展示自動車

「アメリカ、大丈夫?」

最近、第45代アメリカ合衆国大統領に絡んだニュースを耳にするたび漠然とした不安に駆られるのだが、そうした不安とは違うものの、思わず、「アメリカ、大丈夫?」と呟きたくなる騒動がかつて米国で沸き起こったのは、トランプ大統領が事業で苦境に陥っていた1990年秋から91年にかけてのことだ。

米国のメジャー・ニュース誌パレード(Parade)のウェブサイトを開くと、目次のトップにアスク・マリリン(ASK MARILYN、マリリンに聞いて)という連載コラムがある。IQギネス記録で知られる著名コラムニスト、マリリン・ボス・サヴァントが読者からの様々な質問に答える人気コラムだ。取り上げる質問は幅広く、2017年1月27日のコラムでは、「ボトルに半分だけ残って誰も飲まない水は、どうするのが一番良い?」という、脱力感溢れる質問にも答えている。

その人気コラムで、ある質問にマリリンが答えた内容が、大きな論争を巻き起こしたのである。(以下、Marilynvossavant.comで公開されている転載記事を参考にした。)

■読者からの質問
この日の読者からの質問は、一見、それほど難しくはない確率問題に見えた。
あるバラエティショーに出演し、目の前に3つの扉があるとします。
1つの扉には自動車(当たり)が、他の扉にはヤギ(ハズレ)がいます。まずここから扉を1つ選びます。これを扉#1としましょう。
その後、どの扉に自動車が隠されているかを知る司会者が、残りの扉のうちヤギがいる扉を1つ開けます。これを扉#3としましょう。ここで司会者が語りかけます。
「扉#2に選び直したいですか?」
あなたは、最初に選んだ扉からスイッチした方が得なのでしょうか?
(出典: Marilynvossavant.com 但し、邦訳及び括弧書きは筆者による。)
この問いに対して、マリリンはどのように答えたのだろうか? 試しに筆者の周囲で数人に尋ねてみたところ、全員が同じように答えてくれた。

「ハズレが1つ分かってるから、残りはどちらを選んでも確率2分の1で当たり。スイッチしてもしなくても同じ、、、なにこれ、もしかして引っかけ?」

■マリリンの解答と大論争
これはもちろん“引っかけ”ではないのだが、彼らが何となく不安に思ったとおり、彼らの答えはやはり間違いなのだ。マリリンの答えはこうだ。

「スイッチすべきでしょう。扉#1の当たる確率は3分の1だけど、扉#2の当たる確率は3分の2だから。」

答えに続くマリリンの説明は、落ち着いて読めば分かり易いものだった。だが、それでも彼女の解答に納得できない読者は少なくなかった。

この件でマリリンが受け取った投稿の数は、少なく見積もっても数千通以上。数学の研究者などによる反論も多く、当初は大学などから投稿されたおよそ3分の2が、彼女の意見に反対だった。一般の読者に至っては、実に9割超が反対した。中には、「男とは違ったふうに数学問題を見ているのだろう、女は」という差別発言や、「お前こそヤギだ」という口汚い罵りもあったと言う。

だが、結局、数か月にわたる誌上での論争の後、最終的にほとんどの人が、マリリンが初めから一貫して正しかったことを認めたのである。

■小学生でも分かる考え方
この騒動で全米の注目を集めたのは、題材となったTV番組の司会者の氏名から「モンティ・ホール問題」と呼ばれることになった有名な確率問題である。確率の考え方のエッセンスを体感できる良問なのだが、実際に多くの人が間違ってしまったように、予備知識なく初見で正答するのは必ずしも簡単ではない。(※)

だが、実はこの問題は、「3つの扉のうち1つを選ぶのか、2つを選ぶのか」という単純な問いに集約することができるのだ。

先ほどの問題をこう言い換えてみよう。
あなたが扉を1つ(扉#1)選んだ後、司会者が語りかけます。
「そのまま扉#1を選びますか? 或いは、扉#1をやめて、残り2つ(扉#2と扉#3)を両方選ぶことも可能ですよ。ただ、残り2つのうち、こちら(扉#2又は扉#3)は確実にヤギですけど。」
ここで残り2つ(扉#2と扉#3)を選ぶのは、実質的には、扉2と扉3のうち司会者が「こちらがヤギ」だと言わなかった方を1つ選ぶことに他ならない。つまり、先ほどの標準的なモンティ・ホール問題で言えば、「最初に選んだ扉からスイッチ」するのと同じことになるのだ。

3つある扉から1つだけ選ぶより2つを選ぶほうが2倍当たりやすいというのは、確率の知識がない小学生でも簡単に分かる話だろう。一方がハズレだと知らされているかどうかにかかわらず、2つを選べば当たる確率は必ず3分の2なのだ。

■なぜ簡単に間違えてしまうのか?
では、モンティ・ホール問題で、多くの人が揃って間違えてしまう理由は何なのだろうか?

一つは、ハズレを教えてくれるという「司会者の行動」の条件設定が分かりにくいという点だろう。どこまでが意図的なのか、どこがランダムなのか等、解釈の余地がないとは言えないからだ。だが、そのせいで間違える人は、全体に対する比率としてはそれほど多くはないはずだ。

筆者が考えるに、正答に辿りつかない理由の大半は、「司会者の行動」という本来有益である情報を、誤った方向に過度に簡略化したことなのだ。それは解釈の余地があったせいではない。おそらく多くの場合、最初に選んだ扉以外の2つからハズレを1つ開示された場合と、単に3つの選択肢からハズレを1つ開示された場合とで、確率が変わるとはそもそも考えていなかっただろう。

実際の現象の中から考えのうちに残すべきもの以外を捨て去ることを「捨象」と言う。人が何かを思考する際に、必ず行う抽象化のプロセスだ。これを意識的に行う場合もあるが、何らかのヒューリスティックに従って半ば無意識のうちに行う場合がほとんどだろう。ヒューリスティックとは、経験などに基づいた、情報処理のための大雑把な自分ルールのことだ。

問題を抽象化し、より簡単な形式に当てはめて解こうとするのは間違いではない。但し、それが適切に行われれば、である。モンティ・ホール問題では、一見いつものパターンのように見えながら、実は普段ほとんど経験しないケースだというのが、適切な捨象を難しくしているのだ。

「3つのうち1つを除いて、残った2つから1つを選ぶ」

このパターンは、おそらく誰でも幾度となく経験したことがあるだろう。しかし、

「3つのうち1つを取って置き、残った2つからハズレを1つ除いた残りと、最初に取り置きした1つから、どちらかを選ぶ」

こんなシチュエーションは、バラエティショーにでも出ない限り、確率問題以外で経験することはほとんどないのではないか。経験豊富なパターンのほうが当然思い浮かべやすいため、人は、当たり前のように単純な二択問題だと考えてしまうのだ。

典型的な利用可能性バイアスだと言えよう。

■モンティ・ホール問題から何を学ぶべきか?
マリリンのエピソードは、実は我々が、ちょっとしたことで簡単に間違えてしまうということを教えてくれている。

人は誰でも、自分で意識しないうちに、自然に誤った思い込みをすることがある。いったん思い込んでしまうとなかなかそれに気づけないものだが、それを如何に早く見つけ、修整することが大事なのだ。

思い込みは様々だが、思い浮かべやすいものや、自分がそう思いたい方向にバイアスがかかりやすい。

東京が世界で一番生活費が高い、というニュースでは、高所得の欧米系外国人が自国と同じような生活をするための生活費だという前提が、ほとんど知られないままに情報がシェアされていた。東京での生活と聞いて、外国人を想像する人は少ないからだ。

多くのメディアがアパート空室指標のデータを誤用するのは、メディア同士がお互いにお墨付きを与える形で、それが真実のように信じられてしまうからなのだろう。

報道の自由度ランキングは定量的に見て偏っているが、それでも何故かランキングに一喜一憂する人はとても多い。自分の意見をサポートする情報を、人は信じやすいのだと言う。

日本の労働生産性が低いのは本来需要や生産の問題なのだが、なぜか一人ひとりの働き方の問題がクローズアップされることが多い。身近な問題ほど考えのうちに入れることが容易なのかもしれない。

以下の参考記事では、こうした思い込みや勘違いについて取り上げている。少しでも多くの人に参考にしてもらえれば幸いだ。

【参考記事】
■東京が”世界で一番”生活費が高いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50265593-20161221.html
■東京23区アパート空室率35%は本当か? (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50223436-20161215.html
■報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48670336-20160524.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■「女性就労増加で労働生産性が過去最高」って本当!? (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50115946-20161130.html

※ モンティ・ホール問題の解法としては、マリリンが読者に示したように「場合分け」で整理したり、ベイズの定理を使って条件付き確率を計算するのが正攻法である。ブログや研究ノート等による解説も多いので、興味がある方はぜひ調べてみて欲しい。

本田康博 証券アナリスト・馬主

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