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昨年からIT技術を利用した金融サービス「フィンテック」が銀行を追い詰めるのではないかと騒がれている。しかし、改めて銀行のビジネスモデルを掘り下げて見ると、フィンテックが優れているというより銀行のビジネスモデル自体が時代にそぐわなくなりつつあるのが実態のようだ。

■銀行とフィンテックのビジネスモデルの違いとは
銀行のビジネスモデルは、個人や企業から預金の形でお金を預り、集めた資金を個人や企業への貸付や、国債などの債権や株式を購入によって利益を生み出し、預金者や投資家へ利息を還元する。100年以上続く息の長いビジネスモデルだ。

一方のフィンテックは、Financial(金融)とTechnology(テクノロジー)をかけた造語のことで、IT技術を使った新しい金融サービスを指す。銀行業務である送金や融資、決済機能から個人の家計簿や企業の経理機能まで幅広くシステムによるサービスが提供されている。例えばクラウドファンディングもその一つで、インターネットを通じて不特定多数の人々に比較的少額の資金提供を呼びかけ、一定額が集まった時点でプロジェクトを実行する仕組みだ。資金提供を受けたい個人や企業は金融機関や証券会社などを通さず、クラウド上のマッチングを通して直接資金提供を受けることができる。

この2つのビジネスモデルの最大の違いは何か。それは、お金やサービスの流れが「間接」か「直接」かということだ。銀行は預金者(投資家)と企業(個人)の間に入り、資金の融通をサポートする。フィンテックは、システムやアプリケーションという場を提供し、必要としているもの同士が直接やりとりする。

この違いによって「スピード」に差が生じる。当事者同士がやりとりするのと、間に誰かが入って調整するでは、当然前者のほうが早い。例えば融資の場合、銀行ではどれだけ短くても実行までに1ヶ月半から2ヶ月はかかる。一方のフィンテックでは、3日程度で実行されるサービスもあるという。

ネットが普及しスマートフォンを使うことが当たり前となった今、ビジネスを取り巻く環境は短期間のうちに我々の感覚を遥かに超える変化を遂げた。結果、スピードは現代のビジネスにおいて戦略上欠かせない要素の一つになった。

産業の中心がモノづくりであった頃は、今ほどの速さは要求されなかっただろう。しかし、サービス業がビジネスの8割を占める今、供給スピードが遅いものはもはや時代に合わない。必要な資金確保のために何ヶ月も待っていられる余裕などないのだ。

とはいえ、フィンテックが登場する以前、銀行は「速さ」とは異なる独自の付加価値によって存在意義を示すことができていた。それは銀行が様々な産業の中で一際優れた存在であると感じさせるものでもあった。


■銀行はその強みを捨てた
15年以上前、不動産業界で初めてファイナンスの仕事についた頃、特に地方銀行には各分野の専門家と呼ばれる人がいた。不動産なら不動産一筋というように特定の業種に絞って専門的な知識・経験を持っていた。ゆえに話はとてもスムーズだった。どうしてこの資金が必要なのか、背景や専門用語を細かく説明するまでもなく、資金需要の対象である物件情報を伝えるだけで調達の話は進んだ。

ところが、数年前くらいから様子がおかしくなった。専門用語が通じないならまだしも、会計知識自体が怪しい人に会うこともしばしば起きた。窓口では担当者の経験値によって判断することなく、資料をそのまま預り、機械にかけるようになった。ただし、決して担当者の能力が低くなったのではなく、BIS規制を遵守するため、効率を優先し融資判断をシステムに依存し始めたことが背景にある。

システム化によって属人的な判断を排除することで効率が上がり、コストが下がる。教育費用も減らせただろう。近年の銀行決算の好成績ぶりからもよくわかる。しかし、規制に合わせ効率を追い求めた結果、銀行は強みを捨て、大きな弱点をさらけ出すことになってしまっている。


■銀行のビジネスモデルが持つ弱点
銀行が扱う商品は、いうまでもなく「お金」だ。お金そのものが商品である。お金は、貨幣の異なる国家間ならその価値に差が生まれるが、国内では当然同じ価値しか持たない。つまり、売り物であるお金自体には何の差別化要素もない。

融資や貸出競争の場面で、銀行自身が切れるカードは融資額、金利、返済期限、そして返済方法の4つしかない。この4つの競争変数はどの銀行でも自由に選択できる。この中で違いを出せるとしたら、数千億円単位の巨額な融資くらいだろう。メガバンクや地銀大手しかできない芸当だ。しかし、サービス業では大掛かりな設備投資を必要としない。数千万円から数億円あれば十分だ。日銀が必死に金融緩和を行っても、結果的に銀行にお金がダブつくのにはこうした背景もある。

極端な例えに聞こえるかもしれないが、融資額を除くと銀行が扱う商品はスーパーで売られている玉子のパックとなんら変りがない。今夜のすき焼きに使う玉子がどこのものでもいいように、貸してくれるならどこの銀行であっても構わないからだ。

玉子にはまだ戦略を打つ余地がある。例えば1個500円の高級玉子。だれが買うのだろうと思いたくなるが、一つのカテゴリーとして確立されている。しかし、銀行は高級玉子を売りだせない。さきほども述べたように「お金」には高級や格安といった”付加価値”をつけることができないからだ。

銀行のビジネスは流通小売でいう「卸売業」と同じ性質だ。自力で何かを生み出しているわけではなく、ただ右から左へ流しているだけだ。だからこそ、どこへいくら融資するか、リスクテイクを含めた選別力や業界に関する高い経験値などが付加価値だったのだ。


■銀行市場は縮小
新聞がWEBメディアに、テレビがYouTubeやNetflixに、メガネチェーンが格安メガネに市場を奪われたように、既存の市場で戦わず、離れた場所で新たなコンセプトや技術によって市場を形成し、顧客を奪う流れが様々な業界で起きている。

銀行ももはや例外ではない。IT技術という新しい戦場で戦いを挑んできたフィンテックに一定程度顧客を奪われるのは避けがたいだろう。もちろん、銀行そのものが無くなることはないだろうが、独自の付加価値を失いつつある今、大きく縮小することは間違いない。事実、銀行の監督官庁である金融庁は地方経済の落ち込みと合わせこうしたことを予見してか、2012年頃から特に地方銀行に対して経営統合を促すようになった。

経営統合というと聞こえはいいが、実態は厳しいものだ。統合によって規模の小さい銀行側は事実上消滅する。同一営業エリア内でATMや有人窓口店舗に余剰ができてしまうため、小さい側にいた行員の多くが不要になるからだ。労働者の視点で見れば、銀行市場は明らかに縮小している。

投資判断も今や「人工知能」が担う時代だ。どれほど優秀な学歴を持っていたとしても、太刀打ちできるはずがない。就職して、数年後ロボットによって融資や投資業務そのものも奪われるかもしれない。今大学生で、就活を控えているなら、ぜひ銀行業以外で探すことをおすすめしたい。


【参考記事】

■ワタミが劇的な復活を遂げる可能性が低い理由 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47314916-20151224.html
■ネットフリックスに見るビジネスの視点(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47055631-20151129.html
■モノを売らずに、「センス」を売る新しいビジネスとは(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/44389389-20150422.html
■ユニクロがゾゾタウンを買収すべき理由。(中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/46947284-20151119.html
■262億円の大赤字を叩きだしたマクドナルド・カサノバ社長に、一読を勧めたいマンガについて。(中嶋よしふみ SCOL編集長 FP)
http://sharescafe.net/46265992-20150915.html

酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表


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