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先日、盗作疑惑の騒動が続いていた東京五輪のエンブレムが、デザイナーの佐野研二郎氏本人によって取り下げられた。エンブレムについては佐野氏・東京五輪組織委員会ともに盗作は一切ないという立場だが、佐野氏監修のトートバッグに盗用が見つかり、新たに五輪エンブレムの展開事例に使われていた空港の写真などでも個人ブログから無許可の使用が発覚した。

おそらくエンブレムが似ているかどうか、という点だけならばここまで問題は大きくならなかったと思われるが、五輪に関わる部分での無断利用が決定打となったように思う。最終的に、五輪エンブレムのデザイナーとしてふさわしいのか? という点について誰も佐野氏をかばいきれなくなり、取り下げざるを得なくなったのではないか。

盗作疑惑から取り下げに至る経緯、そしてそれに関する本人の弁明や組織委員会の会見はすでにウェブで公開され、様々な論評がされたのでこれ以上は繰り返さない。ただ、多くの人が勘違いしていることは今回の事例を、自分(自社)は何ら関係無いと考えている点だ。

違法行為をやっているかどうか日常的に意識している人は少ないだろう。特に今回問題となったような著作権の侵害となればなおさらだ。ただ、ウェブメディアの編集長であり、書き手でもある自分の立場から見ると、ウェブの世界は著作権侵害だらけだ。そのなかには法人も多数含まれる。

■犯罪で宣伝をする企業の存在。
佐野氏を口汚く罵るツイッターアカウントのアイコンがアニメのキャラクターであったりする点は苦笑いするばかりだが、もっと質の悪い著作権侵害もある。企業が運営するブログやメディアによる著作権侵害だ。

最近ではコンテンツマーケティングやオウンドメディアといって、企業が自社でメディアを立ち上げて運営している事は珍しくない。しかし、その運営はずさんと言わざるを得ない事例は決して少なくない。中には著作権という概念すら知らないであろう担当者や経営者がメディアを運営している事もある。故意の盗用ではなく本当に知らないのだから余計に質が悪い。

■「引用」すら知らずにメディアを運営する経営者。
例えば最近では、住宅ローンの借り換えをサポートする企業で、FPとして活動する自分にとってはライバルのような企業に丸ごと記事を盗用された。盗用を見つけた時点ですぐに電話をすると、経営者は著作権の存在はおろか正確な引用の手順すら何一つ知らず、リンクを張れば丸ごと盗用して良いと信じこんでいた。

そしてその企業メディアを運用しているのは、元社員で今はウェブデザイナーとして独立している人間で、その人物にサイトの運営を丸投げしているという。住宅ローンの借り換えサポートには、貸金業者として金融庁の管轄する財務局に登録が必要だ。違法行為で集客する事は事業の継続が危ぶまれるほど危険な状態と言えるが、自分の記事以外もすべてが新聞や経済誌から盗用した不動産に関する丸パクリ記事しか掲載されていなかった。

自分はその経営者に対して、1時間以内にサイトの閉鎖(記事の削除ではなく丸ごとの閉鎖)と企業サイトのトップページに謝罪文の掲載を要求し、それがなされない場合は告訴する旨を伝えた。結果としてこちらの要求はすべて通り解決に至った。最近ではもう慣れてしまったので、30分もあれば削除から謝罪文掲載まで「一丁上がり」となる事も多い。しかし、こういった対応は手間がかかってストレスも溜まり、1円も利益は出ない。

以前、ブロガーとして有名なよっぴーさんという方が記事や写真を大量に盗用されたとして、バズニュースというサイトを徹底的に追求し、サイトの閉鎖まで追い込んだ事が話題になった。これについても、運営者はリンクを張れば丸ごと転載していいと思い込んでいたという。素人がウェブメディアを運営し、知らぬ間に著作権侵害という立派な犯罪を起こす事はもはや珍しい出来事ではない。自分が閉鎖させたブログやメディアは両手両足でも足りないほどだ。

■著作権侵害はお金の問題ではない。
多くの人が勘違いしているが、著作権侵害は民事=お金の問題だけではなく、刑事事件、つまり警察沙汰になるという事だ。例えばある企業が経済誌の記事を無許可で丸ごと掲載したとする。経済誌の側が本気で腹を立てた場合、これは刑事告訴に至る立派な事件だ。

驚いている人もいるかもしれないが、著作権の侵害は懲役刑もある立派な犯罪だ。法人ならば最高で3億円以下の罰金と罰も非常に重い。詳細は別の記事に譲るが、自分はとある法人にメールマガジンで記事を盗用された際に、悪質と判断して自身で告訴状を作って刑事告訴をした。

その法人の代表者や担当者は何度も検察に呼び出しを受け、最終的には起訴猶予となった。起訴猶予とは軽微な犯罪としてわざわざ裁判にかけるほどでは無いと検察が判断した犯罪に適用されるもので、自分としては納得できなかったが、殺人や銀行強盗よりは警備である事は認めざるを得ないものの、少なくとも犯罪である事は認められたという事だ。

手間はかかったが民事の損害賠償請求とは違うので、一度告訴状を作って受理されればあとは警察が全てやってくれる。弁護士も不要なので、かかったお金もゼロ円だ。

■引用とは何か?
では著作権法を守るにはどうしたら良いのか。答えはオリジナルな記事を書けばいいだけなのだが、他者の著作物を利用するには手順がある。それが引用だ。

記事を書く際に自分の意見や主張を補強するために誰かの意見を使いたい事はあるだろう。その際には、自分の文章と引用文の境目をハッキリとわかるようにする、引用する箇所は必要最低限にとどめて著者名や著書名など引用元を明記する。これらのルールを守れば、著作者に許可を取る必要もない。

オリジナルなコンテンツを作るのは大変だからパクってしまおう、でも丸パクリはまずいから一部を書き換えれば良いだろう、というのもアウトだ。これは著作者人格権(ちょさくしゃじんかくけん)に含まれる同一性保持権(どういつせいほじけん)の侵害となる。

なお、今回書いたような事は著作権の中でも初歩の初歩、メディア関係者のみならず、社会人として常識のレベルだ。これからの時代はコンテンツマーケティングだ!! オウンドメディアだ!! などと時流にのって自社メディアを運営している会社は、自社メディアが著作権を侵害していないか、よく確認してみる事をお勧めする。

■著作権侵害が起きる理由。
なぜ企業が運営するメディアで著作権侵害が起きるのだろうか。それはサイトがどのように運営されているかを考えれば簡単にわかる。

編集者としてトレーニングを受けていないウェブ担当の社員が他の業務を一切減らされずにある日突然、SNSの運用やメディア運営の業務を命じられたら手を抜くために何をするか? 50本で1万円など、ありえない低単価で記事を外注した際に何が起こるか? ……と、このような状況を考えれば犯罪的な行為が起きる事は想像に難くない。

経営者や担当者は「メディア」を名乗る以上、メディア運営において社会的な責任というものを良く考えるべきだ。散々批判されながらも、テレビや新聞など旧来のメディアは運営に莫大な手間やコストをかけている。震災時に一切CMを流さずに震災報道をしていた状況などを見ても、いかに重い社会的責任を負わされている事が分かるだろう。企業がオウンドメディアを名乗り、盗用記事を用いて犯罪で宣伝広告を行うようなことは到底許されることではない。

■親告罪とは何か?
著作権の侵害は親告罪と言って、被害者が告訴をしなければ犯罪とはならない。自分はサイトを閉鎖して謝罪文を掲載すれば許すという立場だが、それで済まない筆者も当然いるだろう。また、今後ウェブ上の著作権侵害が増えてくれば、より重い刑罰が科される事もあるだろう(仕事が無くて困っているという弁護士には無尽蔵に仕事がありますよとアドバイスをしておきたい)。

被害を受けた側が名指しで加害者側の企業名を自社サイトで非難すれば、アクセスの多いサイトやブログならば、検索結果で上位に表示され、著作権侵害を行った会社として世間に恥をさらす可能性も十分ある。自社サイトに謝罪文の掲載を要求され、それをのまざるを得ない場合も当然あるだろう。

以下の記事も参考にされたい。
■新国立競技場の建設費2520億円のハシタ金で大騒ぎする日本人が平和すぎて、頭痛が痛い。(中嶋よしふみ SCOL編集長・FP)
http://sharescafe.net/45634219-20150721.html
■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。(中嶋よしふみ SCOL編集長・FP)
http://sharescafe.net/45570046-20150716.html
■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。 (中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/45556415-20150715.html
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか? (中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/44175529-20150408.html
■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。(中嶋よしふみ SCOL編集長・FP)
http://sharescafe.net/44790508-20150519.html

現在、自社のホームページを保有していない会社はほとんどない。ツイッターやフェイスブックのアカウント、自社ブログや自社メディアを持っている企業も多数にのぼる。それらが一切著作権を侵害していないと自信を持って言えるだろうか。

佐野氏の五輪エンブレム取り下げ騒動を笑ってみていられる人は決して多くないはずだ。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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