかったという働き方は、何かおかしい気がする。

今回の事件も、認可外保育施設の不手際は別として、仕事を押し付けた会社が悪いとか、子供を預けてしまった両親も悪いとか、犯人探しをするつもりはないが、少なくとも言えることは、「仕事」という大人の世界のツケが回って、罪のない子供が犠牲になってしまったという一面があるということである。

仕事は、家庭を維持するための糧を得るために必要不可欠なものである。しかし、その糧を得るために家庭が崩壊してしまうとしたら、それは本末転倒であろう。

サラリーマンであれば、育児休業など自分の権利をしっかりと把握すること。自営業であれば、仕事と家庭を両立できるビジネスモデルの構築を目指すこと。端的に言えば、これがポイントではないだろうか。

《参考記事》
■女子高生のバイトの時給は、なぜパート主婦より安いのか? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/40790237-20140912.html
■サラリーマンも長期稼動するための秘訣を山本昌投手に学ぼう 榊 裕葵
http://sharescafe.net/40740710-20140909.html
■社会保険労務士は本当に「経営者の味方」「労働者の敵」という仕事なのか? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/35377589-20131204.html
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http://sharescafe.net/40391924-20140818.html
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あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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