達磨

せっかく入社した会社なのに、こんなはずじゃなかった。合っていない職場におさらばして転職した先は、前の職場よりもっと合っていなかった。そうなれば早くも次の職場を探すことを考え始めるもの。しかし一方、「石の上にも三年」というし、そうそうすぐに転職してしまうのは大いに気が引けるものでもあります。このことわざの意味を人事的に考えます。

■今の経営環境における「三年」
今の時期から春の新年度にかけ、転職サイトや転職をあっせんするエージェントはかき入れ時です。冬のボーナスをもらってから辞める、4月の新年度入社のためにはその数ヵ月前に転職先を決める必要があり、一年でもっとも人が動く時期だからです。

2008年のリーマンショックとその後に響いた不況により、2009年にはパートを含んでの有効求人倍率は0.47まで落ち込みました。しかしその後求人状況は回復し、2014年にはついに1.0を超え、1.09となりました。現在も企業の採用意欲は旺盛で、業界によっては人の奪い合いが起こっています。これはすなわち数値上は転職に、明らかにな順風が吹いているといえます。

まして今のグローバルなビジネス環境ではスピードが勝負。結果を出せる人材は、世界中から探してでも欲がる企業もあります。またじっくり社員として育てる時間より、すでに実績のある人間を引っ張る方が、その養育にかかる時間と費用を考えれば安くつくということで、外資系などは新卒より中途採用中心で人員計画を立てるところが少なくありません。一方グローバル環境では、逆に企業側も社員から値踏みをされます。成長を見限った社員は会社に見切りを付け、どんどん外に出ていってしまいます。そんな中で「三年」に意味はあるのでしょうか。

■人が足りない?
企業の採用意欲は確かに現在非常に旺盛で、優秀な人材は正に取り合いです。有名大学卒、ITなどの専門知識、英語コミュニケーション能力、このくらいのジェネラルスペックに加え、現在就業中の会社が上場企業や著名外資などであれば、相当有利な条件です。さらに20代から30代前半というような年齢も重要な人材スペックになります。

どうでしょう、これだけまぶしい条件がそろっていれば、別にいつの時代でも転職においては相当有利なのではないでしょうか。しかし就業人口の中で、そういった条件を満たす人の割合はどれくらいいるかといえば、どう考えてもほんの一握りにすぎません。それどころか、好景気・人手不足のはずの今も、中高年のリストラなどは行われています。役職定年の導入のように、実質的な中高年者の給与を切り下げる制度も広まっています。リーマン後の不況時代に猛威を振るったリストラですが、現在は目立つ形では行わないものの、静かにしかし着実に定着しているともいえます。

人は足りないのか余っているのか、いわば風呂の水を抜きながら新たに水を足しているようなものです。組織の中身を入れ替えようとしているともとれます。つまり、企業が欲しいのは漫然と労働力としての人ではなく、今置かれている事業やこれから注力する事業に貢献できる人材を求めていると考えるべきなのです。

■人生を通じて成り立つのがキャリア
グローバル化するビジネス環境において、3年は長すぎて待てないとの考えはあります。しかし一方それが求められるような激しい環境であれば、求められる人材も選りすぐりの人ということになります。先にあげた条件すべてを満たすかどうかではなく、少なくとも即座に収益に貢献できるような即戦力であれば、今、企業が欲しい人材といえますが、その条件はかなり厳しく、またそうそう誰にも当てはまるものではありません。

実際入社後3年経たずに転職できる人はいくらでもいることでしょう。本来の意味である「石の上にも三年」は、達磨大師が長い期間座禅をしたことで石が温まったといういわれから、我慢や辛抱の重要性を説くことわざですが、それが時代に合わないという環境や条件はもちろんあります。一人で何度も転職した有名人もいますし、「アメリカではどんどん転職する」、「20代で3回転職した」、「入社半年でまた転職した」、そんな人がいるのも事実でしょう。

しかしキャリアとは就職したり転職した瞬間を指すものではありません。キャリア心理学者・スーパーは「キャリアとは、人生を構成する一連の出来事」だと定義しました。瞬間ではなく人生なのです。一時の成功はキャリアとはいえません。20代ではうまく転職できても、40代になった時どうなるでしょうか。現在の社会保障環境からすれば、50代どころか60代でも恐らく働き続けなければならない可能性が圧倒的です。そんな時、20代で多数の転職歴や短期間で退職した履歴が、少なくとも有利になるとは思えません。

■「三年」の意味するもの
中高年の再就職支援に携わってきました。今日現在においても、一流企業出身で有名大学卒の学歴がありながら、書類選考すら通らない中高年の方をたくさん見ています。多くの企業では書類選考の段階で年齢を気にしているのは事実といえます。また当然これまでの就業履歴と転職回数などもしっかり見ます。一部の例をもって、帰納的にいくらでも転職できると考えるのは、人生というスパンで考えた場合非常にリスキーだといえます。

どれだけ自分一人ががんばって売り込んだところで、採用を決めるのが企業側である限り、企業側の採用判断をコントロールはできません。「石の上にも三年」の本当の意味はここにあるのではないでしょうか。実際に3年未満で転職できるかできないかではなく、採用判断において、人事の一般的基準からすれば転職歴が多かったり、一社での就業期間が短い人は、少なくとも書類審査においての要注意であることは間違いありません。

考えが古かろうが、時代に合わなかろうが、現実の採用を動かしている企業メカニズムにおいて、3年は非常にわかりやすく、便利な尺度です。学歴だけが人物評定すべてを満たすものではないにも関わらず、優秀な学歴が就職転職において明らかに有利なことを否定することはできません。学歴だけで採用が決まることはありませんが、有利不利でいえば圧倒的に有利です。同じく在社期間の長さも、その人の人物評定において便利なのです。これを覆す説得力を持つ人以外、今現在のビジネス環境においても「石の上にも三年」は脈々と生き続ける指針といえるでしょう。

【参考記事】
■ゲゲゲの水木しげるから学んだキャリア観「時機を待て」
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850264
■なぜ求人募集時の給与レンジと、提示時は違うのか
http://shachosan.rm-london.com/?eid=820954
■組体操の事故を生む「感動ありがとう」絶対主義
http://sharescafe.net/46557342-20151013.html
■「出世したくない」人の未来
http://sharescafe.net/46742045-20151030.html
■内定辞退の作法。
http://sharescafe.net/46036751-20150826.html

増沢隆太 人事コンサルタント 株式会社RMロンドンパートナーズ代表取締役

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