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トレードオフとは、「どちらか一方を得ようとすれば必ずもう一方を失う二律背反の状況」の意味であり、ビジネスにおいては、何かを達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係を意味し、いわゆる「あちら立てれば、こちらが立たぬ」に相当する。

■トレードオフ
 企業戦略においては、この「トレードオフ」、つまり「何をやらないかを決めること」は経営者にとって非常に勇気のいる判断であり、戦略の妙味でもある。特に、マスマーケットを対象とする製品やサービスを提供する企業は、トレードオフを実行することにより自社の販売ターゲットの幅を狭めてしまうことに対する恐怖心から、強烈なトレードオフを実行できる経営者は多くはない。
しかしながら、企業が何をやらないかを決めることにより、事業や製品、ターゲット等の選択と集中が進み、有限な資源の効率的な活用を可能とする。それにより、選択された事業又は製品の品質や魅力が向上することにつながり、最終的には競争力強化に辿り着く。これは、トレードオフ=何をやらないかを決めることが、その企業の製品やサービスの競争力の源泉につながってくるのである。

■企業は何をやらないと決めたのか
 身近な事例として、ブルーボトルコーヒーでは、出店場所の選択(清澄白河)により、顧客として高単価であるが時間のないビジネスマンをターゲットとしないことを決めた。また、コーヒーを提供する店舗には通常期待される、利用者がくつろげる空間を提供することも捨てている。(少数の椅子の設置はあるが、利用客数に対し十分ではなく、店舗でゆっくりするサービスは提供していない)これにより、店舗でのコーヒー品質向上のための焙煎や新鮮な豆の保管スペース、1杯ずつの淹れたてコーヒーを提供するための必要な空間を作り出し、コーヒー品質に注力することで競争力を高めている。

また、スターバックスコーヒーでは、顧客に第3の場所を提供するため、くつろぎの空間を作り出していることは周知の事実であるが、そのため、コーヒーの注文から提供までに時間をかけ、忙しい顧客をターゲットから外す選別を行っている。(=時間のない、忙しい人をターゲットとしないことを決めている)

 その他、カツ専門の「かつや」では、当初は女性や子供も含めた様々な顧客をターゲットとして、様々なメニューラインナップを用意し、カロリー表記を行い、全方位に好かれる店舗作りを進めていた。しかし、当初の戦略から一転、全ての客層をターゲットとすることをやめ、いわゆるきつね色の揚げ物好きな「おじさん」をメインターゲットとして取り上げた(=その他はターゲットとしない)ことにより、近年好業績を続けている。ターゲットを絞ることで、全ての経営資源をカツに集中させ、カツの品質・価格においてファミレスなど多品種を売りにする競合とは明らかなる差を生み出すことに成功した。おいしいカツを求める人は、ファミレスのカツよりも、かつやのカツを望むことになるのは必然であろう。

 BtoBビジネスにおいても、自社のトレードオフを声高々に謳う隠れた優良企業が存在する。医療用器具メーカーのマニーは、自社のHP上で以下のトレードオフを宣言している。
1.医療機器以外扱わない
2.世界一の品質以外は目指さない
3.製品寿命の短い製品は扱わない
4.ニッチ市場以外に参入しない

マニーは、このトレードオフに従う一貫した戦略のもとで、営業利益率30%超という驚異的な利益率を保ち続けている。その他にも、国内拠点の従業員数は300人を目安とし、本業に不要な財テクは行わない、低価格低品質の製品は扱わない、などのトレードオフが存在する。

このように、企業が何をやらないかを宣言することにより、社員は何に注力すべきかを認識し、その方向へひたむきに突き進むことになる。その際に大きく道を外すリスクは、このトレードオフ宣言により最小限に抑えられ、効率的な資源活用が可能となる。その結果、マニーは経営と社員のベクトルが一致し、マニー独特の戦略効果も加わり、高い利益率を生み出すことにつながっている。

■競争優位性
 企業組織は、経営者がトレードオフを決めることにより、各事業で社員に方向性を示している。もし「企業は社員のものであり、社員がやりたいことを上げてくれば経営者が判断する」、といったポリシーをもつ企業の場合、社員はどの方向へ進めばよいかわからず、結果、経営の意図しない方角へ全力疾走することになりかねない。これは、限られた資源の散財であり、経営者や社員が望む姿ではないであろう。経営に社員の意思が必要だと考えることは当然のことながら、全てを社員の自主性に任せることは経営の怠慢である。

自社のトレードオフを経営者が明確に定めた上で、それに沿って社員が考え、行動することが、全社一丸となった選択と集中を成り立たせ、それにより企業の競争優位性を作り上げていくことができるはずである。

【参考記事】
■破壊的イノベーションの真の推進者(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48245902-20160401.html
■ポルシェの拡大戦略に潜む罠とは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47952351-20160229.html
■日本企業のM&A「対等の精神」に潜む影 「ファミマとユニーの経営統合」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47656741-20160129.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html
■ブルーボトルコーヒーに見る戦略ストーリー「人気のブルーボトルコーヒーは何を捨てたのか!?」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/45855247-20150808.html

森山祐樹

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