先日、ブログ界隈で展開された「通勤手当廃止」論争はご存知でしょうか。発端は、有名ブロガーのちきりん氏が自身のブログ(1/11付『Chikirinの日記』)で熱く語った記事でした。 ■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争 ちきりん氏の主張の大筋は、「首都圏で働く多くの人が、片道でも1時間、時には1時間半や2時間など、全員あわせれば膨大ともいえる時間を通勤に費やしてる」状況は馬鹿らしく、「ほんとに気持ち悪い」「通勤ラッシュをなんとかする」ために、「通勤手当なんて廃止すべき」というものです。また、そういう問題解決思考がいかに大事かについても強く訴えておられます。 これに対し、これまた有名ブロガーのイケダハヤト氏(『まだ東京で消耗してるの?』)が、「企業の通勤手当が廃止されたら、子育て世帯は「住まいの貧困」に直面する」という、微妙なツッコミを入れた形になりました。通勤手当廃止から即「貧困」に展開するのってどうなのよという疑問はありますが、「住まいの貧困」問題の解決策として「「公的家賃補助」と「在宅勤務の推進」」を挙げられています。 私自身はちきりん氏に近いスタンスでこの問題を見ています。通勤手当の廃止はきっと職住接近を進め、通勤ラッシュの緩和に貢献するでしょう。 ですが、イケダハヤト氏も指摘するように、都心のファミリー向け賃貸はそんなに安くはありません。この10年でリーズナブルな家賃の物件がかなり増えてきましたし、彼がブログで紹介した西大井で20万円弱というのは場所を考えると結構高いとも思いますが、港区白金高輪や港区芝で50平米くらいの小さめのファミリー向け物件で14~20万円くらいが相場というのは、やはりそんなに安くはありません。高級物件や郊外並みに広い物件となれば、当然もっと高いでしょう。 イケダハヤト氏の意見で少々残念なのが、住まいの問題の解決策に「公的家賃補助」を真っ先に挙げてしまっているところですね。もう一つの「在宅勤務の推進」についても同様ですが、「政治家の人たち」や行政に期待しすぎな面があるように感じました。 民間の知恵と努力で何とかできる部分は、民間で何とかする方が良いでしょう。 ■「通勤手当廃止」は「借上げ社宅制度」とセットで効果大 会社が福利厚生で社員の住宅費用を負担するケースは珍しくありません。負担方法としては、一般的には「住宅手当」と「社宅」の2つが考えられます。「住宅手当」が給与収入とみなされる一方、「社宅」による補てんは一部を除けば給与収入にはカウントされず節税効果があります。 かつてよく見かけた社員寮や社員世帯限定共同住宅は、最近ではあまり見かけなくなった気がします。「社宅」のことを役所言葉では「給与住宅」と呼ぶらしいのですが、都市未来総合研究所の資料によれば、給与住宅のストックは、2008年時点でピークだった1993年の6割強まで激減しているのだそうです。 ですが、社宅は何もそうしたまとまった物件である必要はありません。一般の賃貸物件を会社が部屋単位で借上げた上で、社員から家賃の一部又は全部の負担を受ける形でも良いわけです。そして、まさにこの形の「借上げ社宅」が、実は都心の高額家賃問題を緩和する特効薬になりうるのです。 ここで、ある会社員が月20万円の賃貸マンションに住んでいる場合を考えてみたいと思います。 この部屋を会社が社宅として借上げ、家賃のうち15万円を会社からの補てんとし、その金額分だけ給与を減額したとします。会社の追加的なコストは契約に係る事務手続きだけです。このとき、見かけ上の給与総額は15万円×12=180万円少なくなりますので、この方の所得税と住民税合計の実効税率が仮に35%だったとすると、180万円×35%=63万円が、賃貸マンションを「借上げ社宅」にするだけで節税できることになります。 ここで重要なのは、「借上げ社宅」にしたことで会社が支払う給与と福利厚生費の総額が変わらないにも関わらず、会社員の手取りが63万円も増えている点です。20万円だった家賃が実質的に15万円弱にまで減るのはインパクト大です。この「借上げ社宅」の節税効果は賃料の高い物件ほど大きいので、効率的な住宅補助であるのと同時に、都心回帰のインセンティブにもなるのです。 多くの企業が通勤手当の廃止と借上げ社宅による住宅補助をセットで導入することで、会社員世帯の都心回帰と通勤ラッシュ緩和に大きな前進が見られるかもしれません。 ■「部屋単位の借上げ社宅制度」の普及状況 会社に追加的なコストがほとんどなく、社員へのメリットが大きい「部屋単位の借上げ社宅制度」ですが、最近ではおそらく大手を中心に多くの企業で導入されているのではないかと思います。ただ、実際にどこまで有効活用されているかは疑問が残るところです。 外資系企業では以前から広く活用されています。というか、外資の皆さんには「そんなの当たり前すぎ」と鼻で笑われることでしょう。 私自身が貸していた都心の単身向け物件でも、大手投資銀行やコンサル、飲料メーカー等、外資系企業による借上げが頻繁にありました。他方、日系企業による借上げはほとんどなかったように記憶しています。 高給取りが高額物件を借上げ社宅にした場合に最も節税効果が大きくなるという構造が、横並び意識の強い日系企業ではイマイチ受けが悪いのでしょうか。 もしあなたの会社に部屋単位の借上げ社宅の制度がないのであれば、制度の導入をあなたが提案してみるのが良いでしょう。新しい何かを始めるときは、必ず誰かが声を上げなくてはなりませんが、自分以外の誰かを待つのは時間の無駄です。 ■子育て世帯も都心回帰傾向あり イケダハヤト氏は子育て世帯の都心回帰に疑問を持たれていたようですが、港区でも住みやすさに定評のある麻布十番のあたりでは、若年層や子育て世帯が明らかに増えています。 10年ほど前は人がまばらだった近所の公園は、晴れた日には親子連れでいっぱいです。私の住むマンションでもずいぶんと多くの子供を見かけるようになりました。 じつは港区は、都区内の待機児童が少ないランキング第3位で、待機児童が最も多い世田谷区の1/20以下なのだそうです。ちなみに港区よりも上位なのが、千代田区と中央区。都心のど真ん中です。 都心は実は緑や公園も豊富です。麻布十番なら、近隣に芝公園や有栖川公園等、徒歩で行ける立派な公園がいくつもあります。歩くのが好きな人だったら、皇居も余裕で徒歩圏です。スーパーもたくさんあります。図書館も映画館も。 都心の賃料は決して安くありませんが、自分が住みたいと思える部屋を借上げ社宅にできるなら、子育て世帯にとっても悪くない選択肢になるのではないでしょうか。 賃貸住宅や格差問題等については、以下の記事も参考にしてください。 ■新相続税制で注目が増す賃貸併用住宅、本当に怖いのは国税庁よりも空室率です。 http://sharescafe.net/42770251-20150108.html ■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 http://sharescafe.net/42555365-20141225.html ■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。 http://sharescafe.net/42781228-20150108.html ■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。 http://sharescafe.net/42650114-20141230.html ■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。 http://sharescafe.net/42224151-20141206.html ■まとめ ・通勤手当の廃止は、通勤ラッシュ緩和に有効な面白い提言です。 ・借上げ社宅制度には、節税効果のメリットがあります。 ・借上げ社宅制度の節税効果は高額賃料物件で大きいため、都心回帰のインセンティブになります。 ・通勤手当廃止と借上げ社宅制度のポリシーミックスで、通勤ラッシュ緩和が期待されます。 ・会社に制度がない場合は、自ら提案しましょう。 ・意外なことに、子育て世帯にとっても、都心はとっても住みやすいです。 本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |