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■「自主退職」に追いやられる定年
現在の高年齢者雇用安定法(高年法)では、60歳でいったん定年退職し、本人が希望すれば65歳まで同じ会社で雇用延長が原則可能です。雇用延長後の給与は、それまでの3~5割減となるのが一般です。給与が下がっても、いったん定年退職扱いで退職金が支払われ、65歳からは公的年金が支給されるので本人はそれほど切実ではないでしょう。

「定年になったのに、もうガツガツ働く必要なんかない」
これはあくまで同じ会社で60歳以降も再雇用される人の場合です。中小の会社などでは、そうでない境遇の人は少なくないと思われます。この高年法には従わなくても罰則規定はなく、本人が希望しても会社に残れないことがあります。そのときは60歳で「自主退職」ということになります。再雇用といっても会社の経営が思わしくなければ本人の居場所はなく、定年の名のもとに自ら去らざるを得ない状況に追いやられることになるのです。

「残ってもらいたいのはヤマヤマなんだが、これからは若い人に仕事を任せていかないと、会社がやっていけなくなる・・・」などと会社から言われて周りを見渡すと、もう自分に回ってくる仕事などないのです。暗に、もうこれ以上居てもらっても困ると言われているのです。それで、世間並みには到底届かない退職金をもらって、しかたなく再就職活動を始めることになります。

■定年再就職者は期待されていない
このような退職者が遭遇するのが、仕事がない、給料が低い、年齢ではねられる、の三悪状況です。「年齢不問」とあっても「定年60歳」「再雇用なし」と求人票に併記してあれば、最初からはねられています。自分の経験してきた仕事などなかなか見つからない。履歴書が何十通も戻ってくるうち、気力・体力は衰えて意欲も萎え、ついに求職を放棄してしまう。求職放棄者は失業者の定義にあてはまらないので、数字上は高年齢者の「失業率」が下がるわけです。世間では、これで高年者の雇用が改善されたと言っているのです。

運よく、定年再就職者が中小企業に潜りこめても新卒並みの月給レベルです。新卒者は給料が安くても、いずれ年齢とともに給与体系に従って上昇が見込まれる。しかしこれから数年とはいえ、定年再就職組は仕事内容も給与もこれ以上変わりようがないでしょう。若い社員はこれから会社の仕事を担っていく期待すべき人材であるのに対して、定年で辞めて入ってきた者には期待しないというのが企業の論理です。

■現役組と定年再就職組は格差があって当たり前か?
周知のとおり、日本の終身雇用型の賃金構造では20代は低い給与で始まり、30代、40代で急カーブを描いて上昇、50代前半で収入は頂点となります。その後は定年に向かって下降します。生涯年収をならせば20代ももっと給料が上がるでしょうが、実際にはビジネス経験の少ない若者を、生活給を支給しながら鍛錬させていくわけですから、そうそう高い給与を出せません。それに新卒3年後の離職率も決して低くありません。

なのに新卒者の給与に合わせるわけですから、定年再就職組の給与も低くなるわけです。新卒者はまだ能力がない、定年再就職者はもう能力が涸れている、だから報酬は同じだ。これではある意味、現役組と定年再就職組に置き換えられる格差といえます。

かくして、「同一労働・同一勤務・同一能力」なら「同一給与」、正規も非正規も関係ない、という考え方にぶち当たります。能力・経験が違えば給与も違うはずです。新卒者はこれからビジネスの社会に入る未経験の人間、定年退職者はビジネスの社会で何十年も経験してきた人間、能力的にも格段の差があるのに、同じレベルの給与なのです。

■独立した「契約請負人」になる
今の日本で、このような大企業型の雇用や給与制度はこの先も当分変わらないでしょう。変わるのを待っていられるほど、定年退職者やこれから定年に向かう40代、50代には悠長な時間が残っていません。むしろ小回りの利く中小企業の経営者が、積極的に今の雇用制度を変革していくことに期待したいと思います。それにより現在の定年退職者に限らず、若い世代も新しい働き方を模索し、新しい活動ができるのです。

働く側も、ただ待っていればいいわけではありません。例えば、60歳からの契約社員を考えます。現在30歳、40歳でも構いません。これは一般にいう契約社員ではなく、独立した「契約請負人」(インディペンデント・コントラクター)という、一部の専門職では以前からあるものです。現在、金融やIT、コンサルタント系では、独立したアドバイザーやエンジニアなどがこれに当たります。この仕組みをもっと一般業種の会社で、その会社の職種ごとに広がっていけばと切に望みます。

定年時に限らず退職するに当たって、事前に会社との間で業務を絞り込んで、その業務と報酬と出勤形態、契約期間などを決めておきます。そうすることで何が違うか。自分がフリーの個人事業主になるということです。個人事業主だから、その会社の仕事以外にも受注することができます。これは副業というものではありません。1社、2社、3社、という形での複数契約の展開が見込めます。

■企業もメリット、中堅・高齢社員もメリット
このような契約は再就職者、企業側双方にメリットがあります。再就職者にとっては、何より自分の望む出勤形態を選べるし、不必要なサービス残業などしなくてすみます。本人が望めば得意な分野で徐々に仕事を拡げていき、現役並みの収入も稼ぐことができるし、逆に多くを望みたくなければ無理して業務を拡大する必要もありません。

特に高齢者にとって最大のメリットは、自分自身の誇りを維持できることです。人に指示することはなくなるでしょうが、逆に人から指示され管理されることもないでしょう。また、時間ではなく成果で評価されます。自己裁量で仕事ができ、事務所を構えるほどのリスクを負うでもなく、堂々と複数の仕事ができます。もちろん、そのためには40代、50代のうちから能力を磨き、周到に準備しておくことは言うまでもありません。

企業側にとっても、そのつど外部に発注するよりは、社内に一定時間常駐してもらい、社内の事情がよくわかっている部門でいつでもフォローしてもらえるというメリットがあります。それに、新卒並みの給与ですむとはいえ、雇用延長社員に中途半端に65歳までいてもらっても、中小の会社は新しい企業戦略や事業展開が進まないでしょう。若い人を育てるためにも、意欲があって有能で経験豊かな専門職がバックにいることは役に立つはずです。

これからの40代、50代の退職予備軍は、今から技術を磨いておくのはもちろんですが、会社側もどんどん会社の雇用の仕組みを改めていく発想が必要です。


【参考記事】
■定年年齢に掛かるアンカリング効果 ~ 「碇(いかり)付け」の意識 野口俊晴
http://www.tfics.jp/
■行動経済学と「シジフォスの神話」 ~ 採用結果を通知しない会社は求人資格がない 野口俊晴
http://blog.goo.ne.jp/toshiharu-goo/e/1e58f4ee18310ba209a9ed67ecdb864a 
■年俸制の契約社員でも未払残業代を堂々と取り戻せる法 野口俊晴
http://sharescafe.net/42292529-20141208.html
■目先の損得にとらわれない これからの年金、早くもらう方法と多くもらう方法 野口俊晴
http://sharescafe.net/41566040-20141026.html
■改正投信法を機に、毎月分配型投資信託をこれからどう活かすか 野口俊晴
http://sharescafe.net/42145749-20141129.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表


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