3856763


長らくくすぶっていた、ゆうちょ銀行の一般融資業務への参入問題が、ここに来て少し動き始めました。

日本郵政の長門正貢社長は26日の定例記者会見で、傘下のゆうちょ銀行が4年前に国に認可申請した個人・法人向け融資業務について「どの業務を優先してやりたいか再検討すべきだ。自らの腹を決め、金融当局に改めて提案したい」と述べた。(「郵政社長、融資参入範囲を『再検討』」日本経済新聞 2016/12/27付)


記事によれば、ここでいう「4年前の認可申請」とは、ゆうちょ銀行が2012年に個人・法人向け融資に参入するため、金融庁と総務省に申請していた認可を指します。金融庁はゆうちょ銀行の内部体制不備を理由に認可を保留しており、現在もその状態が続いています。

この間、金融環境は日銀の大規模金融緩和やマイナス金利導入で大きく変わりました。これにより、融資は「よほど慎重にやらないと儲からない業務」になりました。ただでさえ融資ノウハウに不安があるゆうちょ銀行にとって、参入へのハードルはさらに上がったと言えます。それを反映しているのが、冒頭の長門社長の発言です。

株式会社であるゆうちょ銀行にとって、債券運用に頼った現在の収益構造は、株主から見れば持てるポテンシャルを十分に生かし切れていないという評価につながります。そこで、融資業務参入が課題として浮かび上がってくるわけです。この問題は今後どのような展開を見せるのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。

■ゆうちょ銀行は“特殊な銀行”。
まずは、数字からゆうちょ銀行の現状を把握しておきましょう。

直近の平成29年度3月期中間決算によると、総資産約207兆円に対し、有価証券は141兆円、占める割合は68%です。一方、貸出金は2兆7,000億円で、占める割合はわずか1.3%。もちろん、この貸出先は個人や一般企業ではなく、独立行政法人や国・地方公共団体などです。

また負債合計195兆円に対し貯金(よく間違える方がいますが、銀行にとって預貯金は将来の支払義務がある“負債”です)は178兆円で、占める割合は91%になります。

やや乱暴な表現になりますが、この数字を見る限り、現状のゆうちょ銀行のビジネスモデルは、「国民から預かったお金で国債を買うだけ」と言えます。

これに対し、メガバンクの一角である三井住友銀行の同期の数字を見てみると、総資産約180兆円に対し、有価証券は22兆円、貸出金は76兆円で、割合はそれぞれ12%、42%となっています。当たり前の話ですが、銀行の本業である融資の割合がもっとも高くなっています。

また、負債合計169兆円に対し預金は110兆円、占める割合は65%で、資金調達手段がほぼ貯金一本であるゆうちょ銀行に比べ、調達先が分散していることが分かります。

三井住友をノーマルな銀行業のモデルと考えれば、ゆうちょ銀行がいかに特殊な銀行かお分かりいただけると思います。

■ゆうちょ銀行が“消費者金融化”する日は近い!?
国債の利ザヤ稼ぎという「一本足経営」から脱却し、銀行としての収益性を高めるために融資業務は欠かせません。しかしネックとなるのは、冒頭申し上げた融資能力の不足と金融環境の悪化です。

住宅ローンや企業融資は、審査やリスク管理に個別のノウハウが求められる、難易度の高い仕事です。その割には、近年の低金利で収益性は低くなっています。長門社長が、「どの業務を優先してやりたいか再検討」するなら、難しくて儲からないこれらの業務には手を出さないと考えるのが自然でしょう。

逆に、「簡単で儲かる金融事業」の代表といえば個人のフリーローンです。特に限度額を決めて、ATMで何回でも出し入れできるカードローンは利用者の利便性が高く、銀行としては売りやすい商品です。また、利率も高く設定でき、担保評価や事業性審査といっためんどくさい手続きもいりませんので、融資で収益性を上げたくてもノウハウ不足がネックになっているゆうちょ銀行にはピッタリの事業です。

近い将来、郵便局の窓口で、「カードローン口座作りませんか? お近くの郵便局で、お手軽にキャッシングができますよ!」などと勧誘される日が来るかもしれません。それが社会全体として良いことなのか、良くないことなのか、判断は難しいところですが…。

【参考記事】
■富士フイルムの事業転換は、本当に"華麗な転身”なのか。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49986760-20161112.html
■マイナス金利下でもローソンが銀行をやる理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49724245-20161008.html
■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49222132-20160802.html
■ロイヤルホストが24時間営業をやめる本当の理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50052834-20161121.html
■2018年開幕予定の「卓球プロリーグ」が本当に儲かるか計算してみた。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50185951-20161209.html

多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。