東京の生活費は世界的に見てそれほど高いのでしょうか? 先日、こんなニュースが話題になっていました。外国人が住むのに最も生活費がかかる街の番付で、東京が2012年以来の最上位に返り咲いた。円高が影響した。一方、欧州連合(EU)離脱決定を受けてポンドが下落したことでロンドンは100位内から姿を消した。 トランプ相場以前の円高の影響はあったものの、東京が一番生活費が高いという調査結果に違和感を持つ方は多く、例えばホリエモンこと堀江貴文氏も「全く現実とは乖離してるかな」とコメントされています(HORIEMON.COM ニュースキュレーション、2016/12/15)。 各国の物価の差をビッグマックで比較するThe Economistのビッグマック指数(The Big Mac index)で見ても、日本はOECD加盟国の真ん中よりも下で、最も高いスイスの半値以下です。(最近の為替レートに近い2016年1月指数で比較。) ■東京の物価は高いのか? 図は2015年まで過去10年間の日本の物価水準指数です。大雑把に言って、為替が円高水準のときに4~6位、円安水準では18~20位近辺で推移しているのが分かります。つまり、為替が円高水準にあっても、他の先進国に比べて極端に物価が高くなるわけではないのです。 でも、日本と他の国との比較はともかく、東京は日本の中では突出して生活費が高いのでは? そう思われた方は、国が発表している消費者物価地域差指数を見てみると良いかもしれません。消費者物価地域差指数は、都道府県庁所在地及び政令指定都市の平均を100とした場合の地域物価の相対指標です。 住居費を除いたベースで比較すると、東京都区部の指数は104.2です。高いと言えば確かに高いのですが、平均を4.2ポイント上回っている程度で、最も高い横浜市(105.3)より1ポイント以上も低いのです。(「平成25年(2013年)平均 消費者物価地域差指数の概況」、総務省統計局、2014/3/28) このように、東京の物価は世界的に見ても国内的に見ても、”そこそこ高い”程度だと思うのです。では何故、「世界で一番生活費の高い街」などと報道されることになったのでしょうか? ■誰のための調査か? 記事の元になった調査結果は、調査を実施した英ECA International社のウェブサイトに、世界のトップ20と各地域のトップ20が挙げられています。世界トップ10を見渡すと、日本の4都市(東京、横浜、名古屋、大阪)とビッグマック指数トップのスイスから4都市(チューリッヒ、ジュネーヴ、バーゼル、ベルン)のほか、アフリカの大都市が2つ(ルアンダ、キンシャサ)ランクインしています。アンゴラのルアンダやコンゴのキンシャサの物価が高いかと言えば、それなりには高いのでしょうが、平均的に見て欧米の先進国以上に高いということはありえないでしょう。日本の4都市についても同様です。 実はこの調査はそもそも地元の人の生活費を調査したものではなく、「外国人が住むのに最も生活費がかかる街」と記事にあるように、調査対象は外国人にとっての生活費です。しかも、ただの外国人ではありません。ECA International社の顧客たる欧米系グローバル大企業のエクスパット(海外駐在員)の生活費についての調査なのです。 日本では外資系グローバル企業の給与水準は一般に日系企業よりも高いのですが、ここで言うエクスパットとは、そうした外資系企業で働く日本人社員の上司として働くために母国から派遣される外国人です。年収で言えば数千万円から億超えのレベルで、港区等の広めの高級マンションや高級住宅などに住む人たちをイメージすると良いでしょう。(但し、供給が少ない広めの高級住宅は日本では割高ですが、調査では住居費は対象に含んでいません。その他、自動車購入費や教育費も含みません。) ■何がそんなに高いのか? 母国から海外に派遣されたエクスパットは、中には赴任先の文化に溶け込むように生活する人もいるとは思いますが、ほとんどの人は、程度の差こそあれ母国で消費していたものを同じように消費することを好むでしょう。日本企業の海外駐在員も現地の日本料理屋に通う人が多いと聞きますが、同じことです。 実は、アフリカの都市や日本を始めとしたアジアの都市が上位にランクされる一番の理由は、母国と同じ生活を再現しようとするときのコストが高い、ということに尽きるのです。 日本の場合は、言語の問題も大きいでしょう。スーパーに行けば色んなものが安く手に入りますが、ほとんどの場合、内容物等の重要情報は日本語でしか書かれていません。日本製の食品がいくら安くても、本当は品質に優れていると知っていたとしても、やっぱり欧米の食品の方が安心というエクスパットは少なくないでしょう。 消費するのが海外製品ということになれば、関税等の影響もあるでしょう。 例えば、日本への輸入量が完全に国家規制下にあるバター(管理主体は独立行政法人農畜産業振興機構)の場合、国内生産量で賄えない部分だけが輸入されるのですが、小さな輸入枠の割り当ては入札によって決まるため、必然的に価格は高騰します。頻繁にバター不足がニュースになっているように管理主体によるバターの需要予測が常に“控えめ”であることも、輸入バターの価格高騰に大いに貢献しているでしょう。 世界的に大人気のフランス産バターに“エシレ”というブランドがあります。エクスパットが大好きなバターです。先ほどGoogleで検索したところ、フランス国内で250gが2.7ユーロ(約330円)で売っていました。これが、外国食品のチョイスが特に豊富な港区の某スーパーでは2,614円です(筆者調べ)。価格差はおよそ8倍です。 また、「日本の酪農」(中央酪農会議)内の統計によれば、料理にもバターをふんだんに使う欧米の一人あたりバター消費量は多く、例えばフランス人は日本人の13倍もの量のバターを食べています。つまり、単純に計算すると、フランス人が東京でエシレ・バターをフランスにいるときと同じように食べ続けると、日本人がフランスで暮らした場合の100倍ものバター・コストがかかることになるのです。 ■“世界で一番”の意味 先のバターの話は、”母国と同じ生活を再現しようとするときのコストが高い”ことの一例として特に際立っていますが、パンやチーズやハムといった食品に限らず、おそらくこれは、エクスパットが消費する他のモノやサービスについても同じように言えることでしょう。 これはまた、エクスパットの生活費に限った話でもありません。 企業活動全般について見ても、日本には言語や関税以外にも様々なガラパゴス・ルールがあり、それがグローバル企業にとっての日本におけるコストを増大させている可能性は小さくないのです。逆に日本企業がグローバルで戦う場合の足枷にもなりえます。もちろん、それとは反対に強みとなるケースもあるでしょう。 重要なのは、何でもかんでも欧米の真似をすべきというのではなく、日本で当たり前のことが他の国ではどうなのか、そういう視点で物事を考えることです。日本の常識の中には、良いものと悪いもの、続けるべきものと変えるべきもの、どちらも必ずあるはずで、大事なのはそれをきちんと考えることです。深く考えず脊髄反射してしまったり思考停止に陥らないよう、常に心がけていたいものです。 東京が世界で一番生活費が高いという、日本人の肌感覚と乖離したことを言うニュースは、何故なのだろうと考えることこそが大事なのだという、当たり前だけれどとても重要なメッセージを伝えてくれているのかもしれません。 【参考記事】 ■東京23区アパート空室率35%は本当か? (本田康博 証券アナリスト) http://sharescafe.net/50223436-20161215.html ■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト) http://sharescafe.net/47352836-20151229.html ■日銀のマイナス金利政策は、大成功だが、大失敗だ。 (本田康博 証券アナリスト) http://sharescafe.net/48977254-20160701.html ■報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか。 (本田康博 証券アナリスト) http://sharescafe.net/48670336-20160524.html ■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。 (本田康博 証券アナリスト) http://sharescafe.net/48046767-20160310.html 本田康博 証券アナリスト・馬主 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |