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今月初旬、居酒屋大手ワタミの決算発表がありました。2014年に起きた様々な問題から歩を進め、少しずつ客足が戻ってきています。しかし、決算発表と同時に出された説明会資料を読み込むと、どうやら本格的な復活を遂げるための重要な視点が欠落しているようです。

■決算状況と今期の戦略
2015年度グループ連結業績は、売上高1282.4億円(前期比▲270.7億円)、営業損益▲2.9億円(前期比▲17.8億円)、当期純損益は78.1億円(前期比+206.6億円)と、売上高が約17%減少する一方で、最終損益は大幅なプラスを実現。これは介護事業とメガソーラー事業の売却によって得た354.5億円のキャッシュが貢献しています。ただし内訳を見ると、メイン事業である国内外食事業は、売上高483.2億円(前期比▲119.5億円)に対して、営業損益は▲15.3億円(前期比+21.6億円)と決して芳しい財務状態ではありません。この喪失分は宅食事業がカバーしており、売上高375.8億円、営業損益+20.7億円と事業全体の約4割を占め、ワタミグループを支えています。

こうした状況を踏まえ、2016年度の事業戦略と打ち出しているのが、コスト構造の変革と既存店の業態変換です。国内外食事業の85%を占める総合居酒屋を「ダイニングレストラン」「専門居酒屋」「食堂・カフェ」そして、「低価格居酒屋」の4つの業態へと振り分け、ニーズの多様性に応えようとしています。しかし、こうしたニーズ別にブランドを持つことには大きな落とし穴が潜んでいます。

■複数ブランド展開に潜む2つのリスク
外食チェーンで、様々な業態を立ち上げること自体はさほど珍しいことではありません。売上や利益状況の推移を見ながら、コンテンツを切り変えていくイオンモールのようなやり方も戦略として間違いではないでしょう。しかし、複数ブランドの立ち上げには、少なくとも2つのリスクが存在しています。

1つめは、チェーン展開で拡大とともに事業成果を左右する「共通コスト」。今や5万店をゆうに超えるコンビニエンスストアがチェーンとして成立しているのは、この共通コストの割合が大きいからに他なりません。文字通り、このコストはチェーン内でA店とB店と展開した際、同列に扱えるものを指します。身近な事例で言えば、セブンイレブンのコーヒーマシン。わずか2年ほどで1万8千店舗すべてに行き渡ったそうですが、間違いなく「共通性を持つコスト」です。A店とB店との間に違いはありません。発注する際に、大幅な仕入の削減が見込めます。コーヒーマシンの場合、仕入だけではなく、メンテナンスや紙コップなどの補充品も同様に削減が期待できます。これが共通コストの持つ力です。

ワタミの事業計画を見る限り、少なくとも「低価格居酒屋」と「専門居酒屋」との間に、この共通コストをどれほど見出せるか困難です。低価格と専門店が同じ店構えとはいきませんし、提供するメニューも異なるでしょう。つまり、それぞれの業態で店舗を拡大すればするほど、削減が期待できないコストが増え続けてしまうリスクがあるのです。

複数ブランド展開に潜むもう1つのリスクが「ブランドの維持」。これは現在、事業再建中のファッションブランド「ワールド」が窮地に陥った経緯からその危うさを垣間見ることができます。

90年代ワールドは、SPA(製造小売業)へ業態変換。百貨店やSCへ様々なブランドを展開し、2007年3月期には、営業利益を過去最高の213億円を実現。ピーク時には、百貨店側からワールドブランドだけでフロアを構成したいとするほどのオファーがあったそうですが、こうしたニーズに応え続け、売上を拡大し続けた結果その数なんと90以上のブランドを構える異常な事態に陥ります。

百貨店やSCサイドは、毎年の新商品について自店舗オリジナルを要求します。しかし、90にも及ぶブランド毎にテイストの異なるものを出し続けることは到底乗り越えられるものではありません。結果、ブランド間の明確な違いが打ち出せなくなり、リーマンショックを引き金に全体の15%にあたる店舗の閉鎖とブランド削減を実施するところまで追い詰められてしまったのです。

■事業再建に必要なのもの
需要の厳しい総花的な旧来の居酒屋スタイルの脱却自体は間違いではないでしょう。しかし、さきほど述べた通り、その出口として複数ブランドを展開することには「コスト」と「ブランドの維持」の2つのリスクを負うことになります。安易にニーズの後を追い続けていけば、ワールドの二の舞いになりかねません。

では、一体どうすればよいのか。ワタミの事業戦略に付け加えるべきは一貫した「コンセプト」です。成功を収めるビジネスモデルには必ずといっていいほど明快なコンセプトがあります。コンセプトの有無は、単に消費者に対して利用価値をアピールするものだけではなく、事業投資上の効率性を勝ち得ることができます。その好例としてワタミと同じ逆風の居酒屋業界で見事に成長を続けているのが「鳥貴族」です。最新決算である2015年7月期は売上高186億円(前年比27%増)、営業利益11億円(同61%増)と、いずれも過去最高を更新。店舗網も拡大を続けており、今年8月末時点で直営228、FC189の417店を構え、5年前からほぼ倍増しています。

鳥貴族のコンセプトは明快です。「焼き鳥専門」そして「全商品280円均一」。食事メニューだけでなく、ドリンク類までも280円で提供されています。提供商品の中心を焼き鳥に絞ることで仕入、オペレーションのコスト構造が優れたものになり、280円均一であることで、100円ショップと同様の「計算のしやすさ」が消費者の負担感を減らす効果を生み出し、成功しています。

■絞りこまれた投資を
2014年に起きた一連のネガティブな出来事から、ようやく計数面で息を吹き返ししつつあるワタミですが、メイン事業である国内外食事業を2割近くも縮小し、宅食事業に支えられた上でスタートラインに立った状態に過ぎません。(2016年度の国内外食事業の営業損益計画は±0)

ワールドの後追いとなるようなニーズ毎に複数ブランドを建てるのではなく、明確なコンセプトによって絞りこまれた事業投資こそ復活へのカギを握るでしょう。介護事業などの事業リストラやコスト構造の見直しによって生み出された手元現金が200億円近くある今が最後のチャンスかもしれません。


【参考記事】

■不動産業に見る「ジャパネットたかた式」ビジネスモデル(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/2016/05/21/exsample_0124/
■【戦う場所が大切】労働集約ビジネスで儲けるポイント(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/2016/04/23/battle_place/
■百貨店ビジネスの処方箋 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/48236292-20160331.html
■【出版不況】書店業界を救う手立てはないのだろうか (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47952603-20160229.html
■【就活で銀行を選ぶな!】 銀行のビジネスモデルが終焉を迎える日 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47617542-20160125.html


酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表

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