■画期的な作用機序をもつ「免疫チェックポイント阻害薬」 これまでになかったメカニズムで抗がん作用を示す、「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれるオプジーボ(小野薬品工業(株)、一般名:ニボルマブ)が話題だ。 ざっくり言えば、オプジーボはがん細胞をアポトーシス(細胞死)へと導く役割を持つ「活性化CD8陽性T細胞」ががん細胞によって不活性化(無効化)されにくくすることで、患者自身がもつ免疫力を高める機能を持っているというところが、がん細胞に直接的な攻撃を仕掛けて増殖を抑えて死滅させていた従来の抗がん剤と違う点である。 有効例では持続効果が長いことや、今のところは食欲不振や疲労感の他、数項目の副作用はあるものの、重篤な副作用の発現頻度は他の化学療法よりも低いとの報告があり、既存の抗がん治療を受けていた患者にとっては「夢の特効薬現る!」といきたいところだが、臨床で用いられて日が浅いことから今後予期せぬ副作用が発現する可能性もあるので、楽観視は出来ない。 また未知の副作用の心配もさることながら、もっと大きな問題が横たわっていた。 ■年間費用は3500万円 オプジーボは2014年9月に根治切除不能な悪性黒色腫(メラノーマ=皮膚がんの一種)への適応を承認され、さらに2015年12月には切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌への効能が追加承認された。 ここにきて医療従事者だけでなく、にわかに巷間の衆目を集めた理由は、この薬をがん治療に用いた際にかかる莫大なコストだ。 この問題を提起された、日本赤十字社医療センター化学療法科部長の國頭英夫氏(専門は胸部腫瘍、臨床試験方法論)の試算によると、体重60kgの患者が1年間、オプジーボを使うと年3500万円の費用がかかる。 氏は追加承認された非小細胞肺癌の患者数を約10万人強と推定。早期がんなどを除き、オプジーボの対象になる人を5万人程度に対して1年間投与すれば3500万円×5万人で、1兆7500億円となる計算だ。 2013年度の国民医療費、約40兆円のうち薬剤費は約10兆円なので、いきなり2割近くもの薬剤費が跳ね上がることになる。 医療費や薬剤費はその約4分の1は国家予算に占める社会保障費で賄われているので、単純に考えても4000〜5000億円レベルの影響が出るということになる。 ■新薬の価格(薬価)はどう決まるのか? ところでこの問題は、オプジーボに設定されている超高額の薬価に端を発していることが明らかだ。 新しい薬が開発された際の薬の価格(薬価)は、既存の類似薬が無い場合は、厚生労働省中央社会保険医療協会(中医協)にて定められた、「原価計算方式」と呼ばれる方法で薬価を算定される。下図シミュレーションを参照のこと。 中医協資料:[薬-1-2/23.6.22] p.4「原価計算方式による新医薬品の薬価算定」 ※2015年4月現在、注4の営業利益率は16.2%、既存治療と比較した場合の革新性や有効性、安全性の程度に応じて、平均的な営業利益率の-50%~+100%の範囲内の値を用いることとなっている。(出典:2015/03/20 m3.com 医療維新レポート) ここで気になるのは、原価計算方式による薬価算定時に用いられる営業利益率の高さだ。図表8にあるように、全製造業の売上高営業利益率が毎年約5%程度で推移しているのに比べて、医薬品製造業のそれは毎年約3倍だ。 日本大学商学部教授の高橋史安氏(専門は原価計算、管理会計)の論文には、会計学者醍醐聡氏の図表を引用して次のようにあった。
元々ずば抜けて営業利益率が高い業界に、さらに(16.2+α)%の加算をつけるというのはずいぶん大きい。 オプジーボの場合は薬価収載時、従来の抗がん剤とは異なる免疫機能を高める作用機序で既存薬に対する優位性などが評価され、原価計算方式の営業利益率としては過去最高の60%もの加算をつけられた。 当時はメラノーマのみにしか適応が無かったが、適応が拡大して患者数が爆増した今となっては、この薬価はもはや適切とは言えないにも関わらず、次ような報道があった。
■雑感 日本には国民皆保険制度の他にも高額療養費制度というものがあり、年収が約770万円未満の患者の自己負担限度額は年間100万円程度で済むのだが、例えばオプジーボを用いる場合は総額3500万円の3%も満たさず、残りの97%は全て公的負担ということになる。 本稿では超高額の医薬品や新薬の薬価算定方法のごく一部にフォーカスしたが、常に医療費の問題の根底にあるのは、私たち国民全員がメーカーや医療の担い手、厚労省、または患者といったそれぞれの立場で我田引水の施策を続けた挙句に招いてしまった圧倒的な財源不足である。 今やとっくに日本の国民皆保険制度=保険財政が破綻の危機に瀕していることを、一体どれだけの国民が認識しているのだろうか。 《参考記事》 ■【蟻の一穴】セルフメディケーションによる医療費抑制は眼前の急務だ。(山浦卓 薬剤師・医学博士) https://045310.com/blog/self-medication/ ■医療費40兆円突破の元凶、医療機関へのフリーアクセスを抑制する方法。(山浦卓 薬剤師・医学博士) https://045310.com/blog/40trillion-yen-medical-bills/ ■年間損失500億円。「残薬」解消の糸口を薬剤師が客観的に考えてみた。(山浦卓 薬剤師・医学博士) http://sharescafe.net/47148790-20151209.html ■コンビニ弁当で健康に?厚労省が来年4月に認証マーク導入という愚。(山浦卓 薬剤師・医学博士) http://sharescafe.net/40235965-20140807.html ■医薬品ネット販売の賛否は一旦さておき、現場ではたらく薬剤師が考える他愛もないけど重要な事。(山浦卓 薬剤師・医学博士) http://sharescafe.net/34951271-20131119.html 山浦卓 漢方サント薬局 薬剤師 医学博士 ツイート @sharescafe_olをフォロー シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |