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新国立競技場建設が白紙に差し戻され、「建設せず」まで選択肢に含めた抜本的見直しが行われています。「新国立競技場建設の迷走に見る、プロジェクトマネジメントのあり方」として、迷走の原因追及のコラムを書きましたが、迷走した原因がいろいろとあぶり出される過程で、集団による意思決定の構図が見えてきました。組織が意思決定する際、古くは戦争開始の意思決定まで含めて、特定個人ではなく集団による意思決定がなされ、結果としてだれも責任を取らない事態が発生します。今回の事件と同じ轍を踏まないためには、その意思決定プロセスの開示こそ重要です。プロジェクトマネージャーとして自らを守るためにも。

■責任者は誰?
新国立建築問題では、意思決定者が不明確です。巨額の国家プロジェクトであるにもかかわらず、プロジェクトマネージャー(PM)が見当たらず、正に集団意思決定の悪い面が前面に出ている事態といえます。しかしこれはよく考えればおかしな事態で、ワンマン社長の零細企業ならともかく、天下のお役所であれば、責任者不在はあり得ません。会社組織でも組織が大きくなればなるほど稟議書にはずらりとハンコが並び、必ず起案者から発して、最後は担当役員か社長が承認しているはずです。これで責任は明確なのです。

では絶対に稟議書があるはずの新国立はなぜ責任者が不明確なのでしょうか。恐らくその稟議書の内容も確認しないで、いい加減な決済をしたからです。中身を認識せずハンコを押す行為自体がどれほど危険か、意識も低いのではないでしょうか。保険や契約書の約款によって、細かい文字でびっしり書かれた付属文書など読まずに押印してしまうことはよくあるでしょう。しかしそのツケは必ず個人に返ります。まして何千億という予算の国家プロジェクトであれば、「読んでいない」「中身を知らない」で済むはずがありません。

新国立問題もおそらく本当は責任者・意思決定者の印はあるのだと思います。しかしこれまでそういった責任追及をせずに来てしまうのが常態化した組織で、いきなり責任追及されてはたまらないという組織防衛が働いて、責任はあぶり出されないのでしょう。


■予算見積り操作
直近報道では、当初設計会社の見積りでも3千億と出たものを、予算枠の上限1600億に合わせ打合せるよう見積りを操作してJSCが根拠にしたとのこと。真実であれば、この見積りを改変した担当者とそれを承認した責任者がいるはずです。間違った前提の上で政策判断がなされ、それがさらに不明朗な意思決定を経て、このような事態につながったという点での責任の大きさは非常に高いといえます。

しかし大切な点は、これが犯罪的責任だ!と責任追及することではなく、こうした間違った意思決定プロセスを明確化することだと思います。当初の見積り時と違って、消費税増税や資材の高騰が理由で、経費が倍増したというあり得ない理由で承認を受けているはずだからです。そうであれば、増税も資材高騰も見積り違いの理由として挙げられてはいるものの、それらを全く予期できず、結果として見積りが倍増という事態を招いたことこそが大きな失態です。


■犯人探しより大切なこと
設計者、審査委員長、会長、大臣・・・・と、さまざまな人の責任が問われています。当然多額の税金で人件費が支払われている以上、その報酬に見合った責任はありますし、その責任追及を否定するものではありません。納税者として、ぜひその正体はあぶり出してほしいとは思います。しかし最も大切なことは、こうした巨額の税金の無駄につながる意思決定がなされたことであり、そのプロセス自体は生き残っていることです。ここを退治しなければ、当然ですがまた「見積りが違った」「建材相場が上がった」「工賃が上がった」「人手不足で作業費が上がった」「何だかわからないけど値上がりした」と、永遠に費用は変えて良いことになってしまいます。

企画を進めるプロジェクトマネージャーは、企画の専門家としての知見を持っていなければなりません。それはデザインから建設すべての知識を持つとか、資材相場を先まで見通せるというような超能力ではなく、プロジェクト推進に何が必要で何が必要でないかを見きわめることです。その上で必要なデータをそろえ、足りない部分、不確定・相場変動が見込まれる部分は専門家を交えて、現実的変動幅を設定し、全体像を描くことです。自らが動くとか、自らがすべての知識を持っているかどうかではありません。

プロジェクトマネージャーを置かず、あるいは不在の結果、間違った意思決定プロセスで進んだことが失敗の本源であると思います。責任追及以上に重要なことは、いい加減な判断で稟議を通してしまったプロセスをいかに改善できるかです。定年間近の局長の首を差し出すだけでは何一つ改善はないでしょう。意思決定で誰が確認印を押し、それを承認した根拠、もしそれがろくに中身もわからずに意思決定されたのであれば、その実態を、ぜひとも検証委員会は明らかにしてほしいと思います。犯人捜しより、意思決定過程を間違ったことを認識できなければ、また失敗するリスクは何も変わりません。


■PM視点
ネットの炎上事件では、ネットの匿名性が祭りを呼び狂暴化を招くといわれますが、組織における匿名性も同じ効果があるといえます。無責任な決済がまかり通ることはモラルハザードを招き、その結果生まれたのが、気づいたらコストが倍増という事態なのではないでしょうか。

組織の匿名性は思考停止を招きかねません。「お客が望んだ」「国際的な常識」「ラグビーも芸能もできる必要」といった、さまざまな正論が乱れ飛ぶ中、誰が、どういった根拠で発言し、それをどのように評価したかが解剖されることで明らかになるのであれば、すでに回収できない60億を超える新国立関連の支出も少しは生きるのではないかと思います。一般のビジネスでここまで巨額な予算を動かすことはまずないと思いますが、プロジェクトマネジメントを回す際には、このような組織の特性を意識して、決して雰囲気に流されることなく進めなければなりません。

企画推進では、プロジェクトマネージャー(PM)の視点こそが最も大切です。それは知識の量ではありません。プロジェクトの目的を明確に理解し、その推進のための価値・優先順位を判断できることです。匿名の意思決定、何となく決まる意思決定を排除し、意見を受け入れる以上は責任を明確化し、逆に意見を通そうとする人がいるなら、重大な責任を伴うことを理解していない限り断固として介入は阻止する必要があります。それこそがPM自身を守ることにつながります。

【参考記事】
■東京五輪招致ネゴシエーションに見るロジックの破綻
http://shachosan.rm-london.com/?eid=795507
■自分の時価 転職時に顧みること
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850279
■新日鉄住金の爆発事故で、本田宗一郎の名言「安全なくして生産なし」を思い出した。
http://sharescafe.net/40676665-20140905.html
■「手書き履歴書で人柄がわかる」という勘違いへの対策
http://sharescafe.net/44225940-20150411.html
■新国立迷走に見る、コミュニケーション混乱の斬り方
http://sharescafe.net/45623155-20150720.html

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