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先日、都内近郊に10店舗展開する芳林堂が自己破産した。2月5日に自主廃業した出版取次老舗の大洋社自主廃業による影響が大きいとのことだ。昨年起きた出版取次4位の栗田出版倒産など、数年前から出版関連企業が次々と閉鎖や廃業に追い込まれている。出版・書店業界はこのまま手を拱くしかないのだろうか?気がつけば街中から消えてしまった米屋や八百屋、酒屋と同じ運命をたどるしかないのだろうか?

■出版市場の現状
改めて確認すると、出版不況の文字通り、書店、出版社、取次など出版関連企業は極めて厳しい状況に置かれている。出版科学研究所によると、書籍の流通量を示す2015年の出版販売額は、1兆6,000億円を割り込み、前年比5.3%の減の1兆5,220億円にまで減少。1950年に調査開始以来、過去最大の落落ち込みとなっている。

現在の出版不況を引き起こしている原因や背景には、ネット通販や電子書籍の普及、活字離れ、人口減少(特に地方)などあると言われており、さらには、出版業界特有の慣習(再販価格維持制度や取次によるパターン配送など)が、その本来持っていた機能が裏目になりつつあり、結果刃が逆になって持ち主を傷つけ始めている背景もある。

こうした状況に対して、できるだけ短期的に改善する策はないのだろうか?出版不況を招く原因のうち、活字離れや人口減少、および業界慣習については残念ながら今すぐどうにかできそうにないが、顧客との接点がある書店に絞って何がしか手がないか考えてみたい。

■出版に似た業界にヒントはないだろうか
ネットへのシフトという点で、同じような状況に追い込まれている業界がある。CD不況と言われ、窮地に立たされている音楽業界である。CDは、ネット配信や動画再生サイトにとって替わられ、日本レコード協会の統計情報によると、CD全体(シングル、アルバムの合計)は、2006年の2億9020万枚をピークに、昨年2015年では1億6783万枚と約42%も落としている。

音楽業界が取った対策は、動画サイトに専用のチャンネルを作り、そこへファンを集め、ライブへと誘導することだった。一般社団法人コンサート・プロモーターズ協会によると、2014年での公園回数は27,581回(前年比125.5%)、動員数は4261万人(同109.7%)となり、一定程度成果をあげている。

CDと同じ情報媒体である書籍も似たような手立ては考えられるだろうか?残念ながら、否である。書籍は音楽と違い、直接アーティストの歌声を聴きたいといった副次的な欲求対象がない。あえて言うなら、映画化やテレビのドラマ化があるが、それでは書籍流通の世界を出てしまうからだ。

■顧客との接触時間を増やすには
音楽業界での取り組みが成果を上げているのは、動画サイトで繰り返し見たユーザーが、「臨場感のあるライブで歌声を聴きたい」「他の曲も聞いてみたい」という気持ちを抱かせることができたからに他ならない。つまり、顧客がその商品と触れる時間を大きく増やしたことに要因がある。

音楽と同様の手法は取れないにしても、書籍について顧客との接触時間を増やす手立てはないのだろうか?例えば、すでに存在するケースでは、カフェなどを書店に併設する仕組みがある。事例として蔦屋書店の代官山店が有名だ。

書籍スペースを中心にして、周辺に飲食店やグッズ販売店を置き、店舗エリア全体でエンターテイメント性を打ち出す。顧客は、カフェスペースでコーヒーを飲みながら購入した本を読むことができる価値を提供し、本との接触時間を増やすことに成功している。

しかし、この方法には大きな問題がある。カフェやその他施設を併設するための資金だ。ツタヤのような大企業ならいざしらず、地方都市にあるような小さな書店では到底マネできない。書店単体で接触時間を伸ばす方法を考えなければならない。本との接触時間にはやはり、取り扱いタイトルを増やすしかないだろう。

もちろん、単純にタイトル数を増やすことはできない。営業面積は限られている。そこで、既存の店舗のまま取り扱いタイトルを増やす方法として、在庫保管用に使われているスペースを再利用できないだろうか。

例えば、書店のショールーミング化はどうだろうか?これはファッションの世界でゾゾタウンが試みたケースが有名だ。店舗に見本の服を置き、試着して気に入った顧客がWEBサイトで購入するという仕組みだった。驚きの方法だったが、インストアの売上に対して家賃などを課金している百貨店サイドからの抵抗に合い、うまく進んでいない。もちろん、書店でもエキナカや百貨店といったインストアの場合は難しいが、店舗として独立しているのであれば、そのような縛りはない。

書店でのイメージはこうだ。タイトルごとに1冊だけ見本としておいておき、立ち読みし、購入したいと思った顧客が、その見本をレジへ持っていく。レジでは、ISBNコードなどを利用して、購入者の自宅へ配送する。受け取りはネット通販同様に自宅でもコンビニでも選べるようにしておくといった流れだ。この仕組みによって得られるメリットは、在庫を削減した分だけ取り扱いタイトルが増やせるほか、出版社への在庫返品の手間が減ることなどもメリットとして考えられる。

しかしながら、この方法も現実的ではない。リアルの書籍ならではの「購入後すぐ読める」という価値を失うほか、「特定の書籍をアピールする平積み」ができない。さらには立ち読みしたあと、そのままスマホ経由で購入されてしまい、ネット通販の売上に自殺点を入れてしまう格好になる恐れも想像できるからだ。

■リアル書店ならではの「強み」
ここまで、本と似た性質を持つ音楽業界からのヒントや、カフェなどの併設、さらには在庫スペースを利用した取り扱いタイトルの増加などを洗い出してみたが、どれも現実的には難しい。

とはいえ、電子書籍との比較にはなるが「現物としての書籍」特有の価値は間違いなくあるはずである。それは「紙であること」だ。当たり前だが、ネット通販で扱われる書籍は手に取ることができない。数ページを読むことができる「立ち読み機能」が付いているときもあるが、書店でパラパラとめくるほうが、現時点では使い勝手が良いのは紛れもない事実だ。

またネット通販には、中身の確認を補完するためにカスタマーレビューもあるが、一時期問題として巷を賑わしたように、ステルスマーケティング(ステマ)による賛同レビューはいまだ散見され、全幅の信頼がおけない状況もまだ完全に解消されていない。紙ならでは強みがあるのは、現にアマゾンがリアル店舗を出していることもその証左だ。

残念ながらこうした強みを活かした手段はまだ見いだせていない。しかし、無類の本好きの一人として、これ以上書店が減り続けるニュースは聞くに堪えない。微力ながら引き続き打開策を模索していきたい。


【参考記事】
■【就活で銀行を選ぶな!】 銀行のビジネスモデルが終焉を迎える日 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47617542-20160125.html
■ワタミが劇的な復活を遂げる可能性が低い理由 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47314916-20151224.html
■ネットフリックスに見るビジネスの視点(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47055631-20151129.html
■モノを売らずに、「センス」を売る新しいビジネスとは(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/44389389-20150422.html
■ユニクロがゾゾタウンを買収すべき理由。(中嶋よしふみ SCOL編集長)
http://sharescafe.net/46947284-20151119.html


酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表

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