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英国首相は、保守党党首選に不戦勝で勝利したテレーザ・メイ氏が就任しました。保守党党首の座を最後まで争った対立候補のアンドレア・レッドソムエネルギー担当閣外相が最終決戦直前で戦わずして撤退した結果です。

各紙の報道によると、彼女の撤退の一因には「母親である自分のほうが(子供のいないメイ氏より)良い首相になる」といった趣旨の発言が広く批判を浴びてしまったことがあったようです。この発言は、ロイター通信やBBCニュースなど英国系メディアでかなり大きく取り上げられ議論となりました。BBCニュース・オンラインでは、「母親の方が首相にふさわしいか」という街頭インタビューを行っています。

女性の生き方と子どもの有無については、山口智子の雑誌「FRaU」(講談社)での告白を契機に、NHKの情報番組「あさイチ」の“子どもがいない生き方”特集や、酒井順子著「子の無い人生」が発刊されるなど、最近、日本でも話題になっています。

英国での保守党党首選を材料に、この件がなぜこんな大きな議論を呼んだのか、この事件から学ぶことは何なのか、考えてみたいと思います。

■「母親だから国の将来により深く関与している」と語った首相候補
この件は、レッドソム氏のインタビューが7月9日付のタイムズ紙の一面に掲載されたのが事の発端となったようです。

タイムズ紙の記事で、レッドソム氏は「メイ内相(当時)と自分の違いは何か?」という問いに答え、「経営手腕と家族」と答えたとのこと。また「内相は子どものいないことを悲しむだろうから」と述べる一方で、メイ氏には甥や姪など大切な家族も大勢いるだろうが、「私には子供たちがいて、子供たちはやがて自分の子供を持つわけで、彼らは将来の展開に直接かかわりがある。自分には子供がいるのだから、英国の将来に自分は『実際に具体的な利害関係』があるのだ」と述べ、自分がより首相にふさわしいという趣旨の発言をしたと報じています。

レッドソム氏は「意図したのと反対の意味で記事を書かれた」とタイムズ紙を批判しますが、取材した記者も取材時の録音を公開するなどして反論。タイムズ紙はメイ氏支持派であり、レッドソム氏に厳しい分は差し引いて解釈されるにしても、閣僚や一般市民からも広く、この「母親発言」は批判を浴びることになりました。レッドソム氏は弁解に追われ、メイ氏にも謝罪。最終的に11日に党首選からの撤退を宣言することになります。

■「母親」であることが経歴として優位性を持つ時代?
自分が子供を持つ親であることをキャリア上のアイデンティティの一つとして強く打ち出している著名人は少なくありません。

アカデミー主演女優賞も受賞したことのあるスーザン・サランドン氏のツイッターのプロフィールには「Mother, activist, actress and ping pong propagandist(母親、社会活動家、女優、そしてピンポン布教活動家)」とあり、母親が、他のアイデンティティに比べ、最優位であるかのように記載されています。

当のレッドソム氏のツイッターのプロフィールは、「MP for South Northamptonshire. Wife, Mother. Leave campaigner(南ノーサンプトンシャー州下院議員、妻、母、離脱派)」と、やはり妻であり母であることを強く打ち出しています。

日本の政治家でも、蓮舫氏や有村治子氏などは、ホームページの自身のプロフィール欄に「母親」であることを目立つ形で記載しています。

かつて、女性が外で仕事をする上で結婚していることや子供を持つことは、評価上、不利になると言われていました。しかし、こうした例を見ると、いまや子供を持っていることは必ずしも仕事をするうえでマイナスの要因ではなく、むしろプラスに働くと考える人も増えてきているように思えます。

■自分の価値基準を他人の評価に適用したのが問題
おそらくレッドソム氏自身も、「子供のために世の中を良くしていかなくてはいけない」といった強い思いをもって働いてきたのでしょう。その強い思いが、自信のプロフィールや前述のような発言になって表れたものと思われます。

首相としての適性は「母親」ということにあると、自分自身について語るにとどめている分には、そう問題なかったでしょう。世の中の、特に母親の共感を呼んだのではないでしょうか。しかし、ライバルであるメイ氏の子どもの有無を持ちだしたのは問題でした。あたかも、首相としての能力が、「子供がいるか」という基準で判断しているかのような印象を与えます。

レッドソム氏自身が母親としての使命感から政治に情熱を燃やすのと、他人がどういう思いで政治に取り組んでいるのかは、全く別の問題です。今回の例は、レッドソム氏が「母親は子どものために良い世の中にしようとする」という自分の基準を、他人に適用して判断したことが問題でした。子供を持つ母親でないからといって、世の中を良くする使命感や能力がないと断定するのは間違いでしょう。もちろん、逆に「母親だから仕事にコミットしない」といったような判断も間違いです。

■属性は能力を決めるものではない
レッドソム氏の「(メイ氏と自分との違いは)経営手腕と家族」という発言は、あたかも「母親」という属性が政治家としての能力を規定していると考えているように受け取れます。

彼女の政治家としての手腕は、「母親」として子供の将来のことを思ったから高められたのかもしれませんが、「母親」という属性が能力の高さを決めるものではありません。能力と直接結びつく「経営手腕」と、直接結びつかない「母親」という属性を並列で語ることに違和感を覚えます。

しかし、私たちは、母親や父親、あるいは性別や人種や宗教などの人の属性を能力や適性につなげて判断することを私たちはしばしば行いがちです。例えば、「一人っ子は依存心が強い」「体育会系出身者は根性があって粘り強い」「子どものいない女性は子供を持つ人に嫉妬している」といったことを普段言ってはいないでしょうか。

先入観自体を持つこと自体は、人間である以上しかたのないことです。しかし自分の先入観によるバイアスに気づかないまま、何かを評価したり意思決定を行ったりすることには注意が必要です。繰り返しになりますが、属性は能力を決めるものではなく、能力を発揮する要因として属性が影響しているに過ぎないからです。

私たちが人の評価を行う場合、特に政治やビジネスの世界で、人の能力を評価する場合には、成果そのものと属性は切り離し、前者で判断するべきでしょう。先入観によるバイアスに判断が歪められていないか、今一度確認する必要があるのではないでしょうか。

朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー

【参考記事】
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