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世界の金融市場が混乱すると、円高になります。「安全通貨である円に資金が逃避した」と言われるわけですが、本当でしょうか?世界一の経済大国、軍事大国である米国の通貨、世界の基軸通貨である米ドルと比べて、日本円の方が安全だとはどうしても思えません。

今回は、英国のEU離脱が話題になったため、欧州経済が混乱しそうだ、といいうことで円高になったものです。欧州通貨と比べて円が高くなるのはわかりますが、米ドルと比べて円が高くなるのはなぜでしょうか。

■過去の経常収支黒字が投資家のポジションになっている

日本は長年にわたり巨額の貿易黒字、経常収支黒字を稼いでいましたから、輸出企業が巨額のドルを持ち帰ってきても、輸入企業が全部を買ってくれたわけではありませんでした。残りの部分を買っていたのは投資家です。「円をドルに換えて米国で運用しよう。リスクはあるが、リターンも見込めるから」というわけです。

日本人の投資家が米国などで運用した場合もありますし、外国人投資家が円を借りてドルに換えて運用した場合もあります(キャリー・トレードと呼ばれます)が、いずれにしても、これはいつかは円に換えなくてはいけないドルです。こうしたドルを「投資家のポジション」と呼びます。

投資家が、ポジションを閉じる(いつか円に換えなければいけないドルを円に換える、すなわちドルを売る)場合には、別の投資家が買うことになります。つまり、投資家全体として持っているポジションの大きさは変化しないのです。

■投資家がリスク・オフになると、ドル売り注文が増える
投資家によっては、「リターンが見込めるならリスクがあっても投資する」という人と、「リターンが見込めても、リスクがあるなら投資しない」という人がいます。同じ投資家でも、状況によって「リスクをとっても投資する」場合(これを投資家がリスク・オンであると呼びます)と「リスクがあるなら投資しない」場合(これを投資家がリスク・オフであると呼びます)があります。

リーマン・ショックや英国のEU離脱などがあると、投資家たちはリスク・オフになります。「何が起きるかわからないから、とりあえずリスクをとらずに静かにしていよう」と考えるわけです。そうなると、持っているポジションを閉じようとします。いつかはドルを円に換えなければならないとすると、「ドル安円高になると損するリスク」を抱えているわけですから、今のうちにドルを売ってリスクを解消しようとするわけです。

問題は、他の投資家もリスク・オフなので、買う人が少なく、ドルが値下がりしていくことです。どこまでドル安になるかと言えば、「充分にドルが値下がりしたから、今ドルを買えば値上がり益が得られる可能性が高い。リスクを避けたい時期ではあるが、それを考えてもなお投資したくなるほどドルが割安だ」と考えるようになるまで続くのです。

これが、危機時に円が買われる理由なのです。ではなぜ、円が安全資産だから買われた、などという奇妙な説明がなされるのでしょうか。

■リーマン・ショックの時は、文字通り円が安全資産だった

リーマン・ショックは、米国の不動産バブルが崩壊したことで発生しました。米国で不動産ローンを担保とした証券が大量に売られていた時に、米国で住宅バブルが崩壊したため、そうした証券を大量に持っていた米国の金融機関が大きな損失を被ったのです。

欧州でも、似たような時期にバブルが発生しており、似たような時期にそれが崩壊し、多くの金融機関が大きな痛手を被りました。加えて、米国で発行された不動産ローン担保証券を買っていた欧州の金融機関が多かったことも、欧州の金融危機を深刻化したのです。

一方、日本では、バブル的な動きは限定的で、米国の不動産ローン担保証券に対する投資を行っていた金融機関も稀でしたから、日本の金融業界は欧米に比べて圧倒的に健全だったのです。

そうした中で、世界の投資家は、欧米よりも日本の方が相対的に経済も金融も安定しているので、ドルやユーロより円を買った方が安全だ、と考えたのでしょう。ドル売り円買い、ユーロ売り円買いの動きが起こり、円高になりました。

このように、リーマン・ショックの時は、文字通り円は安全通貨だったので、毎日のように「安全資産としての円が買われた」という表現が使われていました。その時の名残りで、今でも安全資産の円が買われた、という表現が使われているわけです。

■それでもリーマン・ショック時の円高の主因は日米金利差の縮小だった
もっとも、リーマン・ショックの時でさえも、円高になった主因は他にありました。それは、欧米の景気悪化に伴って金融が緩和され、円とドル、円とユーロの金利差が小さくなったことでした。

日本の投資家は、日米金利差が大きければ、「円をドルに換えて米国債に投資しよう。ドルを買うと為替リスク(円高になって損をするリスクが)あるが、リスクはあっても高い金利を狙いたい」と考えてドルを買います。そうなるとドル高になります。

しかし、日米の金利差が小さくなると、日本の投資家が「円をドルに換えて米国債を買っても、日本国債を買うのと得られる金利はそれほど変わらない。それなら、わざわざドルを買って為替リスクをとる必要はない。ドルを買わずに日本国債を買おう」と考えるので、ドル買い需要が減り、ドル安になります。ユーロとの関係も全く同じです。

これは、重要なので、是非覚えておきたいことです。米国の景気が悪化すると、米国が金融を緩和するのでドル安円高になります。そうなると、日本の輸出企業は、米国の需要減少と円高のダブルパンチを食らうのです。実際、リーマン・ショックの時も、輸出企業がダブルパンチを受けたことで日本経済は大きな打撃を受けました。考えようによっては、震源地の米国経済よりも落ち込み幅が大きかったとも言えるほどだったのです。

■リーマン・ショック時はトリプルパンチ、今回はシングルパンチ
リーマン・ショック時は、日米金利差が小さくなって投資家の期待リターンが下がった上に、投資家がリスク・オフになったので、ドル安要因のダブルパンチとなりました。加えて文字通り円が安全通貨として買われたので、トリプルパンチとなったわけです。

それに比べれば、今回の円高は投資家のリスク・オフだけなので、影響ははるかに軽微だ、という事になるでしょう。

【参考記事】
■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48894942-20160622.html
■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48919755-20160624.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html
■経済情報の捉え方 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12149245775.html
■アリとキリギリスで読み解く日本経済 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12156174510.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授

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