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最終回まで残すところあと1週間となったNHK朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」。これは戦後間もない1946年(昭和21年)から、現在まで刊行が続く生活総合誌「暮らしの手帖」の創業者大橋鎮子(おおはししずこ)さんをモチーフにしたドラマです。近年、出版不況が叫ばれ、多くの有名誌が休刊・廃刊していく中、なぜ「暮らしの手帖」だけが今なお残り、読者に支持され続けるのでしょうか。

■ストーリー
物語は、戦前から始まります。主人公の小橋常子(こはしつねこ)は、早くに亡くした父親に代わり、家族のために「とと(父親)」の役割を果たすと誓ったことから、とと姉ちゃんと呼ばれます。そして、戦前から携わった出版経験を元に、パートナーとなる花山伊佐治や妹2人とともに、文字通り焼け野原の中から出版社を立ち上げ、悪戦苦闘の末、事業を広げていきます。

今作は、生家が財閥であったような話とは異なり、まさにゼロから会社を立ち上げ、ピーク時には100万部に達するほどの一大メジャー誌に育て上げます。ドラマの中では、この成長を支えた数々のビジネス手法が登場。そのうち、現在でもよく見かけるものも含め、5つご紹介しましょう。

■30年先を行くビジネス手法
1つめは、「定期購読」。雑誌「あなたの暮らし(ドラマ内での名称)」は、早い段階から定期購読を開始しています。昭和20年代、書店が十分になかった時代、全国の読者に向けて定期的に雑誌を郵送・販売。結果、着実な売上に結び付けています。

2つめは、定期購読に合わせた「読者アンケート」。今となっては、当たり前の手法ですが、あなたの暮らしは、70年近く前からこうした読者とのコミュニケーションツールを導入。読者の声を反映し、雑誌の品質を引き上げることに注力しています。

そして、3つめ。あなたの暮らしの目玉企画「商品試験」。昭和30年代、高度成長期に入り、テレビや洗濯機などいわゆる三種の神器など日々の暮らしが楽になる便利な製品が登場してきました。しかし、当時のメイド・イン・ジャパンはまだ優れた品質の代名詞ではありません。粗悪品が出回り、購入した人の中には怪我をする人も少なからずいました。そこで、あなたの暮らしでは機能面や使い勝手、安全性など生活者の視点で性能テストを行ない、その結果を雑誌に掲載したのです。

当初は、外部の研究機関にテストを依頼していました。しかし、依頼先の事情(取引先メーカーがテスト対象に含まれているなど)もあり、結果の公平性を保つため、テストのすべてを自社内で行なうことを決意。フロアを新たに確保し、歯ブラシなどの日用品から洗濯機まで様々な商品について毎回数ヶ月にわたって耐久性や利便性などのテストを敢行。企画は大きな反響を呼び、発行部数40万部を超える起爆剤となります。

そして4つめ。日頃最も商品を利用する一般の主婦をテスターとして採用したこと。現在、クラウド経由で会社員をリタイヤした主婦を束ね、記事作成代行などを行なうサービスが存在しますが、まさにその先駆けです。

最後の5つめは、ビジュアル中心の紙面づくり。今どきの雑誌ではごく当たり前ですが、当時はコストも高く、圧倒的にテキスト中心でした。しかし、あなたの暮らしでは、文字で間違いなく伝えることには限界があると考え、料理の手順や出来上がりなどが誰にでもわかるようふんだんに「写真」を使い、高い評判を獲得します。

定期購読、読者アンケート、商品テスト、主婦のテスター採用、ビジュアル中心の紙面。いずれも今から60年、70年前に実施されていたことを想像するととても革新的です。しかし、「あなたの暮らし」の成長を支えたのはこうしたビジネス手法だけではありません。ビジネスを成功に導き、長く続けるために欠かすことのできない重要なポイントがまだありました。

■長寿ビジネスを作り上げる秘訣
ビジネスに継続性を持たせるために欠かせないもの。それは「強いメッセージ」です。企業理念やレゾン・デートル(存在意義)、ビジネスを支える明快な「コンセプト」とも呼べるものです。

小橋常子は戦後の焼け野原の中で厳しい暮らしを強いられる人たちを見て、後の初代編集長になる花山伊佐治に「女性のための雑誌を作りたい!庶民の暮らしが豊かになる雑誌を作りたい!」「私とならそれを実現できる!」と宣言します。この強いメッセージに共感した花山氏は、すでに決まっていた転職先を断り、編集長としてあなたの暮らし創刊に全力を注ぐ決意をします。

心の底から強く撃ち放つメッセージは、人を巻き込むだけではありません。それは揺らぎのない企業の礎となります。似たケースに、かの仏高級ブランド「シャネル」の創業者ココ・シャネルがいます。多くのブランドがルイ・ヴィトン率いるLVMHグループなどに買収される中、今なお独立資本を保ちつづけている理由もその強いメッセージに一端があります。

ココ・シャネルが服飾の世界に入った20世紀初頭、女性はコルセットを付けるのが慣習でした。シャネルは、「どうして女性だけが窮屈な服装に耐えなければならないのか」という積年の疑問に対して、「女性の開放」を強く打ち出し、かの有名な「シャネル・スーツ」を生み出します。

この強いメッセージは、創業者亡き今もなお固く守り続けられています。それは、数年前男性向け化粧品を出す際のエピソードに垣間見ることができます。新商品のネーミング決定に全世界の幹部が集結し、費やした時間は、なんと2年。「“エゴイスト”と名付けられたこの商品は、果たしてココ・シャネルの想いから外れていないか」。彼らが長い時間をかけ、最後まで問い続けたのはこの1点だったそうです。

■「想い」+ビジネス手法
環境の変化に適切に対応していくためには、ご紹介したような様々な打ち手がその状況に応じて必要となるでしょう。しかし、それだけでは続きません。細かく述べるまでもなく、打ち手が必ずしも成果に結び付くとは限らないからです。トライアンドエラーを繰り返す中、想定とは違う結果になったとしても、すぐさま立ち返ることができる拠り所こそが何より大切なのです。

利益優先ではなく、社会や誰かのために何かをしたい。困っている人たちを助けたい。その想いから出発し、様々な打ち手を生み出す。ドラマの中でも、あなたの暮らしには幾度となくトラブルや困難が襲いかかります。しかし、その度に主人公はこう言います。「私たちは、庶民の暮らしが豊かになるための雑誌を作っているのだ」と。

誰のために何をするのか、それは一体なのためなのか、自分たちはどんな未来を創りたいのか。果たしてこうしたメッセージがあるのか。厳しい状況下で解決策を探り続けていくためにも「原点」を持ち続ける。これこそが強く長く続くビジネスの秘訣ではないでしょうか。


【参考記事】
■新しいビジネスモデルを発想する「6つの視点」(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/2016/06/13/six_view_point/
■不動産業に見る「ジャパネットたかた式」ビジネスモデル(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/2016/05/21/exsample_0124/
■【出版不況】書店業界を救う手立てはないのだろうか (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47952603-20160229.html
■【就活で銀行を選ぶな!】 銀行のビジネスモデルが終焉を迎える日 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47617542-20160125.html
■ワタミが劇的な復活を遂げる可能性が低い理由 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47314916-20151224.html

酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表

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