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日本生産性本部「サービス産業生産性協議会」が先月発表したエンターテインメント部門の2016年度顧客満足度指数(JCSI)は、前年度同様、東京ディズニーリゾート(TDR)にとって極めて厳しい結果となった。
(注:JCSI(Japanese Customer Satisfaction Index、日本版顧客満足度指数)は、米ミシガン大が開発したCSI(顧客満足度指数)を元に、官民協力のもとサービス産業生産性協議会が開発した顧客満足度指数。)

■急落した「顧客満足度」
TDRの過去5年間のJCSI顧客満足度の推移は以下の通り。2016年度は、過去最高であった2013年度の86.8を約10ポイント下回る77.1となった。指数急落が大きく報道された前年度調査をも下回る水準である。2014年度以降の大幅下落は、“指数の傾向として”は明らかだろう。

 2012年 85.7
 2013年 86.8
 2014年 82.7
 2015年 77.9
 2016年 77.1

しかし、筆者がここでわざわざ“指数の傾向として”と書くのは、この“顧客満足度指数の変化”がTDRの“実際の顧客満足度の変化”を意味するかと言えば、必ずしもそうではないからだ。

では、なぜそう言えるのか?

それについて答える前に、まず、TDRのJCSI顧客満足度急落がどのように報道されたのか振り返ってみよう。

■急落の理由はどう報じられたか
TDRの「顧客満足度」が急落した要因について最も詳しく報じたのは、YOMIURI ONLINE(2016/1/6付)の『「夢の国」東京ディズニーリゾートに異変の兆し』だろう。執筆者の法政大学経営大学院小川教授はJCSI開発の座長を務められた方で、一般に入手可能なニュースリリースでは分からない点等も含め、詳細に分析されている。

記事で小川教授が指摘したのは以下のようなポイントだ。特に、初めの二点については同意される方も多いのではないか。

・ 値上げによる値ごろ感の低下。
・ 利用客のマナー低下と雰囲気悪化。
・ 感動(期待を上回る印象)の低下と、失望(期待ほどではない印象)の増加。
・ アトラクションの品質評価の低下。

記事ではこれらの点について、TDRと似通った業態であるユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)等との比較を行っているのだが、2014年以降ややポイントを落としたTDRと比べ、USJは横ばいかやや良化しており、好調さが見て取れる。絶対水準ではいずれもまだTDRの方が上回っており、かつては大きかったTDRのリードをUSJが徐々に詰めてきた形だ。

筆者は、こうした指摘は妥当なものだと考えている。特に、他の施設との比較は、TDRの今後を考える上で示唆に富むものになろう。

しかしながら、TDRの“実際の顧客満足度の低下”があったかと聞かれたら、「2013年以降のJCSI顧客満足度指数からはそれは判断ができない」としか言えない。何しろ、“実際の顧客満足度”は、むしろ改善した可能性すらあるのだから。

■「顧客満足度」急落の本当の理由
筆者が“実際の顧客満足度”がこの数年でどう変化したのか分からないと主張する理由は明確だ。実は、JCSI顧客満足度指数のエンターテイメント部門の調査は、最近では2014年と2015年の二度、調査対象者を選ぶ基準を弛めている。弛めた結果、調査対象者の平均的な属性が変わってしまったのだ。

2013年以降の調査対象者(各300人)の選定基準は、概ね以下のようなものだ。

 2013年: 最近1年間で2回以上利用した。料金は自分で支払った。
 2014年: 最近1年間で2回以上利用した。料金がいくらか知っている。
 2015~2016年: 最近1年間で1回以上、2年間で2回以上利用した。料金がいくらか知っている。

2014年の変更による指数への影響を推計するのは困難だが、ネガティブな影響があっただろうことは容易に推察できる。一方、2015年の「1年で2回の利用実績」から「2年で2回の利用実績」に基準を弛めた影響については、簡単な推計を試みた。

この点について、末尾の参考記事『サンプリングの基準が変更された場合のサンプル構成の変化について』で、テーマパークの利用頻度に関するある調査結果をベースに推計を行ったところ、年に2回程度以上利用する層をA、年に1回程度以下しか利用しない層をBとすると、調査対象者の内訳(A:B)は、2014年基準で概ね2:1~3:1、2015年基準で概ね1:1となった。

Aは言うまでもなく、TDRへの“思い”が「濃い人」であり、Bはそれが「薄い人」である。すなわち、2015年の基準変更は、「濃い人」の比率を1/2~1/3程度に薄める変更だったのだ。

ちょうど良い具合だっためんつゆに、後から同量の水を入れてしまったようなもので、味が大きく損なわれてしまうのは当たり前だろう。

簡単な数字で考えてみるのも良いだろう。仮に、Aの“実際の顧客満足度”が90で、Bが60であったとすると、2014年基準による調査対象の平均は80~82.5、2015年基準による調査対象の平均は75となる。これは大きな違いだ。

■無視されがちな統計の基本中の基本
統計調査でおそらく最も重要なプロセスが、調査対象の抽出(サンプリング)である。今回のケースのように、基準変更が調査対象の構成に大きく影響したと考えられる場合は、一見同じように調査していたとしても、もはや同じ調査とは言えない。調査対象の属性が変わった統計は、直には比べられないのだ。

学術論文等を除けば、統計データの調査対象がどのように決められたのか明らかにされないままに参照されることは少なくない。どのように作成され、どのような傾向があるものなのか、フェアなのかどうか、そういうことが吟味されずにランクや指標だけが独り歩きすることがあまりにも多い印象だ。

センセーショナルな結果やインパクトのある数字を好むのは、メディアの習性とも言える。それは必ずしも実態を適切に伝えるものではないということに、読者の側も留意すべきだろう。

繰り返しになるが、TDRの“実際の顧客満足度”がこの数年でどう変わったのかは、件の調査結果では分かりえない。「夢の国」の魔法は、まだ解けてはいないかも知れないのだ。

【参考記事】
■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48183188-20160325.html
■報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48670336-20160524.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■日銀のマイナス金利政策は、大成功だが、大失敗だ (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48977254-20160701.html
■サンプリングの基準が変更された場合のサンプル構成の変化について (本田康博 証券アナリスト)
http://yasuhonda.wpblog.jp/?p=434

本田康博 証券アナリスト・馬主

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