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昨夜、全くの偶然であるが、某駅で痴漢の容疑者が逮捕される瞬間を目撃した。

■私生活上の行為は懲戒処分の対象ではないのが原則
容疑者の男性は、20代半ばくらいで、スーツを着たどこにでもいそうな仕事帰りのサラリーマン風であった。

「サラリーマンが痴漢で逮捕された」と聞いたとき、多くの方は、「懲戒解雇」という言葉が頭の中をよぎるであろう。

だか、「痴漢=懲戒解雇」というのは、180度発想を変えるべき考え方であることを、私は皆様にお伝えしたい。

懲戒解雇は就業規則に定められた処分として行われるものであるが、そもそも就業規則というのは、会社の中だけで通用するルールブックである。ひとたび職務を離れれば、社員は就業規則の縛りからは当然に解放されるものなのだ。

したがって、痴漢だろうが交通事故だろうが、社員の「私生活上」の行為に対して、会社は懲戒処分をすることはできない、というのが大原則である。

そこを出発点にしたうえで、「痴漢で逮捕された」という話を考えると、社名入りでその事件が新聞報道されたとか、社内では責任ある地位についていたので痴漢での逮捕は全社員へ与える影響が大きい、といったような場合にはじめて、「私生活上の行為ではあるが、会社の信用を失墜させるなど業務上の不利益を発生させた」として、拡張的に懲戒処分が可能となるのである。

■痴漢で懲戒解雇は可能か
また、懲戒処分を行うには「相当性」の観点が必要であると法的には考えられている。

刑法においても、死刑判決を受けるのは殺人や現住建造物放火など重大な犯罪に限られている。それと同様に、サラリーマンにとっての死刑判決である懲戒解雇も、会社に対して重大な損害を与えた場合等に限られるのだ。

したがって、就業規則に「痴漢で逮捕された者は懲戒解雇とする」と明記されていたとしても、多くの場合、裁判所はこの就業規則の定めを公序良俗違反として無効であると判断するであろう。

痴漢による懲戒解雇が可能となるのは、何度逮捕されても痴漢行為を繰り返して更生の可能性が無いとか、特別に悪質な痴漢行為であり新聞やテレビでも社名入りで大々的に報道されたといったような、極めて限定的なケースである。通常は、始末書や出勤停止、降格などが相当性の認められる範囲の懲戒処分であろう。

つまり、もし痴漢で会社から懲戒解雇を言い渡されたとしても、自分の行為がよほど悪質でない限り、解雇無効を争うことは充分に可能であるということだ。不当解雇であることが認められれば、裁判で争っていた期間の賃金は支払われることになるし、当面の生活資金の確保のため「賃金仮払いの仮処分」を受けることも可能である。

■懲戒解雇イコール退職金不支給ではない
また、少なからずの方が誤解しているのだが、仮に懲戒解雇が認められたとしても、イコール退職金がもらえなくなるわけではないことを知っておきたい。

多くの会社の就業規則では、懲戒解雇の場合には退職金は支払われないと定められているが、裁判所はこれを限定的に解しているのだ。

過去に実際に裁判になった例であるが、ある鉄道会社の社員が痴漢で逮捕されたという事件があった。鉄道会社の社員が痴漢とはあるまじき話であるし、しかも前科2犯あって、今回は3回目の逮捕であった。

会社はこの社員を懲戒解雇とし、退職金は不支給とされた。社会一般の感覚としても、この場合は、懲戒解雇及び退職金不支給でも仕方がないと考えるであろう。

しかし、この裁判の結末は、懲戒解雇自体は正当としたものの、退職金については「永年の勤続の功労を抹消させてしまうほどの背信行為がない限り、退職金の不支給は許されない」という論理のもと、本来支給額の3割を支給すべきことを会社に命じたのだ。

横領や背任で多額の損害を与えたとか、重役でありながら痴漢をして会社の信用を大きく失墜させたということならば別だが、一般社員が私生活上犯した犯罪では、それが殺人や強盗といった重大なものでない限り、裁判で争えば退職金の一部を取り戻すことは可能なのである。

■痴漢からの職場復帰は難しい
ここまでは、痴漢で逮捕されても多くの場合、解雇を回避できることや、退職金は一部であれ支払われる可能性があるというポジティブな話をしてきたが、ここからはネガティブな話になることをお許しいただきたい。

会社に復職できたとしても、「痴漢をした人」というレッテルを背負ってサラリーマン生活を再スタートさせなければならないから、せっかく職場に復帰できても、周りの目などが気になって、最終的には自分自身のメンタルが厳しくなり、退職せざるを得なくなってしまう可能性があるということだ。

■冤罪の場合はレッテル貼りの回避を
本当に痴漢をしてしまったなら「因果応報」と言われても仕方がないが、私が最も懸念しているのは、冤罪であるにも関わらず、長期間身柄を拘束されないために、やむなく罪を認めたという場合である。

痴漢事件で否認をした場合は、長期間拘留されることが予想されるし、神様の目から見て無罪であったとしても、それを裁判で立証できる保証はないので、涙を飲んで「無実の罪」を認めたほうが早期釈放につながるのは事実だ。

逮捕・拘留期間が長期に及ぶと、当然その間は労務の提供をすることができないので、最終的な判決が有罪無罪に関わらず、長期間の欠勤として、普通解雇にされてしまうリスクもある。だから、早期釈放によってそれを回避しなければならない。

そして、早期釈放されたならば、私事での休みとして乗り切るのが最良の手であると私は考える。職場にその話が知れ渡らないこと自体が、復職を成功させるためのキーポイントだからだ。

会社を解雇されないためにやむなく「無実の罪」を認めたのに、痴漢のレッテルを貼られて、周りの目に追い詰められて退職せざるを得なくなってしまっては、「泣きっ面に蜂」以外の何物でもない。

■加害者にも再出発のチャンスを
このように、「痴漢」については、罪を本当に犯してしまったにせよ、冤罪にせよ、正しい対応をしなければ、職場生活において大きな不利益が生じてしまう。

本当に罪を犯してしまった場合には、被害者の方に真摯に償うことはもちろんであるが、反省して再出発をするためにも職を失うことを回避したり、次の職を見つけるまでの生活資金として退職金を確保したりすることは重要である。

被害者の方からすれば「酷いことをしておいて、何を甘いことを言っているのか」という気持ちにもなるのはやむを得ないかもしれないが、加害者にも人生の続きがある。トコトン追い詰めて加害者が自殺をする結末までは、被害者の方も望まないであろう。

私は男性なので、女性の被害者の気持ちを代弁することはできないが、真摯に反省している加害者に再出発のチャンスを与えることを、全否定まですべきではないのではなかろうか。

《参考記事》
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あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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