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ブームが沈静化したものの新聞広告などで相変わらず相続関連のセミナーが開催されているのを目にします。その中で人気テレビTVアニメの“サザエさん”の礒野家が登場することがあります。私が参加した地元、郵便局の相続セミナーでも講師が例として紹介していました。「庶民派の代表、礒野家にも多額の相続税が課される可能性があります。場合によっては、相続税を払えなくて長年住んでいた実家を売りはらわなければなりません。首都圏では、土地価格の上昇と相まって10%の世帯が相続税の対象となります。早めに対策を考えたほうがよいですよ」という切り口です。

■意外と資産家の礒野家
礒野家が資産家なのは、保有する不動産によるものです。相続財産を評価する際、路線価という不動産価格が用いられます。礒野家が住む東京、世田谷区の桜新町の1㎡あたりの路線価は48万円。土地の広さは93坪から94坪と言われています。㎡に換算して不動産評価額を計算すると48万×309㎡で1億4千8百32万。長年、会社員として働いてきた礒野波平さんの金融資産が1千万以上あると想定しますと合わせて1億6千万の相続財産になります。

相続税の基礎控除額は3千万円+600万円×法定相続人の数です。礒野波平さんが亡くなったあと、法定相続人となるのはフネさん、サザエさん、カツオさん、ワカメさんの4人。600万×4+3千万で5千4百万。1億6千万-5千4百万で1億を超える相続財産が残されることになります。相続税の課税率は1億円を超えた場合、40%です。控除額の1千7百万を引いたとしても、多額の税金が課税されます。この話を聞くと大丈夫かと不安に思う人は多いでしょう。礒野家ほど広くなくても23区および近隣都市で持ち家がある人でしたら、不動産だけで数千万を超える評価額となるからです。

■サザエさん夫婦が同居しているので相続税がかからない
実際には相続税が礒野家に課税される可能性が低いです。一次相続といって配偶者の片方が亡くなった場合、配偶者の税額軽減といって1億6千万か相続税財産の半分までのどちらか高い額までが非課税とされる制度があるからです。波平さんが亡くなった後、残されたフネさんに相続税はかかりません。

波平さんとフネさんの両方が亡くなった二次相続の場合でも、サザエさん夫婦が同居しているため、小規模宅地等の特例という土地の評価を80%減額できる制度を活用できます。小規模宅地等の特例とは、死亡した人と同居している親族が330㎡以内の宅地を相続した場合に適用される制度です。同居している親族に配偶者や子供ももちろん含まれます。この制度を使って不動産評価額を計算すると、1億円5千万×0.2と3千万まで圧縮できます。金融資産が1千万あったとして基礎控除額の範囲に収まるので相続税がかかりません。ただし他に住居を保有していると適用から外れます。また無条件で適用できるものではなく相続税の申告書が必要です。

さらに礒野家の相続が円満解決しない恐れもあります。財産の大半を占める不動産をサザエさん一人が相続することにより、カツオさんやワカメさんが強い不満をいだくこともあるでしょう。カツオさんが就職に失敗して非正規で働いたりしたら……。しかし相続税を免れることはたしかです。

小規模宅地等の特例を利用すれば、2億円の不動産を保有していても4千万円まで資産価値を圧縮できます。財産の大半を不動産が占める家庭にとっては、相続対策の切り札といえる制度です。

■贈与による相続税軽減策
とはいっても事情により、親と同居できないという人もいます。相続税の軽減策としては、一般的に用いられるのは、贈与による親から子供(配偶者)や孫への金融資産の移転です。

人にお金や物を与えると贈与税が課税されます。一人あたりの贈与額が年間110万円以内であれば、贈与税がかからないのです。2人の子供がいれば年間で220万の相続税の対象となる金融資産を削減できます。孫や甥っ子にも与えることもできるので、金額を一気に減らすことも可能です。

■贈与しすぎで老後破産
ただし贈与にも、子供や孫にお金を渡しすぎて自分自身が貧乏になってしまうという問題があります。長生きのリスクという言葉が出てくるように人の寿命は長くなる傾向があります。住宅の改修費や治療費など仕事を辞めた後も意外とお金がかかるため、自分が暮らすためのお金が不足するという事態が生じます。一時金として数百万かかる有料介護付き老人ホームもあります。したがって贈与を始める前、今後どのくらいのお金がかかるのかライフプランを立てる必要があります。

■実は相続税はそれほどかからない
最近ではシンガポールやオーストラリアなど相続税が廃止される国もあり、日本は諸外国と比較して相続税が重いと考えている人は多いです。たしかに相続財産が1億円を超えると40%の税金がかかるとしたらその通りです。しかし現実には、相続財産全体の40%ではなく法定相続人が受け取る金額に対する40%なのです。1億円の相続財産があっても、法定相続人が二人いると5千万以下になります。

礒野家の二次相続(波平さんもフネさんも亡くなった)の例に戻ると1億6百万円を3人(サザエさん、カツオさん、ワカメさん)の約3500万円になります。対象額が3500万円の場合は、税率が40%ではなく20%になります。3500万×0.2-200(控除額)=500万。小規模宅地等の特例を使わないでも払えない金額ではありません。最高税率も1988年の75%(5億円を越える遺産が貰った人)から55%に下がっているのです。
2015年の改正まで相続税が減り続けてきました。日本人の金融資産に格差が広がったのは、相続税が軽減されたことも要因だと私は考えております。

■相続税の軽減策を始める前に
それでも金額に関係なく、自分が築き上げた資産をできるだけ国に渡したくない考える人もいると思います。相続税の軽減策としてアパートを建て、土地の評価額や金融資産を下げる方法や高層階と低層階の評価額が違わないタワーマンション節税などがよく利用されます。

アパート経営は入居者が埋まらず、予想していた収益が得られないリスクがあります。また建物の修繕費など想定外の費用が発生します。タワーマンション節税も国税庁や総務省が評価方法を見直す動きがあることが全国紙で報じられました(1月24日・日経新聞、2月12日・朝日新聞)。

アパート経営やタワーマンションの購入がよくないというわけではありませんが、相続税の軽減策をしたことが、かえって負担になれば無意味です。払えないわけでない相続税のために、アパート建築費などの借金をすることは得策といえません。配偶者や子供達が負の遺産に苦しむ恐れがあります。

まずは相続税がかかるのか/かからないのか?かかるとしたらどのくらいか信頼できる税理士に算定して貰ったほうがよいです。面倒かもしれませんが、複数の税理士にセカンドオピニオンを聞くとより確実です。不動産評価に強い税理士とそうでない税理士がいるからです。同時に今後の人生にどのくらいお金が必要なのか計算することも必要かと思います。
佐藤敦規 FP・社会保険労務士

【参考記事】
■遺産争族、なぜ財産が少ない家族ほど相続による争いが起きるのか?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)
http://sharescafe.net/47023795-20151127.html
■積み立て型の生命保険、終身保険は不用?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)
http://sharescafe.net/46343820-20150924.html
■「身近な人が亡くなった後の手続きのすべて」が売れている理由 (佐藤敦規 FP・社会保険労務士)
http://sharescafe.net/46549638-20151015.html
■本当に医療費の支払いで老後破産になるのか?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)
http://sharescafe.net/47636064-20160127.html
■病気で下流老人?医療保険の加入者が確認すべきこと(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)
http://sharescafe.net/47846220-20160218.html

税理士ツチヤの相続事件簿
http://www.amazon.co.jp/dp/4434217313

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