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うつ病の姉を殺害したとして、実の妹2人に実刑判決が下された。なんとも気持ちのやり場のない事件だ。

■事件の概要とは

粗暴な言動を繰り返すうつ病の姉に耐えかね殺害したとして、殺人罪に問われた妹2人の裁判員裁判の判決が24日、東京地裁であった。(中略)弘子さんは2003年に出産後、育児ノイローゼでうつ病になり離婚。代わりに娘を養育する悦子被告と3人で暮らしていたが、次第に「殺す」と暴言を吐き、はさみを投げつけるなどエスカレートした。事件当日も果物ナイフを持って娘を追い掛けており、斉藤裁判長は「悦子被告の受けた恐怖感や精神的苦痛は大きかった」と指摘したが、「ことがあれば殺害する構えで、犯行を主導した」と非難した。
時事通信「うつ病の姉殺害、妹2人実刑―粗暴な言動、「同情」も厳罰―」東京地裁 2016/02/24


被害者のご冥福をお祈りするばかりであるが、長期にわたりうつ病の姉を支えていた妹について、単純に「加害者」であると糾弾するのは酷であるようにも思われる。報道によれば10年以上もうつ病状態であったといい、「果物ナイフを持って娘を追いかけた」等の言動からも、お互いに心身を疲弊させながら生活していたことがうかがえる。

■精神保健センターとは
ネット上でも「家族も苦渋の決断。正当防衛では」といった意見が多数みられる。加害者である妹に同情的な意見も目立つ。「専門家に相談すればよかったのに」という意見もあるが、具体的に相談機関について言及されたものは見当たらない。本件のように身内が精神疾患を患っている場合、我々はどこに相談すればよいのだろうか。

ご紹介したいのが、各都道府県及び政令指定都市に設置されている「精神保健センター」だ。東京都内には3か所設置されているようである。必要に応じ医療機関の紹介も行っているため、どこに相談したらよいかわからないという場合には、まず相談を検討すべき場所だ。精神保健センターの主な役割としては以下のとおりとなっている。


1 都民一般を対象に、こころの健康の保持と向上を目的として、精神保健福祉相談を受けるとともに、広報紙やイベント等で広報普及活動を行っています。

2 こころの病を持つ方の自立と社会復帰を目指して、社会に適応していく力をつけるために指導と援助を行っています。

3 精神保健福祉に関する専門的機関として、地域の保健所や関係諸機関の職員を対象とする研修を行ったり、連携や技術協力・援助をとおして地域保健福祉の向上のための活動をしています。

「東京都立精神保健センターHP」より抜粋 2016/02/25確認


相談内容としては「精神疾患を治療してくれる医療機関を紹介してほしい」といったものも受け付けるほか、「アルコール依存が疑われる夫の暴力」「子供の不登校」といったところまでカバーしてくれるのが特徴だ。清原元選手の逮捕で話題となった「薬物依存」に関する相談も可能である。相談員は精神科医師や精神保健福祉士等であり、様々なケースを扱っている専門家だ。ぜひ苦しい胸の内を明かしてほしいと思う。

なお本件に限って言えば、本人や家族に命の危険があったと推察されることから、警察等と連携が必要であったことは言うまでもない。

■センターは働く人のメンタル対策も担う
さらに特筆すべきは「精神科デイケア」である。各センターによってさまざまでではあるが、うつ病等の精神疾患により失職した人や休職中の人を対象にリハビリ出勤的なプログラムを提供し、就職・復職の援助を行うというものだ。費用はかかるものの、健康保険が適用される。場所によってはキャンセル待ちになるなど、相応のニーズがある。

また、精神保健センターは働く人だけのものではない。中小企業など、メンタル不調対策や復職プログラムなど十分に整備できない企業への助言や援助もセンターの業務である。不幸にもメンタル不調による休職等が発生してしまった場合、本人への対応や産業医との連携、代替要員の確保等で担当者は忙殺されることとなる。メンタルヘルス関連において自社の制度に不安があるとお感じの場合は、一度専門家の意見を仰いでみるのも有効であろう。

■精神疾患への対応は専門家の援助が必要である
精神疾患に関する偏見を恐れ、また本人を含め家族等が精神疾患であることを認めたがらないがゆえに、なかったこと(通院や相談をしない)にしてしまうケースも散見される。職場においても、「うつ病は心が弱い者がなるのだ」等と主張して、明らかに不健康な状態であるにもかかわらず、頑として産業医や主治医の診断を拒否するケースもある。病気というある種プライバシーの問題でもあり、人事担当者としては対応に苦慮してしまう。

しかしながら、精神疾患を患ってしまった場合、家族の愛情や本人の気合いだけではどうにもならない。やはり医師やカウンセラー等の専門家による適切な援助や服薬等が必要不可欠なのだ。無論、頑張ることは大切なことではあるが、勇気を持って休むという決断を下すべき時もあろう。

本件は悲劇的な結末を迎えてしまったが、産業カウンセラーの立場からは、「どこかで適切な援助が得られていれば、結果は違ったのではないか」という気がしてならない。もし精神保健センター等相談機関の情報が本人や家族に行き渡っていなかったとすれば、情報と利用ニーズとの接続の部分に課題があるものと思われる。

ある精神保健福祉センターが管内の民生委員等を対象に行った調査(平成20年)によれば、センターでうつ病等の相談ができると知っていた人は全体の31%に留まったという(全国調査は20%)。更なる悲劇を生まないためにも、広報等の在り方等について、丁寧な検証が必要であろう。せっかくの有用な資源は、適切に活用されるべきだ。

【参考記事】
■それでも、ベッキーさんへの過剰な批判が危険な理由。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47661979-20160129.html
■それでも、不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47561520-20160119.html
■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47304400-20151223.html
■「未達成感」が育児ストレスを増大させるのでは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47075444-20151202.html
■元猿岩石芸人から学ぶべきスキルとは (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/46884848-20151113.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント

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