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英バーバリーとの契約を解消したことが原因とされ、極めて厳しい財務状態に陥っている三陽商会。売上の多くを占めていたバーバリーが無くなったことが他大な影響を及ぼしたのは確かでしょう。しかし、衰退の原因が単なる一ブランドの消滅では片付かない深い問題を抱えているようです。

■現状
三陽商会の財務状態から振り返ります。平成28年12月期第3四半期の連結業績は、売上高478億円、営業利益は▲83億円。売上高は、前期より約258億円減少。営業利益約151億円減少、通期見通しは売上高700億円、営業利益▲68億円、当期純利益▲95億円と明らかに厳しい状況です。

経営陣が提示した改善計画は「希望退職者の募集」、「5ブランドの撤退」、「棚卸資産、保有株式の圧縮」、「役員報酬の削減の5点」を掲げ、コスト削減策と資産効率化の実施により50億円の資金を確保するとしています。

さらに、外部環境の変化への対応策として、1)「百貨店チャネルの縮小」「中価格衣料品マーケットの縮小」とSCやECなどの他チャンネル展開、2)新規2事業「マッキントッシュ ロンドン」「ブルー/ブラックレーベル・クレストブリッジ」の立て直しを掲げています。

■ファッション業界は「ガマンくらべ」
現在、ファッション業界、とくに中価格帯は「ガマンくらべ」の時代です。主たる販路である百貨店ルートはECやSCに押され、年々売上を落とす一方。とにかく余計なことをせず、競合先のミスをひたすら待ち、リリースされた人材と売上を取り込む。逆に大きなミスをすれば、不本意にも「敵に塩を送る」ことになりかねない、そんな状況なのです。

実際、三陽商会と同じ「総合アパレルメーカー」であるオンワード樫山は、2010年頃からこの5年間かけて百貨店の売り場面積を約21%削減。大掛かりな投資は避け、堅実にWEBサイトやSCなど他チャンネルの充足に資源を割り当てています。

三陽商会も百貨店への依存度を段階的に引き下げていました。しかし、純粋に耐え忍ぶことを想定していたものとは言えません。360店あったバーバリーの店舗のうち、260店をマッキントッシュにリプレース。後継ブランドによって損失は十分カバーできると見立てていたようです。しかし、突きつけられた現実は冒頭の通り。こうした結果に対して財務リストラの着手が周回遅れであったとの指摘がありますが、どうやら三陽商会特有のスタンスがこれを阻んでいたようです。

■計画では問題視されていない真の課題
ファッション業界は年8回(1.5ヶ月に1度)新商品が投入されるという独特の性質を持っています。(変化が激しいとされるパソコンなどデジタルデバイスや家電でも年に1、2回でしょう)他業界に比べ「商品寿命」が極端に短く、トレンドやシーズンを過ぎた衣料はほとんど価値を失います。売れ残った商品の多くは、アウトレットで現金化するか、分譲マンションの売れ残りと同様、バルク(まとめること)でキロ単位など“重さ”で買取業者に流れるのが現実です。どれほど高い人気を誇る商品であっても、年中新しい商品が出続ける中では例外なく、いつどうなるかわからない運命を背負っているのです。

そうした傾向の中で、ファッション業界において何よりも重要な「ブランド形成」には、ある重要なポイントがあります。それは、特定商品ブランドを突出させないこと。一旦顧客から強い認知を受けてしまうと、その商品が無くなったとき、売上を超えた埋めようのない空白が出来てしまうためです。こうしたことは国内大手や欧州の高級ブランドにも共通しており、かのエルメスでもどれほど「バーキン」が有名であろうと、その商品名を前に押し出すことは決してしません。これこそ商品の入れ替わりが激しい世界にふさわしい対応なのです。

ところが、三陽商会は「バーバリー」に単なる商品ブランド以上の重みを置いていました。無名時代から手塩にかけ、今日の知名度を作り上げた自負と思い入れがあったのかもしれません。しかし、その結果「バーバリーの三陽商会」という構図が出来上がってしまったのです。それは顧客側だけなく、三陽商会内部にも広く浸透していました。例えば、バーバリー事業部への配属。それはまるで官公庁における「キャリア」と「ノンキャリア」のように入社時点で決まっていて、一度他ブランドへ配属されると以降かなりの成績を挙げても異動が叶ないといった慣習が出来上がるほど特別視されていました。

特定ブランドへ傾注し、企業基盤の支柱とする。この流れは、残念ながら今回発表された計画の中においても引き継がれようとしています。バーバリーに代わって、マッキントッシュロンドンやブルーレーベル、ブラックレーベルが引き続きその役割を担う計画なのです。

■取るべき道は「負けない体制づくり」
経営計画の中にも盛り込まれている「最適な企業規模」、「百貨店ルートへの依存体質の脱却」、そして「新規2大事業の改善」のうち、1つめと2つめは少々の遅れはあるにせよ方向性は適切でしょう。

しかし、3つめの新規2大事業の改善は、さきほど説明した通り、バーバリーに変わる「新たな依存対象」を作り上げるだけでしかありません。特定ブランドに企業の運命を託すのではなく、ファッション業界の性質に合わせ、平準化された売上の安定化と、「SANYO」ブランドのアピールを進めるべきなのです。

さらにはECサイトのさらなる台頭に備え、イオンが千葉の店舗で実験的に行っている「ショールーミング」用店舗の開発のような「非属人的な売上の仕組み」を推し進めるべきでしょう。今後ますます人手不足が加速する中、属人化、属商品化された売上を減らし、より機械的に数字を確保していく仕組みを作るべきなのです。

ファッションという市場そのものが消滅することは有りえません。しかし、人口減少とともに同じ三大市場(衣食住)の一つである不動産業界と同様、一定程度の縮小は避けられません。とにかく、市場という土俵から落ちないように粘る。しがみつく。日銀が目標として掲げた2%の物価指数が18年度に先送りされるほど消費が冷え込む中、来る消費税増税を乗り越えるためにも、拡大思考ではなく、耐え忍び、負けない体制づくりが欠かせないのです。


【参考記事】

■ビジネスモデルとは何か。10分でわかるビジネスモデル入門 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/about-business-model/
■駐車場で見つけた「エキナカ式」ビジネスモデル (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://financial-note.com/ekinaka-style-model/
■【出版不況】書店業界を救う手立てはないのだろうか (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47952603-20160229.html
■【就活で銀行を選ぶな!】 銀行のビジネスモデルが終焉を迎える日 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47617542-20160125.html
■ワタミが劇的な復活を遂げる可能性が低い理由 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト)
http://sharescafe.net/47314916-20151224.html

酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表

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