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人事院は、育児休業を取った国家公務員のボーナスについて、当該育児休業が1か月以内であれば減額しないことを決めた。

■人事院による規則改正の概要

人事院は、育児休業を取った国家公務員のボーナス(期末・勤勉手当)について、1カ月以内の取得なら減額しないことを決めた。今夏のボーナスから適用する。これまでは取得期間に応じて減額していた。しかし、男性職員の育休の半数以上が1カ月以下であることを踏まえ、満額支給とすることで取得を促すのが狙い。

人事院によると、ボーナス減額のため育休取得をためらう職員がいるとの意見が各省から出ていたという。人事院給与第3課の井上勉課長は「規則改正で少しでも育休の取得が増えれば」と話している。
<国家公務員>育休後もボーナス満額 毎日新聞 2016/04/04


女性活躍推進を国策と掲げる中、政府は、2020年までに男性職員の取得率を13%に引き上げることを目標にしている(2014年度時点で3.1%)。今回の規則改正はそれを受けての「男性の育休取得率アップ策」ということとなろうが、率直に言って筆者は違和感を感じている。

■筆者の感じた違和感
最初に断わっておくが、筆者は今回の施策を否定するつもりはない。男女で圧倒的な格差のある育休取得率を向上させるためには、あらゆる策が講じられるべきだ。

筆者が違和感を感じているのは、「従来の国家公務員における男性職員の育休取得が進まなかった要因としてボーナスの減額があり」「ボーナスの減額を是正すれば男性職員の育休取得が増加する」というロジックだ。無論、論点が広がるほど報道内容が煩雑になるという事情はあろうが、あまりに安易な発想ではなかろうか。

なお、改正前の人事院規則によれば、育休取得に伴うボーナスの減額は「15日以下で5%、1か月以下で10%」である。国家公務員のボーナスは「期末手当」と「勤勉手当」で構成され、「期末手当」はすでに本件と同様の措置が講じられていることから、1か月以内の育休に係る減額は勤勉手当のみである。例えば「期末手当」が30万円、「勤勉手当」が30万円とした場合、「勤勉手当」が10%(3万円)減額となった場合でも、ボーナスをトータル(60万円)で考えれば、5%の減額に留まる。個々人の財布事情にもよるが、育休を取得したいと考える男性公務員が思いとどまる金額ではないのではないか、というのが実感だ。

■男性が育休取得を思いとどまる要因は
働く父親の立場で言えば、育休取得の障害はもっと他にあるのではないだろうか。例えば育休取得に伴うキャリアの中断。さらに言えば、長期の休業を申し出ることにより組織に対する忠誠心を疑われてしまうのではないか、という率直な恐れだ。育休後に戻れるイスはあるのか、今後の会社員生活に不都合は生じないか等の悩みとも言えよう。平たく言えば、いじめられたり、嫌がらせを受けはしないかとも言い換えられるだろう。

また、自分が休んでいる間の業務はだれがやるのか。エース級のできる社員で責任感が強い人ほどつらい立場に立たされる。また、同僚も上司も忙しそうに残業にいそしんでいるような環境では、「空気を読んで」育休取得を言い出せない男性も多いはずだ。

日経DUALの記事によると、日本労働組合総連合会の調査で、男性が育休をとれない理由の第1位は「仕事の代替要員がいない」ことだったという。第2位こそ「経済的に負担となる」であるが、以下「上司に理解がない」「元の職場に戻れるかどうかわからない」「昇進・昇給への悪影響がある」等、職場における理解不足や処遇面での不安に基づく回答が目立つ(2014/2/20 男性が育休をとれない理由1位は「代替要員がいない」)。

「経済的に負担となる」が、あくまで長期の育休による収入減を指すとすれば、「育休取得でもボーナス満額」が男性の育休取得促進へのインセンティブとならないことは明らかだ。むしろ、その他の要因に対する施策を打つ必要がある。

■本件に対する言動に言いたいこと
一方で、本件がニュースになるや、ネット上のコメントでは「公務員優遇では」「増税するのに自分たちばかり特権待遇か」等のコメントが多数寄せられている。

しかし、かつて育児休業や週休二日制について、「母性保護」「総労働時間削減」等の政策を推進すべく、国家公務員が率先して制度導入を推進したのと同様、「男性の育休促進」について、国家公務員が先行して取り組むことは、何らおかしいことではない。むしろ現行の労働慣行にない施策を推進するためには、彼ら彼女らが率先して制度を運用していく必要があるのだ。

むろん、お手盛りの待遇改善は許されるものではないが、何かにつけ「なんで公務員ばかり」と批判する姿勢は、建設的な議論を生まないだろう。それは悪いほう悪いほうへ相手を引きずりおろすだけのことであり、我が国の労働環境の向上には決してつながらないことを、我々は自覚すべきだ。

■結びに変えて
先に述べたとおり、男性の育休取得が遅々として進まない要因はボーナスが減額されるから、ではない。労働者個人の責任感等に依拠するもの、また同僚・上司等関係者の理解や関係性に依拠するもの等様々だ。

人々の意識や組織の風土に起因するものを変革するのは大変困難だ。人種差別や学校でのいじめが法律やルールで簡単に撲滅できないのも、それらを変革することの困難さを表している。

育休取得でもボーナス満額支給、では施策として不十分であり、それを口実に上司が部下である男性職員に育休取得を勧奨することや、人事当局が現場の管理監督者に啓蒙して回ることなど、もうひと手間が必要だ。逆の言い方をすれば、今回の施策が男性の育休取得率向上の一つの呼び水になる可能性はあるだろう。

また、男性の育休推進については、彼らの働き方や職場環境の改善も必須だ。いくら育休を取りたくても、日が変わるまで働く日々が続くとしたら、育休どころか有給休暇の取得すら怪しくなる。

一部先進的な企業では、柔軟な代員確保策や社内での啓蒙活動により、多くの男性社員が育休を取得しているという。むろん、男性の育休取得は黎明期であり、それらの企業でも課題は多いものと思われるが、国の施策においては、それらの企業から多くの成功事例を収集してほしい。国を挙げての男性育休取得を本気で推進するというのであれば、小手先ではなく本質的な施策に打って出るべきだ。

【参考記事】
■ハローワークでサービス残業が起きた理由。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/48104775-20160316.html
■「そうだ、相談に行こう!」と思ったら、まずどこへ向かうべきか。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47919566-20160225.html
■それでも、ベッキーさんへの過剰な批判が危険な理由。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47661979-20160129.html
■それでも、不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47561520-20160119.html
■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/47304400-20151223.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント

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