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■投資が増えても「貯蓄」体質のまま
投資信託残高が100兆円を超えたそうです(5月末)。NISA(少額投資非課税制度)を通じた投資信託の買付け額も約3兆円。確かにこういう数字だけを見ると、ようやく「投資の時代」へと動いているのだなということが感じ取れます。

しかし、これはあくまでお金が「貯蓄商品」から「投資商品」へと流れているだけなのでは、としっくりこないものがあります。つまり、個人の意識そのものが本当に貯蓄から投資へと動いているのかということです。もっと言えば、相変わらず個人の意識は「貯蓄」体質のままなのに、誰もが「投資家」になるようせかされて動いているようで、何か危うさを感じてしまうのです。

■ラップ口座のお任せ運用に頼るわけ
そう感じる1つがラップ口座の急増(残高4兆円超)です。ラップ口座というのは、個人が投資先選びなど資産運用を金融機関に一任するものです。これまでは富裕層が対象でしたが、ここへきてだいぶバーが下がり、投資信託に絞ったファンドラップでは、当初の預入れ最低額を300万円とか500万円としています(金融機関による)。

運用に当たっては、金融機関が個人顧客の目標利回りや運用期間、リスク許容度などをヒアリングしたうえでその計画に沿って商品を選択しポートフォリオを組んでくれます。そして1年に3~4回、顧客のライフイベントの変化や相場の変動によって資産配分を見直すというサービスです。ただ実際には、これを利用する個人は初心者などが多く、投資意識は一般にそれほど高いものではないので、ほとんどが金融機関に「お任せ」となりがちです。

現在、投資経験の浅い個人がある程度まとまったお金を投資しようとする場合、こんなに都合のいいサービスはないと思うのでしょう。そのための手数料なら当然払ってもいいと思うわけです。現在のファンドラップ口座の手数料は、概ね資産残高に対して年2.0~2.5%(投資一任契約手数料+投資信託運用管理費用等)です。

■手数料は利益実現の保証料ではない
仮に500万円を投資するとして、手数料等は2%で10万円。これはラップ口座開設時だけではなく、毎年かかる費用です。これを安いととるか、それは個人によります。資産運用が本業でない人にとっては、お任せで運用してくれるなら、しかも資産が増える(と思う)なら、お金を払ってもありがたいわけです。

ファンドラップ口座を利用するに当たっての最大の問題は、個人が何を期待しているかです。損することを期待して手数料を払う人はいません。個人が手数料を払ってまで数百万円も預けるのは、利益を期待するからにほかならず、その期待料が2~2.5%に含まれているのです。損することは前提としていない、利益が出ること(損失を避けること)を前提にお任せしているということです。つまり手数料は、期待される利益実現のために払う保証料と勘違いしているのでは、と思いたくなります。

ファンドラップのような「お任せ」運用では、個人の「貯蓄」体質は本質的に何ら変わっていないということを投資心理から整理してみましょう。
●「リスク意識が希薄」
プロに丸ごと任せる以上、損失(元本割れ)もありうることを認めたくない、リスクは認識しなくていいという意識が働く。
●「利益は利息感覚」
利益は預貯金の利息のように目標通りに入ってくるという感覚がある。
●「手数料は利益実現のための保証料」
運用のための手数料を払っているのだから、元本は期待した利回りで戻ってくるという意識がある。

とりわけ、「利益が出るために手数料を払っている」、言い換えれば「お金を払っているのだから利益を出してもらえる」という感覚であるならば、「貯蓄」体質となんら変わりません。
「元本を預けたのだから、利息が付く」
というのと
「元本のほかに手数料も払ったのだから、その分、利息の上に利益が付く」
というのでは、理屈にたいした違いはないからです。

■「貯蓄」体質から抜け出すために
「貯蓄」体質そのものが悪いわけではありません。働いて得たお金をせっせと積立貯蓄することは、ある意味、美徳だったのです。良くないのは、「貯蓄」体質を引きずったまま「投資家」になることです。なぜなら、結果的に損するからです。払わなくても良い手数料を払い続ける、損失が出た時の用意ができていないと最悪破綻する、ついでに言うと投資詐欺に掛かりやすい(これはもはや投資ではない)など、いいことはありません。

では、投資の初心者はどうすればいいか。
① リスクを認識すること
② 自分で決断すること
③ アドバイザーを選別すること

投資は、プラスにもなればマイナスにもなる、まずそれを認識したうえで(①リスクの認識)、自分で商品を判断し自分で決めることです(②自分で決断)。こういうと、次のような反論が聞こえてきそうです。

「投資の経験がないからプロに頼むのであって、なぜ自分で判断して自分で決断しなければならないのだ」

これは、いかにももっともな話のようですが、投資する以上は、基本的なことは学んでおくべきです。投資のプロでない人は、ラップ口座を利用するにしろ、独立したアドバイザーにお金を払うにしろ、最終的に自分で決断する。なぜアドバイザーがその商品を選んだのか、商品の仕組みはどうなっているのか、リスクはどうなのか、わからないことがあれば、お金を払った分、徹底的にアドバイザーに聞く。決断できるまで聞けばいいのです。明確に答えられないアドバイザーは、次から替えればいいのです(③アドバイザーの選別)。そもそも、何を聞いたらいいかわからないという人は、まだ貯蓄をしていればいいということになります。いちばんいけないことは、「お任せ」です。これは「貯蓄」体質の何物でもありません。

■商品選びに縛りのないアドバイザーが必要
資産残高500万円で10万円程度の手数料といえば、ごく一般のサラリーマン家庭でしょう。同じ額の貯蓄を守るために年10万円も払うサラリーマン家庭はどれだけあるでしょうか。これだけのアドバイザー料を払うなら、中立なアドバイザーからトータルなライフプランニングを絡めた資産運用アドバイスを受けた方が得か、という選択があります。

サラリーマン家庭なら、運用だけでなく保険の見直しや住宅の購入・ローン返済、年金受給の相談から教育費、医療・介護費、相続や贈与の問題も絡んでくるでしょう。むしろ、一般家庭ではそちらの方が切実なはずです。資産運用というのは、こうしたライフプランあってのものです。金融機関のサービスをうまく使いこなせればいいのですが、金融機関お任せでは、ライフプランに合わせた助言サービスといっても、せいぜいその金融機関で扱う商品に縛られたものでしかありません。

「貯蓄」体質のままの個人を投資へと向かわせようとするのが今の時世のようです。基本的な金融教育が浸透しないままの状況は、一種の社会的なリスクと言ってもいいでしょう。これは個人だけの責任ではなく、金融商品選びに縛りのないアドバイスができる専門のファイナンシャル・プランナーが育ってきていなかったことにもよります。

誰もが投資家になる時代、われわれファイナンシャル・プランナーの中から、良質な運用アドバイザーがもっと出てくる必要があります。


【参考記事】
■大企業との賃金差に捉われない賢い生き方  野口俊晴
http://sharescafe.net/44765721-20150516.html
■「家族的」な会社のホワイトに見えるブラックな部分  野口俊晴
http://sharescafe.net/44029506-20150331.html
■相続税対策に保険商品は要らない? 野口俊晴
http://www.tfics.jp/ブログ-new-street/
■目先の損得にとらわれない これからの年金、早くもらう方法と多くもらう方法  野口俊晴
http://sharescafe.net/41566040-20141026.html
■年俸制の契約社員でも未払残業代を堂々と取り戻せる法  野口俊晴
http://sharescafe.net/42292529-20141208.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー  TFICS(ティーフィクス)代表 

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