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映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、良くできた秀逸な映画だと言って良いだろう。難しいテーマを上手く観客に伝える工夫ができていると思う。

■難解な専門用語は、理解するより体感せよ
この映画の中で飛び交う金融用語のいくつかは、金融機関で働く人の多くも本当はあまりよく理解していない専門用語だ。CDOとCDSが何なのか説明できない人は少なくないだろう。

だが、そうした難しい専門用語を、観客にとって身近な、積み木やクッキング、ギャンブル等に例えることで、用語を一つ一つ理解させるのではなく、テンポ良く直感的に掴ませるようにした演出が良かった。

例えば「CDSを内包することによって裏付資産ではないMBSやCDOのリスクに基づく新たなCDOを合成する」という、ちょっと文章で読んでも簡単には理解できない概念ですら、セレーナ・ゴメスや別の野次馬を賭けの対象にしながら野次馬が増殖していく映像によって、観客に「説明できないけど何となく分かった」という気にさせたのだ。
(この点については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

映画で「何となく分かった」と思うことができれば、こちらのもの。金融に詳しくない人でも、十分楽しむことはできるはずだ。

ただ、上手く「何となく分かった」という波に乗ることができなければ、途中で溺れてしまうだろう。頭で理解しようとして溺れてしまった人にとっては、極めてつまらない映画に感じたかもしれない。

■日本人が溺れてしまう理由
この映画を観ていて波に乗れず溺れてしまった人の中には、金融の知識が決定的に足りずにそうなった人も少なからずいるとは思う。しかし、住宅ローンがどんなものなのか、投資をするということがどういうことなのか、そういう本当に基本的な知識は、わざわざこの映画を観に来る人ならたいてい持っているだろう。

一方、この映画のキーワードでもある、MBS、CDO、CDS等の専門用語は、理解できなくても十分楽しめるようにできていたように思う。実際、用語の解説をするレビュー記事等で、何度か誤った理解に基づく解説を目にすることがあった。少なくとも彼らは、キーワードをちゃんと理解せずにこの映画を楽しんだわけだ。

思うに、波に乗れずに溺れてしまった人の多くは、「CDSを買うことによる空売り」という部分を理解しようとして混乱してしまったのではないだろうか。「売りたいのに買う」って、一体全体どういうことなのかと。

この問題の起点は、実はそもそも英語の「ショート(Short)」を「空売り」と訳してしまったことだろう。主人公たちの姿勢として「マーケットに対する空売り」とするのは分かり易くて良いと思うが、「ショート」が本当に意味するのは「売り」のポジションであって、「空売り」ではない。「空売り(Short Selling)」は、「ショート」の一形態(若しくはそれに至るアクション)でしかないのだ。

CDSを買うと、それが参照するMBSやCDOが毀損することに賭けたことになるので、それらに対してショートのポジションとなるが、読みが裏目に出た場合に損失に限度がない株の空売りとは異なり、損失は定期的に支払うプレミアムに限られている。

CDSの買いは、MBSやCDO等が毀損するリスクをカバーする、プレミアムさえ払えば他人でも掛けられる保険のようなもので、保険をいくら掛けても空売りとは違うというのは当たり前だ。株式市場で例えれば、空売りではなく、株価オプションの「プットのロング(買い)」になるのだ。(プットは「合意された価格で売る権利」。)

ショートは、そのままショートと言って通じれば良いのだが、日本ではそれは難しい。他方、それほど難解な言葉ではないため、映画の中で詳しく解説されることもない。

もしかすると「CDSを買うことによる空売り」を理解しようとして混乱した人の多くは、事前に、「空売り(ショート)とは、株を借りて市場等で売却し、値下がりしてから買い戻すこと」等と頭にインプットした上で、映画を観ながら一々しっかり理解しようと頑張っていた生真面目な人たちなのではないだろうか。

(CDS取引の考え方については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

■映画はすべての真実を伝えない
映画の中では終始悪役を演じることになったウォール街だが、そんな明らかな「悪役」の存在は、映画を分かり易く面白くする。だが、そこで描かれているものをすべて鵜呑みにしてしまうレビュワーの多さに、私自身は薄ら寒い思いがした。

未曽有の経済危機の火種となったアメリカの住宅市場と債券市場の双子のバブルは、皆が同時に同じ方向を向き、その道こそが正しい道だと信じて疑わなかったことで生じたものだ。日本のバブルも似たようなものだろう。

そんなときは、たいていその先に何か良くないものが待っているものなのだ。

(参考記事の後に、ネタバレ豆知識編あり。)

≪参考記事≫
・セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編 本田康博
http://sharescafe.net/48017465-20160307.html
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編 本田康博
http://sharescafe.net/48001631-20160305.html
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編 本田康博
http://sharescafe.net/47982665-20160303.html
・Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。 本田康博
http://sharescafe.net/47953593-20160229.html
・不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。 本田康博
http://sharescafe.net/43977373-20150326.html

■付録 - ネタバレ豆知識編
・ 終盤の少し手前で、MBSの価格上昇とCDSの保証金の増額が同時進行していた場面の解釈
住宅ローンのデフォルトが増えると、まず比較的低い格付のMBS/CDOが毀損する懸念が拡大する。そうすると、それまでその周辺に投資していた投資家は、低格付のMBS/CDOから資金を引き揚げ、より高い格付の債券に殺到するため、人気の高格付ゾーンでは価格が上昇する。

一方で、CDSを売っていたドイツ銀行から見て、(同じく大量にCDSを売っていた)モルガン・スタンレー(MS)の支払能力が(実際にそうであったように)大きく低下したため、MSの子会社による将来のプレミアムの支払を担保するための保証金の増額を求めた。

・ シンセティックCDOによるCDSエクスポージャーの拡大
シンセティックCDOをアレンジし、内包するCDSの買い手となることで、主人公たちと同じようにマーケットに対するショートを積み上げることができた。元々CDSの売りを持っていた場合は、そのエクスポージャーを縮小可能。

逆に、シンセティックCDOの投資家は、内包するCDSの実質的な売り手であるため、マーケット全体に対してロングを積み上げることとなった。きちんと理解せずにCDSへのエクスポージャーを積み上げた投資家もあっただろう。モルガン・スタンレーもそうだったのかもしれない。

本田康博 証券アナリスト・馬主

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