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■退職金の持運びができない人たち
確定拠出年金(DC)法が、5月に改正されました。来年1月より、主婦(第3号被保険者)や公務員も利用できるようになり、個人型DCの利用枠とポータビリティ(年金資産の移換)が拡充されました。DC制度の創設(平成13年)時には、確定給付企業年金(DB)からDCへの年金資産の持運びが可能でしたが、今度の改正でDCからDBへの持運びも可能となります。

DCとは、拠出される掛金が個人ごとに明確に区分され、運用は加入者個人が行う企業年金です。掛金と運用益の合計額をもとに退職給付額(一時金、年金)が決まります。これに対して、あらかじめ退職給付額と算定方法が決められている企業年金をDB(平成14年創設)といいます。

今回の改正では、ポータビリティに注目したいと思います。というのも、DC導入前の日本の退職金制度では退職金の持運びができなかったため、いま定年退職を迎えている層はもちろん、20年、30年先に定年を迎える層にとっても、老後の設計が難しくなる人たちがいるからです。そのため、特に転職者や非正規社員は、個人型DCの加入が重要となるでしょう。

DCが導入されて10年以上たちますが、DC加入者数は約464万人、DB加入者数は約788万人で、まだDBの加入者の方が多い状況です。さらに、DCやDB、厚生年金基金等の企業年金制度のない会社に勤めている人は約1,867万人もいます(平成26年3月 厚生労働省の資料)。この数字は、厚生年金被保険者全体の半数以上が従来型の退職金制度の会社に勤める人で、退職金を持ち運べない人、持ち運ぼうにもその原資が少ない人たちを現しています。

■従来型の退職金制度では転職者は不利になる
日本の退職金制度は、「賃金の後払い」という考えが主流でした。近年では、退職金額を一定利回りで割り戻して、月々の給料に前払いとして上乗せする会社もあります。理論的には、この考えの方が正しいように思われますが、実際には定年退職時にまとめて支払う会社が圧倒的に多数でした。

これは、企業側にも従業員側にも都合の良い慣行だったからです。企業側にとっては、終身雇用制を維持していくのに、30年、40年と会社のために一生懸命に働けば、最後に退職金という「ご褒美」がもらえるということで従業員の帰属意識が強くなる、というメリットがありました。

一方、従業員側としては、行動経済学的にも目先のお金はすぐ使いたがるという人間の心理特性がありますから、老後のお金を誰かが(会社が)ちゃんと取っといて(管理して)くれたほうが安心という思いで、多くの従業員は定年まで我慢して働いてきたのです。

ところがこの慣行では、転職者にとっては明らかに不利なものでした。日本の典型的な退職金規定を見ればわかるとおり、転職するたびにそれまで働いた分の退職金が精算されてしまうのです。中途で退職した場合、月額基本賃金の何倍分(支給率)がその時点の退職金額になります。しかも、この支給率は在社年数(年齢)が上昇するにしたがって大きくなります。さらに自己都合退職に対して定年退職では、支給率は割増(2倍など)となっています。要するに同じ会社で定年までいる者と、定年までに何回か転職してきた者とでは、退職金総額の差が数百万円や1千万円になることはざらにあるのです。

例えば、入社10年目では月額基本賃金の5倍という給付率の退職金規定があるとします。在社年数10年で自主退職すると、月額基本賃金30万円なら150万円、40万円でも200万円ほどの退職金です。日本人の30代、40代のミドル層の転職者の転職回数は平均3回ほどと言われています。10年くらいずつで転職を3回繰り返すと、転職の都度、在社年数と給付率はリセットされてしまうので、退職金の総額はせいぜい1千万円いくかどうかなのです。しかも、転職時にもらう一時金は、目先の生活費の入り用で消えてしまいます。40代の転職では定年時にもらえるのは最終入社から残り十数年ほどに対応する支給率ですから、なかなか老後設計がたたないことになるわけです。

■転職で退職金の積重ねが途切れないために
数倍の年収増のキャリアアップならこういうことは考慮に入れる必要もありませんが、実際に2倍の年収増など、そうそうないものです。それどころか、自分の適性やキャリアアップを目的として転職したあげく、転職ごとに年齢が上がるのと反比例に給料が下がっていくという、転職の失敗例も少なくないのです。転職貧乏とは、こういうことから言われます。

この問題を解消しようとしたのが、DC制度の「退職金の持運び」です。加入者は転職の際に、それまで運用してきた年金資産を、次の会社に移換できるようになりました。転職先にDCがあれば、先ほどの例の退職金規定はなく、事業主によるDCの掛金が引き継がれ、加入期間も継続して途切れることがありません。この持運びがDBとDCの双方向にできるようになったことには、大きなメリットになります。

しかし、問題はこれで終わりません。DC導入後も、まだまだ従来型の退職金制度を採用している会社の方が多いのです。このような会社で転職を重ねる人は、従来の退職金システムによるデメリットを受けることになります。つまり退職金の積重ねが途切れ、転職先へ入社後は前にいた会社での何年分相当の退職金支給率がリセットされてしまうのです。さらに言えば、非正規社員としてスタートした人、正規社員から非正規社員に転職せざるを得なかった人たちは、そもそも持運ぶ退職金もないに等しいし、いくらかあっても苦しい生活費で残っていないのが実情でしょう。

こうした人には、DC導入時から個人型DCに加入する道がありました。しかし、実際には個人型DCの加入者数は約26万人弱でDC加入者全体の5%にも満たない状況です(平成28年3月現在)。個人型DCは企業型と違って、掛金は事業主の拠出ではなく、自己負担となります。それに掛金の上限額はまだ低いとはいえ、低収入者にとっては掛金の負担が重くなることもあります。掛金は所得控除となり節税効果があるといっても、以上のことが加入者が伸びない理由であったのかもしれません。

■老後設計の自衛策とするために
しかし、それでも個人型DCに入ることは有効な手段です。企業年金制度のない従来型の会社に勤める従業員が個人型DCに加入すると、年額27万6千円(月額2万3千円)を上限に掛金を積み立て、運用することができます。30年間で828万円の掛金が、年利1%の利回りでも約960万円になります(マイナス利回りもありうる)。しかも運用益は非課税、拠出・給付時には所得控除があります。これに会社独自の従来型の退職金をプラスできれば、なんとか自衛できる策の1つになります。

今回の改正では、すでに企業型DCやDBを導入している会社であっても、それと合わせて個人型DCに加入することが制約付きで可能となりました。自己の適性のためやキャリアアップで転職を重ねることで退職金の受取りを不利にしないためには、ぜひ加入しておきたいところです。いったん個人型DCに加入した場合でも、次の転職先にDCかDBがあれば、どちらへも積み立てた年金資産を持ち運ぶことができるからです。

転職のたびに退職金が精算され、目減りしてしまったり、非正規社員となって退職金も当てにならないのであれば、個人で退職金をつくり、持ち運ぶのも老後設計のための有効な1つの方法なのです。

【参考記事】
■定年退職者に待っている「同一労働・賃下げ」の格差 (野口俊晴 TFICS代表) 
http://sharescafe.net/48662599-20160524.html
■リストラする側の構造と「リストラ候補者」の心的対策 (野口俊晴 TFICS代表)   
http://sharescafe.net/48383659-20160419.html
■道義なきリストラは最大のパワハラだ 「ローパー」と呼ばれる人たちへ (野口俊晴 TFICS代表) 
http://sharescafe.net/48118899-20160322.html
■文系卒が、それでも実学としてビジネスで役立てられる理由 (野口俊晴 TFICS代表) 
http://sharescafe.net/47493984-20160113.html
■「宵越しのお金」が持てれば、老後の人生は変わる (野口俊晴 TFICS代表) 
http://sharescafe.net/47053876-20151202.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表 


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