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株式会社ディー・エヌ・エーが運営する医療情報サイト「ウェルク」の内容やリライト方法が問題視されたことを契機に、同社の9サイトが全記事を公開停止するに至りました。代表取締役社長兼CEOの守安氏は、その責任をとって、自身の報酬を6か月間減給すると発表しています。また、余波は他社のキュレーションサイトでの記事削除にも及んでいます。

筆者はディー・エヌ・エーがオーナーであるプロ野球球団、横浜ベイスターズの30年来のファン。ウェルク閉鎖のニュースを聞いたときに、まず「球団経営に影響はないか?」ということが思い浮かびました。そこで一ファンとして勝手ながら、親会社であるディー・エヌ・エーのどこに問題あったのかを考察。その結果、同社の急成長を実現してきた組織風土の負の部分に原因があったと考えています。


■短期間で影響力の大きなメディアを作り上げたディー・エヌ・エー
今回のディー・エヌ・エーの情報サイト閉鎖の理由は、以下の二点にありました。

(1) 細心の注意を払って取り扱うべき医療情報を、専門家による監修のないまま、根拠が不明確なまま載せていたため、下手をするとその内容を信じた読者の健康を悪化させる恐れがあったこと。

(2) ウェルクも含めたキュレーションメディアの記事制作のマニュアルやライターの方々への指示などにおいて、他サイトからの文言の転用を推奨する等、著作権を軽視したと捉えられかねない点があったこと。

様々なサイトに掲載された情報をまとめて掲載する「キュレーションメディア」と言われるサイトについては、その情報の質や編集責任の所在に、疑問を抱く声はありました。今回、特にディー・エヌ・エーのサイトが問題視されたのは、検索エンジンのアルゴリズムを活用して、自社のサイトが検索結果の上位に並ぶよう対策を打っていたことも一つの要因です。検索上位になった結果、ページビューも他のキュレーションサイトに比べて多く、影響力が大きいからです。

■高い成長意欲と能力を持つ集団 
キュレーション事業のみならず、ディー・エヌ・エー自体が非常に成長志向の強い会社です。創業は1999年。6年後には東証マザーズに上場、翌々年には東証一部に市場変更し、創業10年足らずで、いわゆる「上場企業」となりました。グループ企業全体で2000人を超える大企業となった今でも「永久ベンチャー」として、新たな挑戦を続けることを社風として謳っています。

同社の成長への原動力は、次々に新規事業に挑戦してきたところにあります。創業当初は、ネットオークションを手掛けていたものの、その後、事業の主軸をゲームからコマース、エンターテイメント、ヘルスケア、ライフスタイルメディア、そしてプロ野球球団と事業の幅を広げてきました。

その成長を支えてきたのが、「年功や肩書に囚われない権限付与」です。創業者の南場智子氏は、その方式を「パーミッションレス型」と称しています。日本語に訳すと「許可不要」とでも言えるでしょうか。南場氏は、次のように語っています。

「私たちは失敗と反省を繰り返して、経営会議だけで決めることをやめてしまいました」
「偉い肩書を持っている人間がなんでも決める時代は終わりました。そのサービスの素晴らしさ、そしてサービスのアクセルを踏むか否かのジャッジするのは経営会議ではなく、ユーザーなのです」(「南場智子が語る『新しいビジネスの作り方とデザインの関係』UI Crunch U25」 エン・ジャパン「キャリア・ハック」2015年9月25日付)

■成果を出した人から、次の活躍の場を得られる「早抜け方式」
急激な成長を支えるために、意慾、能力ともに高い人材の確保に力を入れているのもディー・エヌ・エーの特徴です。

2014年度4月に同社に新卒採用された98名のうち、東大卒(学部、院卒)は28名。学生数の多い早稲田、慶応をおさえ、4分の1以上を東大卒が占める結果となりました(「激変、東大生の就活!新御三家はこの3社!商社、金融を押しのける 人気のメガベンチャー」東洋経済オンライン 2014年3月31日付)。

もちろん、東大卒だからといってビジネスパーソンとして優秀とは限りません。しかし、ディー・エヌ・エー社は数日間の合宿方式のインターンシップを行い、そこにメンターとして社員を張り付けて指導に当たらせるなど、新卒採用の目利きには多大なリソースを注いでいます(前述記事)。その結果が入社社員の学歴として現れたと考えてよいでしょう。

また、成果をあげた社員へのインセンティブとして、「好きなこと」を手掛ける優先権を与えていることも特徴的です。

2010年から2013年にヒューマンリソース本部長を務めた中島宏氏は、「活躍している順に好きなことをやらせるという異動ポリシー」があるとインタビューで語っています(「2020年の人事シナリオ~企業人事トップ×ワークス研究所 所長対談」リクルートワークス研究所)

このポリシーは、新入社員として入社した直後から適用されているようです。ディー・エヌ・エーで技術人事を担当する大月英照氏によると、新人エンジニア研修では、研修を終えた人から実際の配属になる「早抜け方式」を取っているとのこと。(「新入社員を未来のスーパーエンジニアに!ディー・エヌ・エーの「早抜け」方式の新卒研修とは」 「SELECK(セレック)」リレーションズ株式会社 2015 年 8月20日付)

こうした例から見ると、ディー・エヌ・エーは、「成果の出た人が、さらに次のやりたいことを行う場を、他の人より早く得ることができる」施策を取ることによって、社員のモチベーションを喚起し、組織を活性化してきたと考えられます。能力と意欲に自負する優秀な人材が集まる効果も大きかったでしょう。

もともとモバイルゲームが事業の柱であったディー・エヌ・エーが、キュレーションメディアを買収したのが2014年。そこから2年間で、情報サイトの中で圧倒的な存在感を示すまでに成長を遂げた背景には、有効な戦略を考え、実行力のある優秀な社員の存在の寄与するところも大きかったと思います。

■業績に直接影響しない要素は軽視した?
ディー・エヌ・エーは2015年度の決算説明会で、新たな事業の柱として、今回問題となったキュレーションプラットフォーム事業を2016年度下期に黒字化し、2017年度には利益貢献できるまでに育てる計画を発表していました。その達成のために、経営陣も含めて、売上最優先に走ってしまったことは想像に難くありません。

この状況の中で、社員は売上のような目に見える成果を競い合うようになっていったことは容易に想像できます。成果をあげて、次の成長事業に自分のフィールドを移していかないと、ディー・エヌ・エー社員である限り、下手をすると永遠に成長の余地のない事業部門に残らざるを得ない状況に陥りかねないからです。

そうした状況の中で、業績に直接影響のない、いや、見ようによっては「売上アップの阻害要因」と考えられる著作権管理やコンプライアンスといった要素は軽視されがちになったのではないでしょうか。前述の「パーミッションレス方式」は、ユーザー志向の意思決定をめざしたものであったはずです。しかし、大企業となった組織には、経営者の芯の意図が末端まで浸透するのは難しいのが現実です。「ユーザーの支持がある=売上があがる事業ならゴーサイン」と、誤解が生じてしまったと考えられます。

コンプライアンスは、「守って当たり前のもの」。守らなかったときの罰則はあるものの、厳密に守ったからと言って、そのこと自体で評価されることは、ほとんどありません。そのため、評価につながる売上アップなどが優先されがちです。しかし、売上アップとコンプライアンスと、二律背反のことを両立させるのが経営でます。ディー・エヌ・エーでは、目に見える成果を追い求めるあまり、評価軸が偏ってしまい、コントロールが効かなくなっていたのではないでしょうか。

■組織の活力を失わずに改革をするには?
今回のディー・エヌ・エーの事件をきっかけに、私が思い出したのはリクルートのことです。若手に大幅な権限移譲を行いながら、新規事業で成長を果たしたという点で、リクルートとディー・エヌ・エーとは非常に似た文化を持っています。

リクルートは、かつてトップによる未公開株贈賄事件で糾弾を受け、バブル崩壊後の事業の行き詰まりも重なり、冬の時代を送りました。

そんなリクルートが復活を果たしたのは、社員が社内ではなく、お客様に真摯に向き合い続けたことで、顧客の支持を失わずに済んだからです。元リクルート・フェローの藤原和博氏は、著書で以下のように述懐しています。

「結果的には、リクルートというよりは、営業マン一人ひとりのお客様に相対してやっていたサービスが、ギリギリのところで会社の信用をつなぎとめた。また、リクルートという社名は傷ついても、各情報誌のブランドに瑕がつくことはなかったことも大きい。(中略)半年間、マスコミのリクルートたたきが続いても、読者と顧客は離れなかった。」(「リクルートという奇跡」2002年9月 文藝春秋刊)

藤原氏によると、この事件を機に、創業者である江副氏の個人商店的組織から、本当の意味で社員個々が立つ組織に脱皮できたとも語っています。

今回問題となったディー・エヌ・エーのキュレーション事業については、残念ながら「お客様と相対し」ている状態ではなく、社内の評価軸に向いているようです。であるならば、まず顧客が本当に何を望んでいるのか、誠実に向き合うことが必要なのではないでしょうか。

ディー・エヌ・エー全体で見たときに、その要素は十分にあると思います。例を挙げると、横浜ベイスターズや横浜スタジアムの経営です。

今年、久しぶりに横浜スタジアムに野球観戦に出かけ、サービスレベルの向上に目を見張りました。ディー・エヌ・エーがオーナーとなってもらって、本当に良かったと思っています。

肩書や年功に囚われない実力主義は、組織の活力を維持するためにも重要です。また経営陣の意思や机上の分析より、「ユーザーエクスペリエンス」を重視することも決して間違ってはいません。しかし、ユーザーの期待には、コンプライアンスに基づく「信頼性」への期待も含まれています。

ディー・エヌ・エーは自らを「清々しく、泥臭く、逆境を楽しむ 飽くなき挑戦を続ける、永久ベンチャー」と称しています。ぜひこの逆境を、自らを鍛える機会とし、新たな成長のきっかけとされることを期待しています。

【参考記事】
■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか?
http://sharescafe.net/49083976-20160715.html
■SMAP騒動の裏に見える「中年の危機」
http://sharescafe.net/47565368-20160120.html
■近鉄車掌飛び降り問題を、「怒り」の視点から考えてみた。
http://sharescafe.net/49684012-20161003.html
■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣?
http://sharescafe.net/48120829-20160322.html
■石原さとみさん主演「地味にスゴイ!校閲ガール」は報われない仕事をやっていると思った時にお勧めしたい。
http://sharescafe.net/49959839-20161109.html
朝生容子 キャリアカウンセラー・産業カウンセラー

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