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先日、中日新聞に掲載された社会学者の上野千鶴子氏のコメントが話題になっている。「平等に貧しくなろう」というドキっとさせられる見出しで、賛否両論が巻き起こっているようだ。

上野氏のコメントを手短にまとめると「今後の日本は人口が減る事は避けがたい、移民の受け入れも治安が悪化する事を考えれば難しい、そうであれば経済成長を無理に目指すことはあきらめた方が良い、再分配機能を強化してみんなで平等に貧しくなればいいのではないか」といった内容だ。

この内容に上野氏と立場を同じくする人は「移民の受け入れで治安が悪化するなんて多様性を尊重してきた人の発言とは思えない」と反発をしている。一方で逆の立場の人からは「平等に貧しくなんてとんでもない、勝ち逃げ世代の上野氏がこんな発言をするなんて許せない」とあらゆる立場の人から批判を受け、同意する意見がほとんど見当たらない。

上野氏は何か滅茶苦茶な事を主張しているのだろうか。反論の内容も一理あるとは思うが、やはり上野氏の意見は正しい。ただしそれはおそらく上野氏の意図とは全く異なる意味でだ。

■上野氏の発言を実現すると何が起こるか?

まずは上野氏の発言を正確に把握するためにもコメント内容を引用したい。

『人口を維持する方法は二つあります。一つは自然増で、もう一つは社会増。自然増はもう見込めません。泣いてもわめいても子どもは増えません。人口を維持するには社会増しかない、つまり移民の受け入れです。

日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。

移民政策について言うと、私は客観的に無理、主観的にはやめた方がいいと思っています。

客観的には、日本は労働開国にかじを切ろうとしたさなかに世界的な排外主義の波にぶつかってしまった。大量の移民の受け入れなど不可能です。

主観的な観測としては、移民は日本にとってツケが大き過ぎる。トランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」と言いましたが、日本は「ニッポン・オンリー」の国。単一民族神話が信じられてきた。日本人は多文化共生に耐えられないでしょう。

だとしたら、日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。一億人維持とか、国内総生産(GDP)六百兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。ただ、上り坂より下り坂は難しい。どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。日本の場合、みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。国民負担率を増やし、再分配機能を強化する。つまり社会民主主義的な方向です。ところが、日本には本当の社会民主政党がない。』
出典:「◆平等に貧しくなろう」 この国のかたち 3人の論者に聞く 中日新聞プラス  2017/02/11


個人的には極めて真っ当な発言だと思ったのだが、批判コメントを読んでいると注目した箇所が違うようだ。移民受け入れの可否と平等に貧しく、という部分は一旦後回しにして、「国民負担率を増やし、再分配機能を強化」という部分に注目してみたい。

再分配とは豊かな人から貧しい人に税金や保険料でお金を移転して、皆がそれなりの生活が出来るようにすることを意味する。

では上野氏が主張するように「国民負担率を増やし、再分配機能を強化」して平等に貧しくするにはどのような政策になるのだろうか。シンプルに説明するために、すでに年金を貰っているウエノさんと若者のシモノさんでシミュレーションをしてみよう。

■もし日本がウエノさんとシモノさん2人の世界だったら。

非正規雇用で年収200万円、貯金はほぼゼロのシモノさんと、多額の貯金があり年金だけでシモノさんの年収を超えるウエノさんがいたとする。この2人に国が再分配機能を発揮して平等になってもらうにはどうしたら良いだろうか。答えは簡単で、国が2人の貯金を全額取り上げて、人数で割った額を分配すれば良い。もしウエノさんが5000万円の貯金を持っているならシモノさんは2500万円ももらえる事になる。

本当にこんな事になればシモノさんは大喜びだが、財産権は基本的人権でもありそう簡単に侵す事はできない。もう少し簡単な方法で再分配を強化するには年金に手をつければ良い。5000万円も貯金のあるウエノさんに年金は不要だろう。年金の支払いをゼロにして、シモノさんが払っている所得税や消費税、保険料を減らしてしまえば良い。

ただ、これでもまだ実現性が低い。国がこの人は5000万円の貯金を持っていると正確な情報を把握することは難しいからだ。土地や建物であれば固定資産税をかけるために把握はしているが、金融資産は課税対象になっていないので把握が難しく、今後短期間で把握することも現実的ではない。

■年金と生活保護を一体化した「生活保護年金」の導入を。


ではもっと簡単に再分配をするにはどうしたら良いか。それが年金と生活保護を一体化する方法だ。現在、生活保護受給者の半数ほどがすでに高齢者となっている。安心した老後を迎えるために必要な貯金額はいくらか?といった話は自分もFPとして普段からアドバイスしているが、皆が多額の貯金を準備して老後を迎えられるわけでは無い。年金も受給額が少なければ生活が出来ない。そういう人には年金と生活保護はすでに一体化している。そうであるならば実態に合わせて制度自体も一体化・連動化してしまえば良い。

生活保護の仕組みとして、多額の貯金があると貰うことは出来ない。もし貯金があることを隠して貰えば不正受給となる。生活保護と年金を一体化した際もこの仕組みを導入すれば良い。

つまり自己申告の形で貯金額が一定額以下の人にだけ年金を払います、というスタイルだ。これでも「不正受給」をゼロにすることは出来ないと思うが、年金の支払額は劇的に減らすことは可能だろう。上野氏は平等にと発言しているため、再分配の結果今より貧しくなる高齢者が生まれても特に問題は無いだろう。

せっかくなので名称も「生活保護年金」と変えてしまえば良い。生活保護には「貰うと恥ずかしい」というおかしな印象を持つ人がなぜか多数いる。年金も健康保険も失業保険も生活保護も全て社会保障の一環なのだが、生活保護だけは別格らしい。

もし自分が事業に失敗するなり病気なりで収入がゼロになったら遠慮なく貰うと思うが、何が何でも生活保護なんて貰いたくない、プライドが許さないという人も少なくない。そうであれば、そういった偏見を利用して「貯金があるのに年金を貰うなんて恥ずかしい」という新しい常識が出来るように仕向けてしまえば良い。

支給基準は生活保護のようなほぼ貯金がゼロでないと貰えない、というのでは厳しすぎるため、100万円とか200万円程度に設定すれば良いだろう。とはいえ、現実的な政策に落とし込むのであれば「貯金が200万円以上なら年金ゼロ」はやはり難しい。それならば「貯金が200万円以上なら年金は1割カット」ならどうか。かなり現実的な数字になると思われる。

■年金カットで本来の再分配を。

年金を1割カットすれば年間50兆円を超える年金の支出額を兆単位で減らすことが出来る。2割まで許容できるなら支出カットは2倍に増える。これだけ劇的にカットが出来れば保育園不足も大学の奨学金問題もあっという間に解決する。貯金200万円以上なら医療費は現役世代と同じで3割負担とすれば、40兆円を超す医療費もかなり削減が可能となるだろう。

生活費が不足する分は貯金の取り崩しで賄ってもらい、貯金が一定額以下の人だけ申告をしてもらって満額支給に切り替えれば良い。それでも貯金が尽きてしまった人には今と同じように生活保護や医療費の免除と、従来通りのセーフティネットを提供する。年金カットは余裕の無い高齢者のためにもなる。つまり「若者から高齢者へ再分配」ではなく、「裕福な人から貧しい人へ再分配」という本来の再分配だ。

なお、ここに書いた事は冗談でも皮肉でも無く、細かなやり方は別にして再分配の考え方としては本来正しい方向性だ。日本は再分配後に貧富の格差が拡大するおかしな国となっている。これはウエノさんとシモノさんの例え話で説明したように、貧乏な若者から徴収する税金・保険料で多額の資産を保有する高齢者に年金を支払い、医療費を安くしているからだ。

国内の金融資産1752兆円のうち、60歳以上が7割近く、50歳以上まで含めれば8割以上を保有する。この格差を解消するには年金を減らす以外に方法は無い。

■なぜ貧乏人からお金持ちに再分配がなされるのか?

今までこんな当たり前のことが出来ていなかった理由は、保有する金融資産(ストック)を無視して、収入(フロー)の部分だけで課税や保険料が決まっていたからだ。つまり貯金はたくさんあるけど収入はゼロの人に年金を払う必要はあるのか?という、テクニカル的にも選挙の面でも政治家が手を付けにくい課題を放置してきたことが問題の元凶ということになる。

もちろん、こうなってしまった事に理由はある。税金をかける場所は大雑把に分類して三か所に分かれる。それが収入・支出・資産だ。「収入-支出=資産」と考えればお金の流れの全ての面に税金がかけられていることが分かる。

個人であれば収入には所得税、支出には消費税、資産には相続制などがある。酒税や固定資産税など税金は様々な種類があるが、ほとんどがこの三つに分類できる。健康保険料や年金保険料も収入に比例する。

この中で補足が難しいのが資産への課税だ。現在、国の税収のほとんどが個人の所得税、法人税(法人所得税)、そして消費税となっている。例えば平成28年ならば一般会計で57.6兆円のうち、所得税18兆円、消費税17.2兆円、法人税12.2兆円、3つの合計で47.4兆円、およそ82%を占める。つまり資産への課税は税収の柱になっていない。

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一般会計税収の推移 財務省HPより

法人税も実質的に働いている人が負担していると考えれば、高齢者がまともに負担している税金は消費税くらいということになる(年金も課税対象だが控除額が大きいため多くのケースで税金は払っていないかごくわずか)。

高齢者が多額の資産を持っているのは働いてきた期間を考えれば当然ではあるが、人口比で高齢者の割合が増えたことで全体で見ると高齢者への資産の偏りがより大きくなってしまっている。加えて資産への課税が難しく、年金に手を付けにくい状況で若者と高齢者の世代間格差が大きくなってしまっている……という事になる。この問題をどのように是正すれば良いか、これは今後の日本のあり方に大きく関わる事は間違いない。

■経済成長は不要という無意味な発言。

経済成長を無理に目指す必要は無いといった趣旨の発言については、個人的には全く心配していない。気にする必要も無い。なぜならそのような発言をする人でも日本で暮らす以上は経済成長に「加担」しているからだ。

例えば上野氏は自身で稼いだ給料や年金などで日常的に買い物をしているだろう。スーパーで食料品を買ったり、友人とレストランに行ったり、休みにはたまに旅行に行ったり、女性であれば男性よりも洋服や化粧品にお金をかけることもあるだろう。そういった際に手にする商品やサービスがよりたくさん売るため激しい競争の結果顧客に選ばれている。その反対側には手に取ってもらえなかった商品を売る企業があり、その積み重ねで企業は成長したり潰れたりしている。

お金の流れを考えても、例えばコンビニでお茶を1本買ったとする。セブンイレブンやローソンに行けば、おーいお茶、生茶、綾鷹、伊右衛門など最低でも5.6種類くらいは並んでいるだろうか。これを一本買えば、コンビニと飲料メーカーの売上になる。

そしてそのお金はお茶を生産した農家、ペットボトルを製造したメーカー、ドリンクを配送する配送業者、宣伝に協力した広告代理店、カードで決済すればカード会社等、ありとあらゆる人や企業の手に渡る。そしてそのお金が給料となって個人の手に渡れば、再度競争を繰り広げる資本主義の世界にお金が流れていく。

つまり経済成長を拒否することは少なくとも生きている限り不可能なわけだ。さらに言えば死んだ後でも葬儀やお墓にお金がかかり、資本主義と無縁の状態ではいられない。思想信条として経済成長なんてしなくていい、その方が皆幸せになれると考えることは自由だ。ただ、そういう事を考えても意味ないですよ、なぜならあなたが生きていても死んでしまっても資本主義で皆が経済成長を目指す世の中から逃げ出せないんですから、という事になる。

上野氏の平等に貧しくという発言がどのような意図からなされたものかは分からない。ただ、再分配機能の強化には賛成したい。今の日本の社会構造を考えると、あらゆる矛盾の元凶がそこにあるからだ。その結果として上野氏本人が年金を減らされて貧乏になる可能性もあるが、きっと理想通りの世の中になったと喜んでくれるだろう。

●関連リンク
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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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