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中学校時代の同級生が労災で亡くなった。彼とはフェイスブックでもつながっていて、ごくありふれた日常を投稿していたのに、それが突然終わってしまったとは信じられない。私は大変ショックを受けた。

今回は、旧友の冥福を祈りながら、労災保険に関する記事を働く人の目線で書いてみることにした。

■労災が発生したときに会社がつくかもしれない3つのウソ
私の顧問先は幸い労働保険には正しく加入して頂いているが、事業所によっては、故意にせよ知らなかったにせよ、労災が発生したときに正しい対応をしてくれない場合がある。そのようなとき、被災した従業員やその家族は、どうすれば救われるのかということである。

以下、労災に関して会社がつく代表的な3つのウソと、その対応策を紹介したい。

■零細企業は労災保険の対象外
第1のウソは「うちのような零細企業は労災保険の対象外だ」ということである。

労災保険は、農業などごく限られた一部の業種を除き、会社であれ個人事業であれ、どんなに零細であっても、従業員を1人でも雇ったら強制加入がルールだ。

社会保険に比べ、労災保険の保険料は低額であるので、事業主の負担は少ないはずだが、それでもまだまだ労災保険に未加入の事業所は存在する。

では、労災保険に未加入(正確に言うと、加入はしているが手続をしていない)の事業所で労災が起こった場合にどのような扱いになるかというと、実は、被災した従業員が申請すれば、法律通りの形で療養や休業補償などの給付を受けることができる。従業員には労災保険の未加入について何ら責任はないからだ。

だが、困るのは事業主で、従業員の申請によって未加入が発覚すると、事業主は遡って保険料を納めることに加え、ペナルティとして、その被災従業員に対して行われた保険給付に相当する費用の負担が求められることになっている。

だから、労災保険未加入の事業所では、被災した従業員に対し「うちは労災保険の対象外」とか「治療費は払うから保険証で治療してきてくれ」とか、労災隠しを図ろうとするのである。

だが、これに従った場合、従業員自身も不正の片棒を担いだとしてペナルティを受ける場合がある上、労災扱いであれば治癒するまで無期限で補償が受けられたり、後遺症が残った場合には障害補償年金を受け取ったりすることもできるにも関わらず、それらの手厚い補償を受ける権利を自ら放棄することになるのだ。

確かに、社長から「労災であることは黙っていてくれ」と言われると、断りづらいのはよく分かる。しかし、社長が一生面倒をみてくれる訳ではない。そこのところをよく考えてほしい。

■会社が同意しないと労災の申請はできない
第2のウソは「労災には会社の証明が必要だから、会社が同意しないと労災は使えない」ということである。

第1のウソで述べたように、従業員に労災を使われると未加入が発覚して困る事業所の場合は、「事業主の証明」を盾にして、従業員が労災の申請をすることを思いとどまらせようとすることがある。

確かに、原則としては「負傷又は発病の年月日及び時刻」「災害の原因及び発生状況」等を会社が証明することになっているが、この「事業主の証明」が得られなければ労災の申請ができないわけではない。

従業員のほうで申請書類を作成し、事業主から労災の証明が得られなかった事情を記載した文書を添えて、所轄の労働基準監督署に提出すれば、受け付けてもらうことは可能だ。労災かどうかを判断する権限を持っているのは、会社ではなく、労働基準監督署だからである。

このように、事業主の同意がなくても労災の申請ができることは是非知っておいてほしい。

■会社には損害賠償請求はできない
第3のウソは、「労災保険から休業補償や遺族補償がなされるので、会社へ損害賠償請求できない」という主張ことだ。

無事に労災の申請ができた場合でも安心しきってはいけない。

会社の安全対策や設備管理が不十分であったり、長時間労働が原因で過労死や心身の障害につながったり、過労が事故を引き起こしたりしたような場合には、会社に対して労災の上乗せとして損害賠償請を求めることができるのだが、このことをわざわざ教えてくれる会社はまずないであろう。

例えば、休業補償の場合は、労災保険から給付されるのは、日給相当額の60%にとどまる。会社側に責任のある労災の場合は、残りの40%部分は遺失利益になるので、会社へ賠償請求できるということだ。また、精神的苦痛に対する慰謝料も別途上乗せで請求することができる。

別の例を挙げるならば、今回の私の同級生のように、本人が亡くなってしまった場合における遺族補償である。労災保険からは受給要件を満たす遺族に対する年金が支給されるのだが、この労災保険からの遺族年金は、遺失利益の全てをカバーするものではない。遺失利益と遺族年金の差額部分を、会社に対して損害賠償として請求することができる。また、慰謝料についても別途請求可能である。

なお、退職金制度のある会社の場合は、「退職金が損害賠償に充当される」と主張されることがあるが、そのように言われた場合は、就業規則を会社から見せてもらって、よく確認をしてほしい。

退職金は任意恩恵的な制度であるので、確かに「死亡退職の場合、退職金は損害賠償に充当される」というような記載があれば、会社の主張には根拠があることになる。だが、そのような記載がない場合は、退職金と損害賠償を当然のように相殺することはできないのである。

■まとめと補足
このように、労災保険については、働く側が正しい知識を持っていなければ、勤務先の会社が常に誠実とは限らないので、いざというときに大損をしてしまう恐れがあるのだ。自分の身を守るためにも、是非とも労災保険についてはポイントだけでも理解しておいてほしい。

なお、最後に補足であるが、労災が起きた場合、会社から「見舞金」と称する金銭が支払われる場合、受け取る際には慎重に対応してほしい。受領と引き換えに書面にサインを求められ、その書面には「この見舞金を受け取ったら、私は会社に対して一切の損害賠償請求権を放棄します。」といったような但し書きが入っていることがあるからだ。

見舞金を受け取る場合には、その見舞金が実質的にどのような名目で支払われるのかということと、損害賠償請求権の放棄に同意する場合はとくに、見舞金の額が遺失利益に見合うものになっているかという点についても確認が必要である。

《参考記事》
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■労災保険で通勤災害の認定を受けたければカフェではなく牛丼屋に寄りましょう 榊 裕葵
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あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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