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■一人当たりのGDPが香港やイスラエルに負けた
昨年末に、日本の一人当たりのGDPが報告され、2014年ではドル換算で3万6230ドル(日本円で385万円)だったそうです。字の通り、一人当たりのGDPは、国内総生産GDPを国の人口で割って求める国内の1年間の”儲け”を表すものなのですが、別称で、広義の労働生産性とも呼ばれています(通常、労働生産性はGDPを人口で割るのではなく、購買力換算をしたGDPを就業者数で割ります)。

さて、この報告で日本の一人当たりのGDPが香港やイスラエルに抜かれたことがわかりました。

こんな報告を見ると、数年前にはGDP総額で中国に抜かれ、今回は香港や中東国にまで。。。と暗澹たる気持ちにもなりそうですが、そもそもデータの絶対値の大小でその国の良し悪しを測ることはできません。
例えば、中国にGDPが抜かれても、GDPは一人当たりのGDPに人口をかけたものですから、人口が我々の10倍以上ある中国に簡単にかなうわけがありません。では、一人当たりのGDPはその国の実力や豊かさではないのか?というとそれもまた単純な議論でもないので注意が必要です。

■一人当たりのGDP≒労働生産性が上がらない業態
掘下げたお話をする前に、一人当たりのGDPを労働生産性に変えてお話しをしていきます。

この日本の労働生産性が低位に推移する原因を調べるため、平成26年の内閣府の国民経済計算や財務省の法人企業統計を見てみると、日本の製造業の労働生産性は非製造業のそれと比べると高く推移していることがわかります。

製造業はここ数年のIT化やアウトソースを通じて、生産効率を上げてきた効果が表れたものでしょう。一方、非製造業の中でも特にサービス業態については、労働集約的な性質を持つ企業が多いためか日本の労働生産性向上の足を引っ張る形となっています。

現在、日本のサービス業はGDP金額ベースでも就業者ベースでも約7割を占めており、サービス業の効率化そして生産性の向上は国内経済の改善のために対処するべき喫緊の課題なのです。

ただし、サービス業の低労働生産性は日本特有の悩みでもなく、OECDの統計データによると、多くの国でサービス業の労働生産性が、製造業と比べ低い状態のようです。

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考えると、サービス業は、儲けを大きくしようとすれば、それに合わせて働く人(就業者)も増やさなければならないことが多く、労働生産性という”一人当たりの儲け”の上昇幅が小さくなるのは仕方がないことかもしれません。


■日本の高齢化問題は生産性にどう影響を及ぼす?
では、日本経済にとって、大きな割合を占めるサービス業の生産性向上の実現は可能なのでしょうか?
モデルケースとして世界で最も労働生産性が高いルクセンブルグのように、金融業や不動産業のようなサービス業への業態シフトができれば、日本も労働生産性の向上が可能でしょう。
従業員一人が取扱う金額が大きければ、それだけ受け取る収入も大きいわけです。

ただ、日本全体が、それら業態にシフトすることは簡単なことではありません。というのは、欧米他国と違い日本は高齢化問題を抱えており、医療福祉サービスに従事する人が急増しているからです。総務省の経済センサスによると、医療福祉サービスで従事する人が平成24年度から26年度にかけて1.7倍になりました(4.9百万人→7.9百万人)。

周知のとおり医療福祉サービスは労働集約的な業務が大半で、金融や不動産のように高い労働生産性を求めることができません。つまり、自国の人口動態推移が故に、労働生産性の改善が進められない特殊事情が日本にはあるのです。

もちろん、医療福祉サービスにもIT等による効率化がおこなわれると思いますが、もう少し時間がかかるのかもしれません。


■日本に根付くサービス(=無料)観念が邪魔に?
一方で、医療福祉サービスがIT等で効率化されることが、必ずしも労働生産性の向上に結び付くわけではない点がとても悩ましいところです。というのも、人々がそのサービスの提供に対してお金を支払わなければ労働生産性は上昇しないからです。

日本の文化では、従前より「サービス」という言葉を間違って浸透させてしまったため、無形サービス=”無料”と考えてしまう傾向があります。教育サービス・情報サービス等、無料でなくとも、安価なイメージを持ってしまうことが往々にあるでしょう。これは自身も否定できないところです。

また、高齢化に関わる福祉の場合「収入のない高齢者からお金を取る」こと自体がなんとなく”高齢者を相手にした儲け”としてモラルに反した空気があり、公的民間どちらもビジネスモデルとして制約を受けてしまう傾向にあります。

高い労働生産性を生み出すことができなければ、そこで働く従業員の賃金も低いままであり、必要とする人材が集まらない業態になってしまう可能性もあります。


■アベノミクスが対峙する真の挑戦とは
経済の供給側を刺激する目的で、アベノミクス新第三の矢が打ち出されました。その中の一つとして、2020年までにサービス業の現在の労働生産性0.8%の伸び率を2.0%に底上げする目標を掲げています。

ただ、昨年提出された「ひと・まち・しごと創生基本方針2015」を見ると、バリューチェーンを検討する等ターゲットが対GDP総額の大きい小売業や卸売業が中心に見えてしまい、医療福祉サービスの労働生産性向上にどれだけ本気で着手できるかは不明です。

アベノミクスの目標の一つである名目GDP600兆円達成には、GDPで高い割合を占める分野への対応を最優先にすれば、手っ取り早い効果を期待できるとは思います。しかし、人材が急増しているこの医療福祉分野の労働生産性が改善しなければ目標達成に思わぬブレーキがかかることも忘れてはいけないでしょう。

今後も労働生産性、特に医療福祉分野には注目です。



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JB SAITO マサチューセッツ大学MBA講師

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