空室
銀行などから融資を受けてアパートを建てる人が急増中です。所有地にアパートを建てることで相続税の節税効果があることが主な動機となっています。2015年度の相続税制改正で変更された(1)「基礎控除額」引下げと(2)「小規模宅地等の特例」適用面積拡大が、アパート建築による節税対策ブームに火をつけました。

一方、このアパート建築ラッシュによって空室リスクが急拡大しているとの指摘も、このところ特に目立つようになってきました。

金融庁もいよいよ重い腰を上げ、アパート向け融資やアパート経営に関して実態調査を行うと、日本経済新聞が報じています(「アパート融資の過熱警戒 金融庁、節税効果など実態調査」、日本経済新聞電子版、2016/12/14)。かつてないアパート建築ブームの中、経済合理性のないアパート向け融資が横行していないかとの懸念を、金融庁も持ち始めたわけです。

■空室リスクの指標とは
空室リスクを懸念する報道などでおそらく最も頻繁に参照される指標は、トヨタグループ傘下のタスが公表する「空室率TVI(タス空室インデックス)」(以下、TVI)でしょう。最近もいくつかの記事で「空室率」として引用されていました。
不動産調査会社のタス(東京都・中央区)によると、首都圏のアパート(木造・軽量鉄骨)の空室率は、2015年春ごろまで30%前後で安定的に推移してきた。しかし、その後に急上昇し、今年9月に神奈川県で36.87%、東京23区で34.74%など2004年に調査を開始して以降、最高の空室率となっている。

出典:「金融庁・日銀、アパートローンの監視強化 過剰供給リスクで」、ロイター、2016/12/12
国土交通省によると、住宅着工戸数は貸家が9月まで11カ月連続で増加。前年同月比の伸び率は12.6%と、持ち家(1.4%)を上回った。調査会社タスによると、アパートの空室率は少なくとも13年以降は30%前後で推移していたが、昨夏から悪化し始め、今年9月時点では神奈川県37%、東京23区と千葉県が35%に達している。

出典:「人口減なのに増えるアパート、空室率3割超-低金利でにわか大家」、Bloomberg、2016/11/30
これらの記事だけではなく、大手新聞など一流メディアから有名無名の多くの情報サイトまで、いたるところでTVIが「空室率」として引用されています。

しかし、実はこのTVIが我々が通常考える空室率(=すべての賃貸物件の平均空室率)とは似て非なる指標であることは、一般にはほとんど知られていないのです。

タスの賃貸住宅市場レポートによれば、TVIは住宅情報会社の公開データを元に次のように計算されています。

 TVI = 募集戸数 ÷ 募集建物の総戸数

つまり、TVIは、募集中(=空室発生中)の建物だけの空室率を表わしているのです。空室があるアパートの平均的な悲惨さを示す指標と言っても良いかもしれません。すべての物件を対象としたものではない、というのが大事なポイントです。

■真の空室率は?
空室率とTVIの違いは、計算式の分母に満室の建物を含めるかどうかです。TVIの方が必ず高くなりますが、満室の建物が多ければ多いほど空室率とTVIとの乖離は大きくなります。この特徴により、以下の傾向があることが分かります。
 (1) 真の空室率が低い場合、TVIはあてにならない。
 (2) 真の空室率が高ければ高いほど、TVIは真の値に近づきやすい。
 (3) 好条件物件とその他で賃貸市場が二極化すると、TVIは高くなりやすい。
 (4) 戸数が少ない小規模物件が増えると、TVIは高くなりやすい。

(1)と(2)について、仮にすべてのアパートの戸数が一様に4戸だとして考えてみます。この場合、真の空室率が5%ならTVIは27%、真が25%なら37%、真が40%では46%程度となります。あくまでも大雑把に考えるための試算に過ぎませんが、傾向を捉えるには十分でしょう。ちなみに、すべてのアパートの戸数が2戸の場合は、真の空室率が5%でもTVIは50%超に至ります。

(3)は、真の空室率が25%だとして、すべて平均的に25%であるよりも、半分が10%、残り半分が40%であるほうが、TVIは高くなりやすい、ということです。

(4)は、同じ条件であれば戸数が少ない物件のほうが満室になりやすいためです。

メディアが報じたTVIが示す空室リスクの急増は、空室が急増しているという傾向についてはその通りなのですが、そもそも引用した値は空室率ではないですし、空室率としてはその水準はやや高すぎるはずなのです。

TVIが直近35%だった東京23区アパートの実際の真の空室率は簡単には分かりませんが、おそらく20%台半ば程度の水準ではないかと筆者は考えています。

このように、TVIを空室率として引用することは適当ではありません。適当ではないにもかかわらず誤用が絶えないのは、情報発信者同士で相互に誤ったお墨付きを与えてしまうからなのでしょう。デマや誤った情報が拡散するのと似た作用が働いているのかもしれません。

■空室リスク指標の急上昇が意味すること
上述のとおり、TVIは空室率ではありません。ですが、指標の上昇が空室リスクの拡大傾向を表すという意味では、空室率に優る指標とも言えるのです。

先に見たTVIの傾向から、TVIの上昇は以下のような変化の可能性を示唆しています。
 ・ TVI上昇よりもハイペースで空室率が悪化
 ・ 賃貸市場の二極化が進行 (不向きな立地でのアパート建築の増加、築古アパートの空室急増など)
 ・ 小規模アパートの増加 (非富裕層大家の増加など)

おそらく、これらが複合して影響しているというのが現状なのでしょう。これからアパート経営を考えるのであれば、どれだけ慎重に慎重を重ねて考えても決して考え過ぎにはなりません。

適切な検討に資するよう、情報を発信する側としても、できる限り確かな情報発信を心掛けたいものです。

【参考記事】
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48183188-20160325.html
■日銀のマイナス金利政策は、大成功だが、大失敗だ。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48977254-20160701.html
■報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48670336-20160524.html
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48046767-20160310.html

本田康博 証券アナリスト・馬主

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