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先日、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが、進行性の乳がんを患っていることがわかりました。記者会見では彼女の病状についての質問が相次ぎ、日本人の「がん」への関心の高さをうかがわせました。

近年では生稲晃子さん、北斗晶さんも乳がんにかかるなど、芸能人のがんがメディアで大きく取り上げられるにつけ、がんは他人事ではないと感じる人も多いのではないでしょうか。

ファイナンシャルプランナーとして相談を受けているときも、会社の同僚や親戚ががんになったことをきっかけにがんを心配し始める人に出会います。特に女性では、小林麻央さんのように比較的若年のうちに女性特有のがんが発症する人もいることから、20~30代でもがん保険にしっかり入りたいという人もいます。

しかし、統計データを見ると、実は世間で騒がれるイメージほど、女性特有のがんのリスクは高くありません。そこで、女性のがんのリスクとがん保険の意味を考えてみたいと思います。

■30代でがんにかかる確率は1%
がん情報サービスの統計(2011年)によると、生涯でがんにかかる確率(これを罹患率といいます)は男性で62%、女性で46%です。「2人に1人が一生のうちにがんにかかる」といわれるのは、この数字が根拠になっています。

ただ、これはあくまでも「一生涯のうち」にかかる確率ですから、若いほどリスクは小さくなります。30歳の女性の場合、10年後までにがんにかかる確率は1%、20年後で5%、30年後で10%、40年後で18%、50年後で28%です。こうしてみると、小林麻央さんが32歳にしてがんにかかったのは、統計的にはまれなケースといえます。

また、女性は乳房や子宮など特有の部位に起こる病気のリスクが高いともよく言われます。そこで、女性特有のがんの罹患率を見てみると、生涯でかかる確率は乳がんで9%、12人に1人です。家族や知人を12人思い浮かべて、そのうち1人が乳がんにかかると考えると、他人事とは思えないかもしれません。

ですが、女性だからといって女性特有のがんのリスクだけが高いわけではありません。乳がんに次いで女性でがんの罹患率が高いのは大腸がん(7%)、胃がん(6%)、結腸がん(5%)です。女性特有の子宮がん(3%)、卵巣がん(1%)よりもリスクが高いのです。

そう考えると、女性特有のがんを意識するのはもちろん大事なことですが、統計的に考えれば、それだけを過度に心配する必要もないのです。

■女性特有のがんのリスクは過大評価されている?
保険の加入や見直しの相談をしていると、女性特有のがんに対する関心はとても高いと感じます。「女性ならやっぱり女性特約をつけておかないとダメですよね?」というお客様に会うたび、客観的な事実よりも、たとえば「女性は乳がんになりやすい」といったイメージの方が、保険選びで大きな影響力をもちうることを認識させられます。

言うまでもなく、乳がんは圧倒的に男性よりも女性のほうがかかりやすい病気です。ただ、女性への保険提案の現場やマーケティングを見ていると、乳がんをはじめとした女性特有の病気が強調されるあまり、私たちのイメージの中では、ほかのがん以上にリスクに重みづけがされているように思います。

各保険会社では、女性特有のがんに備える保険が販売されています。一般的ながん保険と同じく、がんと診断されたとき、がんで入院や通院をした時、手術を受けたとき、放射線治療、抗がん剤治療を受けたときなどに給付金を受け取れるほか、女性向けには乳房再建術を受けたときに一時金を受け取れる特約などをつけられるプランがあります。もし、女性が特有のがんにかかりやすいのであれば、女性専用の保障に対する保険料は高めに設定されるはずです。

そこである保険会社のがん保険の保険料を見ると、入院給付金日額1万円、通院給付金日額1万円、診断給付金100万円、手術給付金20万円/回、放射線治療給付金20万円/回、抗がん剤治療給付金10万円/回がつくプランでは、30歳女性の保険料は月額約3,100円(終身払い)です。

ここに、女性特有のがんでの手術(乳房観血切除術・子宮全摘手術・卵巣全摘出術のいずれか)を受けたときには20万円/回、乳房再建術を受けたときに50万円/回を受け取れる給付金が付加された女性専用プランだと、30歳女性の保険料は月額約3,250円(終身払い)になります。女性専用のプランと一般的なプランの保険料の差額は100円程度で、これが女性特有のリスクに対する保険料部分ということになります。

消費者目線で見ると、月に100円程度で20万円や50万円の給付金を受け取れる権利を得られるなら、女性専用プランを選びたくなります。ですが裏を返せば、それだけ受け取る確率が低いということでもあります。もちろん年齢が上がれば乳がん、子宮がん、卵巣がんともに罹患率が上がるため、保険料も高くなるのですが、女性専用プランと一般的なプランの差額は40歳、50歳でも300円弱です。これは保険料全体の4%ほどにすぎません。

もちろん、女性特有のがんに対応する保険料は、そのがんにかかる確率だけで計算されているわけではありません。がんにかかる確率と、給付金を受け取る対象になる確率(このケースでは乳房観血切除術を受けたり、乳房再建術を受けたりする確率)は違うからです。いずれにしても、女性特有のがんにかかる確率は上述したように、生涯で12人に1人以下なわけです。

決して、女性特有のがんのリスクを軽んじられるわけではありません。ただ、芸能人のがんがメディアで繰り返し大きく報じられることは、私たちのがんへのイメージを、統計的な数字のインパクト以上に増幅させてしまっているように思えてなりません。

がんへの備えとしてがん保険を検討するのは有効な手段のひとつですが、適切な判断をするには、こういった認知のゆがみを一度取り払うことも大切です。

■保険を損得で考える意味はない
では、がん保険の意味とは何なのでしょうか。よく、「掛け捨てになるのはもったいないから、払ったお金に対してどれくらい受け取れるのか知りたい。」といわれることがあります。

先ほど例に挙げた女性専用のがん保険を、30歳から30年間にわたって支払い続けると、保険料の総額は約117万円になります(保険料の一部は10年更新されるため、実際には異なる可能性があります)。もし、60歳でがんと診断されて100万円、手術をして20万円の給付金を受け取ったとすると、それまでに支払った保険料とほぼ同額を受け取ることになります。単純に考えれば、おおよそ30年以内にがんになれば、支払った以上に受け取れる可能性が高いといえます。

ただし、がんの治療で何日間入院するか、手術をするか、抗がん剤治療をどれくらい行うかは、病態や医師の治療方針によって異なります。がんの治療にはおおよそ100万円くらいの自己負担がかかる、とよくいわれますが、実際には個人差が大きく、すなわち、がん保険からいくら受け取れるかを試算するのも困難です。

そもそも罹患率から考えれば、がん保険から何かしらの給付を受け取る確率は、一生待ってようやく46%です。女性特有のがんにかかわる給付を受け取るとなると、最も罹患率が高い乳がんの9%を下回るはずです。ですから、がん保険で損得を考えること自体、あまり意味がないのです。

■がん保険の本当の意味
それを踏まえてがん保険に入る意味は、いざかかったときに、治療や生活再建に向けた選択肢を広げることだと思います。保険の給付があることで、経済的な理由で抗がん剤の治療を諦めたり、乳房を失ったままにしたりせずにすむ安心感は、治療の選択において重要です。

がんを宣告され、ただでさえ本人も家族も大きなショックを受けているときには、冷静な判断ができない恐れもあります。のちに後悔しない闘病生活を送るうえでの助けになるのが、がん保険の意味のひとつではないでしょうか。

小林麻央さんが少しでも快方に向かうことを願うとともに、がんへの注目が集まったいま、私たちはその恐怖にただ怯えるのではなく、改めて客観的にリスクを知り、がん保険の意味を捉え直す必要があるように思います。


【参考記事】
■小林麻耶さんに学ぶ「既読スルー」の仕事術(社会保険労務士 榊 裕葵)
http://sharescafe.net/48805486-20160610.html
■なぜ地震で家が燃えても火災保険はもらえないのか?
http://sharescafe.net/41454305-20141020.html
■噴火では生命保険はもらえない? 御嶽山の件に学ぶ、賢い保険の入り方
http://sharescafe.net/41236837-20141007.html
■マイナンバー制度が始まると預金に税金がかかるのか?
http://sharescafe.net/45314819-20150626.html
■結婚したらすぐに生命保険に入るべき理由
http://sharescafe.net/41215969-20141006.html

加藤梨里 ファイナンシャルプランナー マネーステップオフィス株式会社代表 

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