賃貸住宅の清算トラブルに対処するためにはまず「情報力の格差を埋める」ことが大切である、と先日の記事では書いた(裁判官も巻き込まれる賃貸住宅の清算トラブル)。 入居者と不動産業者とは、圧倒的な情報力の格差があることをしっかりと認識する。国土交通省の出しているガイドラインをもとに「入居者は、通常の使用による汚れについては原状回復義務を負わない」という基準を理解してから交渉に臨む。そうすれば、不用意な口約束をしてしまって後悔する…という事態は避けられるはずだ。 ただ交渉ですべてが解決する…ということではない。場合によっては裁判という手段を選ばなければならないこともある。 日常生活でトラブルを抱えてしまった場合、最終的な解決の手段としては「裁判」ということになる。もちろん、何でも裁判に持ち込めばよい…と言っているわけではない。交渉の状況によってはやむなく裁判という選択をせざるを得ないこともある。自分にはその気がなくても相手から訴えられてしまうこともある。 裁判に持ち込まれた場合、何がポイントになるのか。それをイメージできていると、逆算して、今、何をしておくべきかを知ることができる。 今日は、賃貸住宅の清算トラブルを取り上げて、ひょっとしたら体験するかもしれない「裁判」という場面を想定して、今、何に気を付けておくべきかを検討してみる。 ■賃貸住宅を退去する際、不動産業者と部屋の確認をすることになった。さぁ何に気をつけなければならないか。 賃貸住宅を退去する際、引っ越しをして荷物を出したあと、不動産業者の担当者と部屋の汚れや破損箇所がないか確認することがある。場合によっては不動産業者がリフォーム業者を連れてくる場合もある。 この退去後の部屋を確認する作業はしっかりとやった方がよい。後になって「実はここが汚れていた、あそこが壊れていた…」などというトラブルを避けるためだ。 気を付けるべきは不動産業者が出してくる書面の内容だ。 部屋の確認作業をする際、「部屋の状況をお互い確認しました、という意味の書類です」などといって、不動産業者が書類にサインを求めてくることがある。不動産業者の準備してくる書類のなかには、本来入居者が負担しなくてよいはずのものを「入居者側の負担でリフォームを行う」という内容になっている書面があるのだ。 小さな字でそのようなことが書いてあることもある。内容をよく読まずにうっかりサインをしてしまうと、これが後の裁判で証拠として提示されることがある。「部屋の確認をしたとき、この項目については費用負担をしますと言ったじゃないか、この書類が証拠だ」と。 ■裁判では書類が強い? なぜこのようなことになるかというと、それは裁判において「書類」というものが証拠の中で重要視される傾向にあるからだ。 ある文書に署名と押印がしてある。そうするとその書類に書いてある内容は、その人が自分の意思で作った内容であると推定する、というのが法律である。これは平たく言うと「その書類に書いてある内容はすべて認めました」と取り扱うということだ。 あくまで「推定(そのように推測される)」ということなので、ひっくり返すことは可能だ。しかし、裁判という場面でこれをひっくり返すのはなかなか苦労するのだ。 自分の意思に反することが書いてある書類になぜサインをしてしまったのか…。どのような状況の中でそのようなことになってしまったか、裁判官に説明をして信用してもらう必要がある。もちろん相手は全面的に争ってくるだろう。そのなかで果たして自分の言い分を信用してもらえるかどうかは、不透明だ。 ■突然、目の前に出された書類にサインしないとダメ? では賃貸住宅を退去する際、不動産業者が書類にサインを求めてきたらどうするか。 私は、私の事務所に相談にくる方に対して「『内容を確認して、後日、郵送します。』と言ってみてください」とよくアドバイスしている。 不動産業者と入居者との間には、圧倒的な情報力の格差があるのだ。それは裁判というものに対する認識についても同様だ。不動産業者は退去時の清算トラブルを数多く経験し、裁判になったときに何がポイントになるかを知った上で書類を作成している。 入居者は、内容に疑問がある場合には、その場でサインをせずに一度持ち帰って検討すればよいのだ。持ち帰った上でその書類が持つ意味とは何かについて情報収集を行い確認する。自分の意図しないことが記載してある場合は、相手の作成した文面にさらに自分で書き加えた上でサインをすればよい。 私の事務所には、交渉や裁判は自分でやってみようと思う…でもアドバイスはして欲しい、という方からのご相談も少なくない。そのような場合は、事務所に書類を持ってきてもらって内容を一緒に検討することもある。 ■まとめ 日常生活の様々な場面で、サインを求められる。私もそうなのだが、書類の内容を全て理解してからサインしています…という人は少ないはずだ。 裁判をやっていると、ときとして裁判官に対して「日頃、書類は全部読んでからサインしています…なんてことはないでしょ」と言いたくもなるのだが…。とにかく裁判のなかでは証拠として「書類」は強いものだ。 賃貸住宅トラブルの相談の中には、不用意に書類にサインをしてしまって、トラブルを難しくしてしまっているケースによく出くわす。「裁判」をちょっとだけ意識して、「書類」の持つ意味を考えてみるとよいだろう。 この話は賃貸住宅に関するトラブルに限らない。すべての場面で言える話である。 【関連記事】 ■結局、敷金は返してもらえるのか? (及川修平 司法書士) http://sharescafe.net/41115757-20141001.html ■裁判官も巻き込まれる賃貸住宅の清算トラブル (及川修平 司法書士) http://sharescafe.net/41487608-20141022.html ■引越しシーズンは、賃貸の契約・敷金(退去時の原状回復)の清算に注意しましょう! http://oikawa-office.com/2014/09/01/post-1535/ ■裁判のルール http://oikawa-office.com/2013/07/13/post-0-32/ ■それでも続く賃貸住宅の保証人問題 (及川修平 司法書士) http://sharescafe.net/42014416-20141121.html 及川修平 司法書士 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |