今回発覚した軽自動車の燃費データ不正問題で、三菱自動車は会社存亡の危機に直面しています。しかしながら、2000年と2004年に発生した「リコール隠し事件」以降、三菱自動車は再発防止に取り組み、企業風土改革を含む様々な改革に取り組んできたはずです。それにも関わらず燃費データの不正は続けられ、再び問題が発覚しました。「リコール隠し問題」の再発防止のために行われてきた三菱自動車の経営改革は、成果が上がらなかったといえるでしょう。その原因はどこにあるのでしょうか? ■三菱自動車が取り組んできた改革 三菱自動車は2000年から2004年にわたり、乗用車やトラック・バス部門で大規模な「リコール隠し事件」が発覚、刑事事件にまで発展し、法人として有罪判決を受けた過去をもつ企業です。その時にはユーザーの信頼を失い販売台数が激減するとともに、筆頭株主でもあったダイムラー・クライスラーから資本提携を打ち切られるなど、深刻な経営危機に陥りました。 「リコール隠し事件」の再発を防ぐために、三菱自動車は三菱グループの支援を受けて、様々な経営改革に着手しました。例えば取締役会の諮問機関として社外有識者のみで構成する「企業倫理委員会」を設置し、取締役会に対して答申・提言を求めるとともに、企業倫理・企業風土の改革を推進するCSR推進本部に対しても、アドバイスをしてもらうなどの仕組みも導入しました。 また、「CFP(カスタマー・ファースト・プログラム)」という社員の意識改革活動も実施しています。そのプログラムは、「お客様の安全・安心を第一に考える『お客様視点』の浸透」による社員の意識改革を図るとともに、品質に関わる業務プロセスを全面的に見直す目的で行われてきました。 CFPでは相川哲郎社長がリーダーとなり、「品質改革」「風土改革」「業務品質改革」の3つの分野で活動が展開されました。 中でも三菱自動車の企業サイトによると、「風土改革」には特に熱心に取り組んでおり、以下のような活動を実践していたようです。 1)お客様視点の浸透のための職場討議~全社員が参加~ 2014年7月を「企業理念を考える月間」として、職場ごとに 企業理念の浸透活動を実施しました。また、2014年10月、 2015年1月には「お客様視点で考えて行動する」「失敗事例か ら学ぶ」をテーマに、全社で職場討議を実施し、お客様視点の 浸透を図っています。 以上のように、職場討議や研修等を実施して三菱自動車の企業理念の浸透を図るとともに、各管理職には職場において、改革のリーダーになることを求めていました。しかしながら、相川社長自らがリーダーシップを取ってCFPプログラムを展開していたにも関わらず、今回「燃費データの改竄、隠ぺい」という形で再びユーザーを裏切り、企業としての存続が危ぶまれるほどの不祥事を引き起こしてしまいました。今回の結果だけをみると、「お客様視点の浸透」を目的としたCFPは、機能しなかったということになります。 ■企業風土改革の成功事例 三菱グループでは、三菱グループ各社の活動指針として、以下の「3綱領」を定めています。 所期奉公=期するところは社会への貢献 また三菱自動車は、三菱グループの「三綱領」の精神を受け継ぐとともに、自社の存在意義を進むべき方向を明確にするために、2005年1月に企業理念を制定し、すべての企業活動を、以下の企業理念に基づいて進める、としています。 企業理念(2005年1月制定) しかしCFPの活動等により、三菱グループの「3綱領」や「企業理念」が社内で共有化されていれば、今回のようなデータ改ざんは起こらなかっただろうと思います。このことから、三菱自動車の「3綱領」や企業理念は、CFP活動を実践しながらも、社員の意識改革や行動変容に繋がらず、事実上形骸化されたままだったのではないか、と推察されます。いわゆる「仏作って魂入れず」の状態だったのではないでしょうか? 企業風土改革の成功事例として思い出されるのは、稲盛和夫氏によるJALの再生事例です。JALは経営破綻した後、京セラやKDDIの創業者である稲森和夫氏を経営トップに迎え、V字回復を成し遂げました。稲盛和夫氏が行った経営改革施策としては「フィロソフィーの浸透」「管理職を主対象としたリーダー教育の徹底」「アメーバ経営の導入」の3点が挙げられます。 中でも稲盛和夫氏は、社員の意識改革を促すための「フィロソフィーの浸透」と「リーダー教育」に注力し、新たに「JALフィロソフィー」を策定して、その浸透のための社員向け研修等を数多く実施しました。その結果、「新フィロソフィー」を軸として社員の意識が変わり、組織全体に一体感が生まれた結果、JALはV字回復を成し遂げました。 一方、外部から見る限りにおいては、三菱自動車のCFPとJALで稲盛和夫氏が主導したフィロソフィーの浸透やリーダー育成施策の中身には、大きな差がないように見えます。しかしながら、その成果には雲泥の差が生じたといえるでしょう。なぜ活動の成果に、このように大きな差が生じたのでしょうか? ■企業風土改革が成功しなかった要因 JALと三菱自動車の改革との間には、以下のような相違点があるのではないかと推察されます。 1)企業理念の社内定着に対する、経営トップの姿勢 稲盛和夫氏やカルロス・ゴーン氏など経営改革の領域で成果を上げた経営者が企業風土改革を行う際は、企業理念の社内定着や経営改革を主導するリーダー人材の育成が不可欠であることを熟知しています。 よって、社内風土改革で成果を上げた経営者ほど、「理念や行動指針等の組織への浸透」や「リーダー育成教育」などの領域において、自ら積極的に関わり、各種の改革を主導する傾向が見られます。一方、三菱自動車の相川社長は、CFPにどの程度本気で関わっていたのでしょうか? 形式的に関わっていただけではないでしょうか? 仮に日頃、経営トップの言動に、三菱グループの「3綱領」や三菱自動車の企業理念を尊重する姿勢が見られなかったとしたら、いくらCFP活動を行っていたとしても「お客様の安全・安心を第一に考える『お客様視点』の浸透」を目的とした企業風土改革など進むはずもありません。 2)外部から招聘された「プロ経営者」と、「サラリーマン社長」の立場 JALにおける稲盛和夫氏や日産を再生させたカルロス・ゴーン氏などと、三菱自動車の相川社長や益子会長を比べた場合、外部から招聘された「プロ経営者」と、所謂「サラリーマン社長」であるという点で、両者の立場は全く異なります。 相川社長は三菱自動車の生え抜きですし、益子会長も三菱商事の出身です。彼らのような「サラリーマン社長」の場合、往々にして社内外の人間関係や様々なしがらみを断ち切ることが難しいため、ドラスティックな改革を行う際に、そのようなしがらみが改革の障壁になる傾向が見られます。 一方で、外部から招聘された「プロ経営者」が経営改革を主導する場合は、しがらみを持たないため、徹底した改革がやりやすい、という利点があります。今回のケースは、「サラリーマン社長」が企業風土改革を主導する際の限界を露呈したものともいえそうです。 ■三菱自動車再生のための必須条件 現在三菱自動車は、ユーザーや日産自動車などから数千億円にも上る補償を求められることが予想され、企業存続が危ぶまれる重大な経営危機に陥っています。仮に今回も三菱グループの支援のもとで再生を図るという決断が為されるとしたら、企業理念軽視、コンプライアンス軽視の企業風土を一変させる必要があります。 そのためには、以下の2点が再生するためのポイントになるもの、と思います。 1)三菱自動車並びに三菱グループとしがらみをもたない、「プロ経営者」の外部からの招聘 2)「プロ経営者」が主導する、「企業理念を軸とした企業風土改革活動」の徹底 三菱自動車が真に再生を果たすには、企業風土の改革が欠かせません。その実現のために、果たして三菱グループは、上記のような施策を実行できるのでしょうか? 今後の推移を見守っていきたいと思います。 【参考記事】 ■奨学金問題と併せて考えたい、もう一つの大学進学形態 http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-29.html ■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称 http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-27.html ■ワタミ復活のために求められる「理念経営」との訣別 http://sharescafe.net/46211698-20150910.html ■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」 http://sharescafe.net/46134516-20150903.html ■「失業なき労働移動促進政策」がもたらす、日本型終身雇用制度の終焉 http://sharescafe.net/45941690-20150816.html 株式会社デュアルイノベーション 代表取締役 経営コンサルタント 川崎隆夫 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |