東京都庁

自民党の小池百合子氏は7月6日、都内で記者会見し、今月31日に投開票が行われる東京都知事選に、自民党東京都連の候補者決定を待たずに出馬することを表明しました。一方の自民党都連は、元総務相の増田寛也氏を擁立する方向で調整を進めており、自民党の分裂選挙は避けられない情勢となっています。

■小池百合子氏が掲げた「3つの公約」と選挙戦略
7月6日の記者会見で、小池氏が掲げた主な公約は以下の3点であり、都議会との対決姿勢を鮮明にした点が特徴として挙げられます。

1)都議会の冒頭解散
(2)都政の利権追及チーム設立
(3)舛添氏公私混同問題の第三者委員会設置


記者会見の席上で小池氏が「3つの公約」を掲げた背景には、周到に準備された小池氏の選挙戦略が見え隠れしています。 小池氏は、自民党から推薦される可能性がないという状況を早くから見極めた上で、都知事選で確実に勝利を収めるためには、どのような戦略のもとに選挙公約を策定し、どのタイミングでそれを訴求すべきかについて、相当時間をかけて検討したのだろう、と思います。

一部のメディアでは、「小池氏は小泉純一郎元首相をお手本として、都議会を『抵抗勢力』とする策に打って出た」と報じられていますが、小池氏が掲げた選挙公約を見る限りにおいては、単純に小泉純一郎元首相の手法を真似ただけのものではなく、時間をかけてじっくりと戦略を練り上げた結果生まれた産物である、という印象を受けます。

一般企業においては、自社の競争地位を考慮した上で、以下のようなプロセスを経て事業戦略を練り上げていくのが一般的ですが、小池氏も以下のような戦略立案プロセスを通じて検討を重ねた結果、自民党都連の推薦が取れなくても勝機を見出すことができると確信を得られたため、都知事選への出馬を表明したのだろう、と推察されます。

小池氏は、自らをおそらく「チャレンジャー」として位置づけた上で、以下のようなプロセスを経て、選挙戦略についての検討を重ねていったのではないでしょうか?

1.「都民のニーズ」を把握、整理し、増田氏との戦いに勝てる「争点」を抽出
舛添前知事の辞任により、「舛添問題」の真相は都議会で解明されなかったため、都民の不満は未だにくすぶったままの状態です。今後都民の不満を汲み取る形で、舛添問題を本格的に追及できるのは、都議会自民党とのしがらみをもたない小池氏だけであり、都民の要望に応えることができれば、小池氏にとって有利な展開に持ち込める、と考えたのではないかと思います。

2.都知事としての「総合的な能力」面における、競争優位性確立も検討
増田氏は建設省勤務の後に岩手県知事を務め、その後総務大臣に就任していますが、政治家としての創造力、構想力といった面よりも、官僚出身者の多くが持つ実務能力の面のほうが高く評価されています。

そこで小池氏は、自身の高い知名度を活かして、「クールビズ」などの事例をもとに、小池氏の強みである「想像力」「構想力」などを、都民に効果的にアピールできれば、「都知事としての総合的な能力」の面においても、増田氏に対して競争優位を築くことが可能になると考えたのではないでしょうか?

3.勝利に導く適切なターゲットの選定と、小池氏自身のポジショニングの明確化
自民党東京都連がもつ「固定票」の獲得は難しいものの、東京都は「浮動票」が多い地域でもあるため、保守系でクリーンな政治を求める若者や女性層をメインターゲットに選定すれば、十分に勝機はあるものと予想されます。

また小池氏が自民党都連の推薦を受けられなかった事実を逆手に取り、イメージの面で「都議会の改革に、孤軍奮闘で挑む女性政治家」としてのポジションを築ければ、自民党都連の推薦を受けて出馬を予定している増田氏と「候補者イメージ」の面で明確な差別化を形成でき、選挙戦を有利に戦えると考えたのではないかと思います。

4.都議会自民党を「抵抗勢力」と位置付けた戦略の立案及び実行
以前小泉純一郎元首相が、自民党を「抵抗勢力」として位置づけて、郵政民営化を実現させた事例を踏襲し、小池氏が都議会を「都政の浄化に抗う抵抗勢力」として位置づけ、「利権政治や金権政治との訣別」を公約に掲げて戦うことができれば、浮動票の獲得が期待でき、増田氏に対する勝機も見えてくる、と考えたものと推察されます。

以上はあくまで筆者の想像にすぎませんが、小池氏が様々なポイントについて十分な検討を重ねた結果、都知事選への出馬に踏み切ったことだけは間違いないだろうと考えています。

■「3つの公約」が意味するもの
小池氏が掲げる「3つの公約」は、以下の効果を狙ったものだろうと考えられます。

1.スローガン効果
第一の公約である「都議会を冒頭に解散する」については、小池氏が都知事として何をやりたいのか、ワンフレーズで伝えることができる「スローガンの役割」を果たす効果を期待したもの、と思います。

よって第一の公約については、小池氏にとっては最低でもスローガンの役割を果たすことができればよく、解散権を持たない都知事が、都議会を本当に解散に追い込めるのかどうかについては二の次だというのが、案外小池氏の本音ではないかと推察されます。

また既に様々なメディアでは、「都知事には都議会を解散する権限はない。」といった趣旨の報道がされていますが、小池氏は物議を醸すことを重々承知の上で、メディアで広く取り上げられるほうが選挙戦に有利に働くと予想し、敢えて第一の公約として「都議会の冒頭解散」を掲げたと考えるほうが自然だと思います。

さらに都議会議員にとっても、「都議会の解散」を訴えて都知事に当選した小池氏が提出する法案に真っ向から反対すれば、小池氏から不信任案の提出を求められる可能性が高くなることが想定されるため、迂闊に法案に反対できず、法案がスムースに通る環境も整うかもしれない、といった計算もあったのかもしれません。

2.他候補に対する牽制効果
小池氏が先行して「都議会の冒頭解散」や「利権追及チームの設立」「舛添問題の追及」を公約に掲げて争点化したことにより、遅れて都知事選に出馬を予定している増田氏などは、「都議会の利権追及」「舛添問題の追及」に関して、立場を明確にしないとならなくなりました、 

都民の間では、舛添問題に対する中途半端な追求姿勢やリオ五海外視察問題、五輪に関わる利権疑惑等に関する都議会の姿勢、特に都議会自民党の姿勢に対する不満は、くすぶったままです。よって、増田氏も「都議会の利権問題」や「政治と金の問題」等に関して立場を明確にしないと、都民の信任を得られないだろうと思います。また増田氏など都知事選立候補予定者は、現在選挙公約の練り直しを迫られる状況に陥っているのかもしれません。

■都知事選で展開される「頭脳戦」の勝者は誰になるか?
小池氏が掲げた公約は、最初から自民党都連の推薦を得られないことを想定して、周到に準備を進めたものであることは間違いないと思います。 また、出馬会見直前に行われた自民党都連会長である石原伸晃経済再生相との会談も、小池氏にとっては「仁義を通した。」といった程度の意味合いしかなく、いわば形式的なものだったのではないでしょうか?

都知事選の序盤戦においては、小池氏の戦略とそれを実行に移すスピードが、自民党都連や野党を圧倒しているように感じます。今後、増田氏など既存政党からの支援をうけた立候補者が、どのような戦略をもとに戦略思考に長けた小池氏に挑むのか、興味深いものがあります。今回の都知事選は、「頭脳戦」といった側面からみても、注目を集める選挙になることは間違いなさそうです。

【参考記事】
■舛添都知事の能力評価にも「第三者の厳しい目」を
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-31.html
■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-30.html
■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称
http://sharescafe.net/48110506-20160317.html
■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」
http://sharescafe.net/46134516-20150903.html
■国会議員の資質を「公募」で見極めることができるのか?
http://sharescafe.net/47850421-20160219.html

株式会社デュアルイノベーション 代表取締役
経営コンサルタント 川崎隆夫 

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