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映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識シリーズ第四弾(上級編)は、映画の中で実際に描かれているシーンのうち一般の映画ファンの皆さんにとって特に分かりにくいだろうと思われる部分について解説したいと思います。

ストーリー全体が最初からネタバレしてしまっている映画でもありますし、多少のネタバレはご容赦ください。

ここで取り上げるのは、次の二点です。
・ 行動経済学者リチャード・セイラーと歌手セレーナ・ゴメスによるシンセティックCDO(合成CDO)の解説シーンについて。
・ 「CDSを売る」「CDSを買う」「買ったCDSを売る」ということがどういうことか。

話がやや細かくなりますので、よりベーシックな部分を大雑把に見ておきたいという方は、ぜひ以下の記事をご覧ください。
・ 「初心者編」http://sharescafe.net/47982665-20160303.html
・ 「初~中級編」http://sharescafe.net/48001631-20160305.html
・ 「サブプライムローン編」http://sharescafe.net/47953593-20160229.html

また、記事の末尾では、基本用語とキーワードを大雑把に説明しています。

■MBS役を演じたセレーナ・ゴメス
映画の中で猛スピードで飛び交う金融用語のいくつかは、一般の方どころか、実は金融業に従事する人の多くも、本当はあまりよく理解していないレベルの専門的な言葉なのです。難しい言葉が出てくる映画は他にもたくさんあると思うのですが、初めから終わりまでそうした難解な言葉が重要な役割を担う映画は多くはないはずです。

その難解な物語を、多くの人にとって身近な積み木やクッキング、ギャンブル等になぞらえることで、一々理解させるのではなく、テンポ良く感覚的に掴むことを目指した手法は秀逸でした。私などからすると「うーん」と首を傾げてしまうような説明なのですが、観客を置き去りにしないためにはとても効果的だったことでしょう。

カジノでセレーナ・ゴメスが説明したシンセティックCDO(合成CDO)は、そんなキーワード解説シーンの中でも、おそらく最も「何となく分かったような気がしたが実はよく分かっていない」人が多いシーンなのではないでしょうか。

シンセティックCDOを説明するためにブラックジャックに興じるセレーナが演じていたのは、実はただのギャンブラーではなく、MBSでした。もちろん「最も美人なシンガー(MBS)」ではなく、モーゲージ担保証券(MBS)の方です。

下図は、シンセティックCDOの仕組みを簡単にまとめたものです。この図では、MBSのトランシェ2がセレーナで、セレーナの勝ち負けに賭けていた「野次馬」がシンセティックCDO発行体とCDS買い手です。
シンセティックCDO図
MBSであるセレーナ・ゴメスの成績を対象としたCDSをCDO発行体が売ることで、CDSの買い手から定期的にプレミアムを受取り、それを担保債券からの元利に上乗せして投資家に販売するシンセティックCDOの利回りを高めたり、担保債券の信用力を補完する保証の原資とするのです。

モーゲージやMBSを担保資産とする代わりに、格付がついたMBSトランシェがデフォルトした場合に毀損額に見合う金額を支払う義務を負うCDSを売る(=デフォルト・リスクをとる)ことでプレミアム収益を得る仕組みが、シンセティックCDOのキモなのです。

参照するトランシェは、図ではMBSとしていますが、もちろんCDOのトランシェでも良いわけです。「別のシンセティックCDOトランシェを参照するシンセティックCDO」を表現したのが、「野次馬が別の野次馬の勝負を賭けの対象にする」シーンでした。

理論上は、映画の野次馬たちのように、無限に増殖可能なのです。

■CDS取引について
前項で取り上げたシンセティックCDOの仕組みの中でも重要な役割を担っているCDS取引ですが、そもそもCDSの売買やCDSの金額が意味するのがどういうことなのか、ここが釈然としない人は多いと思います。

映画では、まず、クリスチャン・ベイルやブラッド・ピット(以下、「彼ら」)と銀行や保険会社(以下、「銀行」)の間で、
・ 「銀行」による「CDSの売り」
  賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を支払う義務を負う。
・ 「彼ら」による「CDSの買い」
  賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を受取る権利を持つ。
というCDSの相対契約が結ばれます。

「買う」側の「彼ら」が「プレミアム」と呼ばれる金額を支払い、「売る」側の「銀行」がプレミアムを受取ります。このプレミアムは、損失時に発生する支払い義務に対する見返りです。

「買う」と賭けの対象に対して「ショート(売り)」、「売る」と賭けの対象に対して「ロング(買い)」となるのが、CDSの特徴です。

当時のCDSは、MBSのような比較的標準化されて市場で頻繁に取引される金融商品ではなく、契約当事者たちの相対取引でしか結ばれない特殊な金融取引でした。相対取引なので、プレミアムの値段は当事者間の合意で決まります。

ベイルの場合はおそらくBBB以下の低格付(即ち、A以上の高格付に比べデフォルトしやすいと評価される)のMBSの損失に賭けたので、年間のプレミアムは「想定元本」の10~20分の1と高額でした。一方、デフォルトし難いと想定されたA~AA格付のCDOトランシェを賭けの対象としたCDSを買ったブラピの場合は、「想定元本」の200分の1程度のプレミアムを払うことで賭けが成立しました。

「想定元本」とは、映画の中で「X億ドルのCDS」と言う場合の「X億ドル」です。大雑把に言えば、「彼ら」は、当たったら「X億ドル」もらえる大穴馬券を、馬券代金であるプレミアムを定期的に支払うことで、買っていたわけです。

また、映画の終盤では、利益を確定するために「彼ら」は「CDSを売る」ことを考えるのですが、ここでの「CDSを売る」というのは、最初の「CDSの売り」とは異なります。この「CDSを売る」は、「「彼ら」が持つ「CDSの買い」の権利を、他の投資家や「CDSの売り」の義務を負う「銀行」に売る」ことを意味していたのです。(「銀行」が買えば、権利と義務が相殺されます。)

■CDSによる「ショート」は「空売り」か?
原作の訳文にケチをつけるようで心苦しいのですが、上で説明したようなCDS取引によるショート(=CDSの買い)は、「空売り」とは似て非なるものと言って良いでしょう。

株等のいわゆる「空売り」は、裏目に出た場合の損失に限度はありませんが、「CDSの買い」では損失はプレミアムに限られます。(株価オプションで言えば、プットのロングに相当します。)

邦題の『マネー・ショート』も内容にマッチしているか微妙なように、実際に作品にかかわった人たちですら、どう表現すべきか難しく感じていたのではないでしょうか。

多少分からないところがあっても、分かったつもりで楽しむことができれば、それはそれで良いのかもしれません。

≪参考記事≫
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。 本田康博
http://sharescafe.net/43977373-20150326.html
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。 本田康博
http://sharescafe.net/46947203-20151119.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 本田康博
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。 本田康博
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 本田康博
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html

■基本用語とキーワード
ここでは、基本用語と映画のキーワードをおさらいします。(各用語を大雑把に理解するのが目的であり、法律等による定義とは異なる場合があります。)

<基本用語>
「モーゲージ(Mortgage)」
元々の意味は「抵当権」だが、住宅ローン(不動産ローン)も意味する。(一般の方には聞きなれない言葉ですが、住宅ローンと同義だと考えれば良いでしょう。)

「証券化(Securitization)」
モーゲージ等から将来回収される資金をスケジュールされた元利金返済に充てる「債券型の金融商品」を組成して、資金調達を行うこと。裏付けとなった資産は元の保有者から切り離され、保全される。(債券以外の金融商品として組成される場合もあります。)

<キーワード>
「サブプライムローン(Subprime Loan)」
本来の意味は「プライム(優良)よりは劣るローン」。信用力(返済能力)の低い低所得層でも住宅を買えるように設計され、住宅市場の急拡大に併せてバンバン実行された住宅ローン。単に「サブプライム」と呼ばれることもある。住宅価格の下落により返済不能に陥る借り手が続出し、未曽有の経済危機の火種となった。

「MBS(Mortgage Backed Securities, モーゲージ担保証券)」
複数のモーゲージを集め、証券化によって作られる債券。住宅ローンの回収金から、ローンの貸倒れ損失、事務費用等を差し引いた後、MBS投資家への元利金の分配が行われる。

「CDO(Collateralized Debt Obligation, 債務担保証券)」
普通に日本語に訳すと「債務担保証券」となるが、実際には、将来受け取る予定の金融商品(MBS等)の元利金等をもとに、証券化によって作られる「債券型の金融商品」。

「CDS(Credit Default Swap, クレジット・デフォルト・スワップ)」
債券等の金融商品の発行体(企業や国など)や担保資産の状況が悪化する等、事前に決められた理由で損失が発生する場合に、CDSの売り手がCDSの買い手に対し、その損失に見合う金額を支払うことを約束する取引。デリバティブ取引の一種。

本田康博 証券アナリスト・馬主

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