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従業員の過労自殺の件をめぐって、急遽和解に転じたワタミのニュースは今も色濃く記憶に残る。創業者渡邉氏の対応の変化は、ワタミの業績悪化が背景にあると言われているが、取り巻く環境を掘り下げると実は想像以上に厳しいことが浮き彫りになる。

■ワタミの業績
様々なニュースでも取り上げられているとおり、昨年から業績が急激に落ち込んでいる。営業損益は2014年からマイナスに転じ、2015年にはさらに悪化。キャッシュ・フローには厳しい状況がよく現れている。

キャッシュ・フロー(CF)は営業CF、投資CF、財務CFの3つで構成されている。個人の生活に当てはめるとイメージしやすい。営業CFは給料、投資CFは株や金融商品などの投資、財務CFはカードローンなどの借入金のようなものだ。

ワタミのキャッシュ・フローは2013年まで投資CF+財務CFの合計が営業CFにほぼ収まっていたが、2014年から財務CFがプラスに転じた。短期借入を中心とした資金調達が財務活動の多くを占めている。2015年には新聞報道にもあった通り、居酒屋事業のテコ入れにともない大きく投資CFが動いている。結果、本業の稼ぎで賄っていた投資活動が営業CFと財務CFで折半する形に様変わりした。

キャッシュ・フローの基本中の基本であるが、投資活動は営業CFの”財布”で行うのがセオリーである。財務CFがプラスと聞くと良いことのように思えるかもしれないが、個人の生活で例えるならカードローンで生活費を賄うようなものだ。とても良い状態とは言えない。財務活動、特に有利子負債に依存してしまうと、一時期極めて厳しい状況に立たされたパナソニックなど家電メーカーと同じ運命をたどることになりかねない。

もちろん、家電メーカーと居酒屋の業態を同列に考えるのは無理がある。一方はものづくり。製造ラインを中心とした有形資産、研究開発能力などの無形資産を持っている。資産は業績が悪化すると足手まといになりがちだが、いざとなれば売却し、現金化できるもう一つの顔を持っている。飲食業である居酒屋にその“のりしろ”はない。資産はせいぜい調理設備と店舗くらいだ。都心部ならまだしも、郊外店ならその売却による効果はむしろマイナスに働きかねない。(それでも状況次第では売却を進める必要はあるが)

こうした厳しい計数状況を招いたのは先のニュースによるところだけではないようだ。少なくとも2つの問題がワタミの前に立ちはだかっている。一つは、居酒屋のビジネスモデルが転換期に来ていること。そしてもう一つは、他業界からの居酒屋市場への参入だ。


■居酒屋のビジネスモデルの転換期
公益財団法人「食の安全・安心財団」の外食産業市場統計によると、昭和50年度の計測から平成26年度までの40年間における居酒屋市場のピークは、平成4年の1兆4,629億円。以降、右肩下がりを続けながら昨年度は1兆239億円とピーク時の71%まで縮小している。

ところが外食産業全体を見ると少し様子が違う。外食市場は、平成11年の32兆8918億円をピークに、平成25年度は30兆6514億円と10%程度縮小しているが、平成23年度を底に以降はゆるやかな上昇傾向にある。

同財団による外食率の推移を合わせて見ると、平成9年の38.3%をピークに35%から37%の間を行き来している。つまり、消費者は外食そのものを減らしているわけではなく、居酒屋から他の外食へと切り替えているのが読み取れる。居酒屋市場が他の外食産業に侵食されていることは明らかだ。

ただし、市場が縮小しているとはいえ居酒屋事業そのものに魅力がないわけではないだろう。事実、焼き鳥に特化する「鳥貴族」は好調だ。2014年度は売上高146億円、営業利益は6億9千万円。2015年はそれぞれ186億円、11億1千万円と大幅に業績を伸ばしている。

どうやらワタミのような総花的な居酒屋だけが時代に合わなくなりつつあるようなのだ。


■復活の行く手を阻むもの
居酒屋業界の競合は既存の外食産業だけではない。新たな強敵がその存在感を示し始めている。”ちょい飲み“だ。2014年頃からリンガーハットや日高屋、吉野家がこぞって参入し、市場を形成し始めている。中でも吉野家は「吉呑み」と名付け、今年30店舗を展開。十分な収益が出ているといい、今後は2階のある店舗を中心に400店まで拡大させる予定だ。

これらの参入企業には既存の居酒屋チェーンと決定的な戦略構造の違いがある。新業態とは別に本業の事業構造を利活用している点だ。例えば吉野家の場合、傘下のグループ会社に「すしの京樽」や「はなまるうどん」を持ち、本業である牛丼の仕入れと合わせた総合的な価格競争力が強みだ。ちょい飲み業態を出すにあたって、利用できる資源が豊富にあり、一から居酒屋事業を始めることと比べると、かなり低リスクでスタートを切ることができる。

本業の収益力が高い企業が他業種へ乗り込む例は、近年多く見られるが中でもグーグルが好んでこの手法をよく使う。グーグルの本業は誰もが知る”広告”だ。非常に高い収益を誇る。その力を持ったまま、アンドロイドや自動車などをはじめ、様々なカテゴリーへと乗り込んでいく。

米企業ばかりだけではない。銀行業に参入したイオンやセブン、最近では不動産業へ参入したソニーもそうだ。ソニーはPS4の好調とパソコン事業売却などによる構造改革により好業績が見込まれる中で、不動産という畑違いの世界に切り込んでいる。

攻める方は比較的気楽だ。業界の課題を突きながら、本業で稼いだ資金の範囲内で自由に攻め込める。脈がないと判断すれば、本業へ回帰することもできる。一方の既存企業はたまったものではない。屋台骨が他になければ、防戦一方だ。

ブランドを変え、同じ業態を出せば済むのではないかと思われるかもしれないが、それは致命的な選択だ。理由は1つだ。競合と同じ土俵に上がってしまうということだ。いわゆる同質化戦略と呼ばれ、体力が優る企業が相手を潰すために使う戦略だ。早晩価格競争などに陥って事業収益を悪化させる恐れがあり、本業の補完につながることは少ない。

介護事業を売却し、居酒屋事業一本になったワタミもちょい飲みという新カテゴリー登場によって、防戦の構図に追い込まれつつある。ビジネスモデルの転換期を迎える中、看板を外したり、総花的なまま高付加価値路線を図るくらいでは到底復活は難しいのではないだろうか?


【参考記事】
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか? (中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/44175529-20150408.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html
■ネットフリックスに見るビジネスの視点(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47055631-20151129.html
■ユニクロがゾゾタウンを買収すべき理由。(中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/46947284-20151119.html
■262億円の大赤字を叩きだしたマクドナルド・カサノバ社長に、一読を勧めたいマンガについて。(中嶋よしふみ SCOL編集長 FP)
http://sharescafe.net/46265992-20150915.html

酒井威津善 フィナンシャル・ノート代表 ビジネスモデルアナリスト



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