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日銀がマイナス金利の導入を決定してから、約1年が経過した。

市中に流通するお金を増やして景気を刺激しようというこの施策、もともと資金調達が潤沢な大手企業と異なり、この施策の恩恵を受けたいはずの中小企業にとっては現在のところどうだったのか、振り返ってみる。

■マイナス金利の効果
マイナス金利とは、言うまでもなく私たちの預金に対する金利のことではなく、日銀にある民間金融機関(銀行・信用金庫)の当座預金の金利がマイナスであることだ。そのため金融機関は、これまでなら日銀の当座預金に預けておけばノーリスクで金利がついていたはずのお金を、貸し出しや投資など市中の運用に回さなければならなくなった。

マイナス金利のもとでは、金融機関が私たちに貸し出す融資の金利も低くなるので、それを背景にして例えば首都圏ではテナントビルや賃貸マンションへの不動産投資が活発になっているし、個人の住宅ローンの借り換え市場も活況だ。

逆に保険会社などは、もともと集めた保険料を国債などで運用しており、マイナス金利の影響でその運用益が見込めないため、一部で保険料の値上げなどの動きが出ている。

つまり業界によってその影響はプラスマイナスが様々で、マイナス金利施策のトータル評価としては、功罪取り混ぜた上で、日銀の思惑通りの景気上昇はいまだ実現できていない、というのが現状であろう。

■地方中小企業への影響
さて、それらの状況はニュースでも伺い知ることができるが、果たしで地方の中小企業や、そこで働く個人へのリアルな影響はどうか。

まず、中小企業に対する事業性資金の融資に関しては、「晴れた日に2本目の傘を貸し合う」様相となっている。

もともと金融機関と中小企業の融資の関係は、「晴れた日に傘を貸す」と例えられていた。雨に降られて傘を必要としている(業績が苦しく資金需要がある)企業に対する貸し出しは渋く、晴れていて傘などいらない(業績好調で資金にこまっていない)企業には競って貸したがるのが、金融機関である。

預金者の大切なお金を預かる金融機関の責任として、安全な貸し出しを心がけるのは当然であるが、マイナス金利後もその方針はさして変わらないため、日銀の当座預金に置いておけなくなった資金が、晴れの日の(業績好調な)企業に集中した結果、まさに晴れた日に2本目の傘を貸すような動きに繋がっている。

ところで、実際には地銀や信用金庫などは、金融機関であってもマイナス金利の影響を直接にはほとんど受けていない。というのもマイナス金利は、大雑把に言えば法定準備金を上回る“ブタ積み”と呼ばれる余剰資金からさらに2015年の平均残高分をマイナスした額に対して適用される。

取引規模の小さな地銀や信用金庫は、もともとブタ積みしておくような余裕資金は薄かったので、マイナス金利がその運用益を直撃するわけではないが、しかし貸し出し金利が下がる中で運用に苦労している点では同様で、優良な貸し出し先を増やしたいのは山々だろう。

ただ金融機関としては、低い貸し出し金利だからといって与信判断を大胆に出来るかというと、そこはむしろ逆で、金利が低ければより回収見込みが高い企業に貸出したいのが当然であろう。

そこで先に述べたように、業績好調で資金需要など無い企業に対して、複数の金融機関が営業努力で重複して貸し付けることになる。

■新規投資への資金貸付けの現状
マイナス金利が、日銀の思惑通りに景気を刺激するには、金融機関が企業に貸し付けたお金が、眠らずに再投資されなければならない。

そのためにも金融機関は、意欲のある経営者の事業計画を、専門的な見地から判断してダイナミックな貸付けに踏み切って欲しいところだが、残念ながら中小企業に対しては、一部を除いて相変わらずの担保主義&保証人主義なのが現状だ。

大手企業と異なり、中小企業への資金融資は、現在でも代表者個人の連帯保証を付けることを融資の条件にされるケースが多い。その意味では日本の株式会社は、Co.,Ltd(カンパニーリミテッド・有限責任会社)ではないといえる。

また金融機関の審査部は、新規の事業投資が有望かどうかの判断をする機能は低く、日本政策金融公庫など一部の例外を除けば、中小企業や若い起業家を後押しする姿勢は、今のところどの金融機関もとれていない。

そんな事情から、金利が下がったからといって単純にお金が市中に出回るわけではないのが地方の現実である。

■地銀をはじめとする金融機関の取り組み
では、地方の中小企業を支える金融機関は無策でいるのかといえば、実はそんなことはない。

たとえば筆者の住む静岡県には、静岡銀行、清水銀行、スルガ銀行と3つの第一地銀がある。ちなみにひとつの県に第一地銀が3行というのは、全国では福岡県(4行)についで2番目に多い県であるが、マイナス金利以降の各行の印象は、それぞれ異なった戦略が見られて面白い。

静岡銀行は、邦銀屈指の盤石な財務体質からトップレベルの信用格付けを取得しているが、ここ数年は事業者向けの融資判断が明らかにチャレンジングになってきている。かつては“シブ銀”とまで言われるほど与信判断が辛い体質の銀行で、それが厳しい行風にも繋がっていたが、現在では介護事業や不動産など、融資判断のための様々な専門部署を配置して、融資先の事業内容を高度な専門性をもって判断して融資実行に踏み切るケースがある。

合併で静岡市清水区となってからの清水銀行は、清水区という極めて狭い商圏を対象に勝負すると思われたが、実際には静岡市周辺のベッドタウンでの営業を強化し、現在さらに新規開拓への注力で好業績を維持して存在を示している。

また、スルガ銀行は全国でも注目される面白い銀行で、もともと馬や着物やゴルフなどを対象にした多彩なローンを開発したり、指静脈による生体認証のICカードを開発したりと、話題に事欠かなかった。古くから住宅ローンの回収率の高さを知悉しており、他の金融機関が避けていた外国人向けの住宅ローンを開発したりして、極めて高い収益性を実現している。

それらの地銀、信用金庫などが、今後も地方の中小企業の血液ともいえる資金需要を担う。そしてそれは、そこで働く地方に住む人々の生活にも大きく関わっている。

各行庫とも、担保主義や連帯保証人といった日本の金融機関特有の与信判断を一朝一夕に変えるわけにもいかないだろうが、マイナス金利の刺激を契機に、より有効な運用判断をして中小企業の支援をしてくれることを望む。


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玉木潤一郎 経営者 株式会社SweetsInvestment 代表取締役

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