2月23日の日本経済新聞朝刊によると、旅行・観光会社各社は今後、訪日外国人富裕層向けの高級サービスの提供に力を入れていく方針だそうです。 旅行各社、訪日富裕層に的 JTBグループなど旅行・観光各社が訪日外国人の富裕層向け高級サービスを相次ぎ始める。予約が取りづらい歴史的建物を貸し切ったり、高級車での移動を提供したりする内容だ。訪日客の「爆買い」は一服する一方で、特別な体験を楽しむ「コト消費」の人気は高まっている。各社は高い満足度を得られる点を訴え、固定客確保につなげる。(以下略)<2017.2.23 日本経済新聞朝刊> ■三越伊勢丹HDによるニッコウトラベルの買収 訪日外国人富裕層を含む富裕層の「コト消費市場」の拡大に注目しているのは、旅行会社だけではありません。三越伊勢丹ホールディングス(以下三越伊勢丹HD)も2月10日、シニア層向け旅行に実績のある東証2部上場のニッコウトラベルへのTOBを発表し、「コト消費」の中核を為す旅行事業の強化を図るようです。 もともと三越伊勢丹は、百貨店業界の中でも富裕層向け旅行事業領域に力を入れてきた歴史があり、2015年には三越伊勢丹旅行営業部を母体とする株式会社三越伊勢丹旅行を設立し、富裕層向け旅行市場に本格参入を図っています。中でも豪華な内装のラグジュアリー・バスを使った国内旅行などの独自性の高い旅行商品は、三越伊勢丹の優良顧客層から高い支持を得ているようです。また三越伊勢丹HDがニッコウトラベルを買収することにより、三越伊勢丹旅行とニッコウトラベルの協業が可能となり、シニア富裕層向け旅行商品の競争力の向上が期待されています。 三越伊勢丹が、「コト消費の獲得」に力を入れる理由として、一般消費者の「百貨店離れ」が顕著になってきていることが挙げられます。三越伊勢丹HDの業績は低迷しており、「爆買い」の減少等により、2016年4月~12月の業績は、売上高9306億400万円(前年同期比3.9%減)、営業利益196億3700万円(36.2%減)、経常利益215億8800万円(35.7%減)、当期利益195億7700万円(18.7%減)に留まっています。 中でも百貨店事業の売上高は、8541億1000万円(4.4%減)、営業利益88億4400万円(56.7%減)と低迷しています。よって、今後成長が見込まれる旅行など「コト消費」関連の事業を強化して「顧客接点」を増やし、百貨店との事業シナジーを創出することで収益の回復につなげたい、という思惑もあるようです。 ■「旅行事業」を核とした成長戦略 三越伊勢丹HDは、中長期経営計画の中で、「経費削減」や「百貨店事業の構造改革」の推進に加えて、「成長事業の事業基盤の確立」を掲げ、旅行以外にも「ブライダル」や「飲食」といった市場にも参入し、「コト消費事業領域」での基盤確立を図っています。 中でも団塊世代が70歳を迎えることもあり、シニアの旅行市場は益々成長していくと予想されるため、シニア富裕層向け旅行事業は、今後最も注力する事業領域となっているようです。 一方で、前述の通りJTBを初めとする旅行会社各社も、シニア富裕層向けのサービスを拡充しており、「シニア富裕層対象の旅行市場」は、現在活況を呈しています。このように厳しい競争環境の中で、三越伊勢丹は今後どのような戦略を採用すれば、「シニア富裕層を対象とした旅行などのコト消費市場」において競争優位を構築し、百貨店事業の収益向上につなげることができるのでしょうか? 企業の成長戦略は、主に以下の4つの戦略に分類されます。 1.市場浸透戦略: 既存の顧客層に、既存の商品・サービスを提供していく戦略。 2.新市場開拓戦略: 新たな顧客層に既存の商品・サービスを提供していく戦略。 3.新商品開発戦略: 既存の顧客層に、新たな商品・サービスを提供していく戦略。 4.多角化戦略: 新たな顧客層に新たな商品・サービスを提供していく戦略 三越伊勢丹は、主に三越伊勢丹の既存優良顧客に対して独自の旅行商品を提供し、成長を遂げてきました。よって、上記の中でも「1.市場浸透戦略」や「3.新商品開発戦略」領域については、かなり積極的に推進しているものと予想されます。一方で、三越伊勢丹グループの「非顧客層」へのアプローチについては、不十分な面があった可能性も捨てきれません よって今後三越伊勢丹が採るべき戦略としては、「非顧客」へのアプローチを強化することによる、「シニア富裕層向け旅行市場」におけるシェア拡大が挙げられます。今回の三越伊勢丹HDによるニッコウトラベルへのTOBは、富裕層向け旅行市場でのシェア拡大を強く意識したものと想定されます。 今後は、三越伊勢丹旅行とニッコウトラベルの協業により「付加価値」を高め、新たな旅行需要を創出するとともに、シニア富裕層を顧客とする国内外の旅行会社等へのM&Aや戦略的提携等についても、より積極的に進めていくことで、「国内外富裕層を対象とした旅行市場」において、リーダー的なポジションを築ける可能性が広がります。 ■欧米のシニア富裕層の開拓 一方で、収益回復を軌道に乗せるためには、三越伊勢丹は欧米シニア富裕層のインバウンド需要の開拓に、本気で取り組む必要があると推察されます。前述のように、旅行会社各社が富裕層訪日客向けのサービスを強化する中で、まだブルーオーシャン市場であると想定される欧米富裕層のインバウンド需要の創出に成功できれば、中長期的には、三越伊勢丹の旅行事業における収益増に留まらず、三越伊勢丹グループ全体の収益回復にも繋がることが期待されます。特に現在は、2020年に東京五輪が開催されることから、欧米の富裕層市場の開拓も進めやすい環境が整いつつあると考えられます。 欧米の富裕層訪日客は、一般的にアジアからの訪日客よりも滞在日数が長く、また滞在時の消費額も高額であるため、百貨店にとっては大変魅力的な顧客層となっています。しかしながら従来、三越伊勢丹に限らず百貨店各社は、海外の顧客開拓に積極的であったとは言えず、また欧米の富裕層を対象としたマーケティング活動の質や量も、不足していた感があります。 よって今後、三越伊勢丹が欧米富裕層のインバウンド需要を創出するためには、以下のような施策の実施が望まれます。 1.三越伊勢丹グループ全体の「強み」(長所)を活かした「独自体験」を提案できるプロ人材の育成 欧米富裕層に対して、三越伊勢丹グループが全体の強みを活かして、どのような「オンリーワンの体験」を提供できるかが、インバウンド需要獲得におけるキーファクターになると考えられます。そのためには、三越伊勢丹グループ各社の事業や商品等を熟知した上で、「独自体験」のアイディアを創出できる「プロ人材」の採用や育成が必須となります。 特に欧米の富裕層を対象とした旅行は、「オーダーメイド型」に近い形態になっていくことが予想されるため、欧米富裕層の価値観やライフスタイルを十分に理解した上で、日本における「魅力的な体験」をプロデュースできるプロ人材の採用や育成は、競合各社と差別化を図る意味においても、必要な戦略施策だろうと思います。 2、欧米富裕層を対象としたマーケティング活動とブランディングの実践 欧米富裕層における三越伊勢丹のブランド認知は、欧米の百貨店等と比較して低いと想定されます。よって、欧米富裕層を対象とした三越伊勢丹のブランド認知の向上のための活動や、旅行を初めとした三越伊勢丹グループの商品・サービスの理解促進を図るプロモーションの強化等も望まれます。 ■経営陣の多様化 三越伊勢丹が、今後「コト消費市場」関連市場において競争優位を築くためには、「経営陣の多様化(ダイバーシティ)」の実現が不可欠になるだろうと思います。現在の三越伊勢丹HDの役員、執行役員等の略歴を見ると、殆どの人が、かつて「金のなる木」的事業であった百貨店事業の出身者であり、多様性に乏しい感があります。 しかし今後は、経営の意思決定に将来の成長事業領域である旅行や飲食などの事業責任者等を参画させていかないと、M&Aなどの戦略的意思決定の際に、競合他社と比べて遅れが生じるリスクがあります。それを回避するためには、百貨店事業部門以外の事業領域に属する事業部門責任者を執行役員等に登用して経営陣の多様化を図るとともに、意思決定のスピードを上げていくことが、三越伊勢丹が「コト消費市場」で収益基盤を確立するために必要とされる施策ではないかと感じます。 【参考記事】 ■中小企業を宝の山に変える「起業家人材」の活用 http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-42.html ■日本のMBAは、本当に「無用の長物」なのか? http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-41.html ■斎藤佑樹投手は「あの夏の成功体験」を捨て去ることができるのか? http://sharescafe.net/50108491-20161129.html ■「過労死再発防止」で求められる、電通の企業風土改革 http://sharescafe.net/49842848-20161024.html ■SMAPの「上場・売却」でファンとメンバーと事務所は皆ハッピーになる http://sharescafe.net/49529721-20160913.html 株式会社デュアルイノベーション 代表取締役 経営コンサルタント 川崎隆夫 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |