家とお札
年が明けて、いよいよ新相続税制がスタートしました。いろんなところでニュースになっていますので、ご存知の方も多いでしょう。

■新相続税制で注目が増す賃貸併用住宅
今回の相続税制改正での主な変更点は、(1)「基礎控除額」の40%引き下げと、(2)「小規模宅地等の特例」の適用面積の拡大です。詳細についてはここでは触れませんが、相続税の増収とともに二世帯住宅や賃貸併用住宅の建築促進を狙った制度改正だと言えます。最近は色々なメディアで相続税対策として賃貸併用住宅を勧める記事が紹介されています。

元旦の日経新聞第4部の住宅広告特集でも賃貸併用住宅についての記事がありました。相続税対策ということではなく、『60代で新しい「円」をつくる動き』と題し、定年後の住み替えの一つのオプションとしてでしたが。

日経の記事は、東京都内を想定した自宅のみ(30坪)と賃貸併用住宅(自宅30坪+1k×4戸)のモデル比較で、前者がローン支払い総額2570万円となるのに対して、後者が約250万円の収入超過になるというもので、固定資産税や空室リスクを加味しない簡略化したものだと添え書きしているものの、読み手に「基本的には儲かるものなんだな」と思わせる書きぶりです。

実際のところ賃貸併用住宅というのは、それほど美味しいものなのでしょうか?

■空室率という名の落とし穴
これは、本当にケースバイケースと言うしかありません。もし所有する土地が港区麻布十番にあるなら、建てるのが賃貸併用住宅でも賃貸専門住宅でもイケイケでOKでしょう。若年層や子育て世代等も増加中の人気の街だからです。

ですが、郊外や地方の、特に最寄駅から徒歩圏にないような立地の場合は、検討は慎重に慎重を期すべきでしょう。賃貸物件にとって立地は生命線です。

以前、もう10年近く前にはなりますが、アパート経営のCMを提供する大手デベロッパーが顧客の賃貸オーナー向けにやっている家賃保証の生データを見せていただいたことがありました。郊外の駅近ではない物件では、空室率2割3割は当たり前といった感じだったと記憶しています。

J-REITの居住向け物件だと空室率5%程度で回っているのですが、あれは好立地の物件を不動産管理のプロが血眼になってやって、ようやく達成している水準です。一般の方が街の不動産屋や全国展開の不動産管理会社に募集等を業務委託して経営する賃貸物件では、都心の一等地や郊外なら駅至近の場合で、空室率10%くらいで考えておくのが良いと思います。郊外の普通の物件なら20%、最寄駅が遠い場合は30%で考えても保守的とは言えないかもしれません。

ここでは、考慮すべき土地で賃貸経営する場合の潜在的な空室率が20%だったと仮定して考えてみましょう。

■正しい空室リスクの考え方
簡易な収益シミュレーションなら、単純に賃料収入を20%減額します。これは平均的な収益性を見る上では妥当な設定でしょう。ベースラインの賃料については、二人目の入居者では新築の5%減、その後は毎年1%ずつ減らすなど、陳腐化の影響を反映する必要があります。

空室リスクについて検討するにはもう少し工夫して見てみなければいけません。

潜在的な空室率が20%だった場合、20年間の平均空室率の分布は20%を中心とする釣鐘型となります。プラスマイナス10%以内に収まる確率はほぼ100%です。ですので、賃料収入を30%(=20%+10%)減額することで、20年間を通しての「通常」の最悪のケースを想定できます。「通常」ではない最悪のケースは火災や犯罪に巻き込まれる等ですが、これらは保険等で対応するしかありません。

次に、同時に発生する最大の空室数について考えます。瞬間最大風速で生じうる債務が自分にとって維持可能な水準なのかを把握することは、リスクとして考慮すべき最も重要な点です。

グラフは、日経新聞で例示された全4戸の場合を想定し、空室率10%、20%、30%の場合に発生する最大空室数の分布をいくつかの簡単な仮定のもとでシミュレーションした結果です。
空室数
空室率10%では全室空室となる可能性は低いのですが、空室率20%では一時的に全室空室となる可能性が2割程度あるので、一定期間全室空室となっても問題ないことを確認しておくべきです。空室率30%の立地では、全室空室が比較的長期間続くことも想定せざるを得ません。素人大家にはかなりキツい状況でしょう。

一般的な賃貸不動産投資とは異なり賃貸併用住宅は、賃貸経営のキモである立地についての自由度がないところに難しさがあります。

■家賃保証がある場合
家賃保証の水準は、空室率や賃料相場を反映して見直されるものです。家賃保証がない場合と同様にリスクを検討しておくべきだと思います。

新相続税制施行により、おそらく業者の営業活動も活発化するでしょう。業者は必要に応じてうまく使うべきですが、業者任せにだけはならないよう、自ら考えて判断する姿勢を貫くことが大事です。リスクとリターンは良く考えましょう。

リスクとリターン、ファイナンスの考え方等については、以下の記事も参考にしてください。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
http://sharescafe.net/42650114-20141230.html
■有馬記念から考えるダブルバインド克服方法。
http://sharescafe.net/42605108-20141227.html
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。
http://sharescafe.net/42224151-20141206.html

■まとめ
・相続税制改正によって賃貸併用住宅が注目されています。
・空室リスクを正しく認識することが重要です。
・潜在的な空室率は立地によって大きく異なります。
・賃貸併用住宅の難しい点は、立地の選択が自由ではないところです。
・最悪のケースでも自分自身が破綻しないことを確認するプロセスが重要です。
・「家賃保証」の水準は保証されません。
・リスクとリターンは良く考えましょう。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

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