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先日、宅配便最大手・ヤマトホールディングが未払い賃金の調査を全社的に行っていることが報じられた。社長の山内氏がインタビューに答え、調査に不備があり再調査の指示を出しているという。(ヤマト未払い残業代、再調査指示 一部支店で不適切対応 朝日新聞デジタル 2017/03/23)

社長自ら調査の陣頭に立つなんてすばらしい……と見えなくもないが残念ながらそのような判断は出来ない。当初の報道でヤマト運輸に数百億円の未払い賃金の可能性が報じられているからだ。

■一社で日本全体の未払い賃金を倍増させる金額に……?
社長インタビューに先立つ記事では同じく朝日新聞で数百億円にのぼる未払い賃金の可能性が指摘されている。

宅配便最大手ヤマトホールディングス(HD)が、約7万6千人の社員を対象に未払いの残業代の有無を調べ、支給すべき未払い分をすべて支払う方針を固めた。必要な原資は数百億円規模にのぼる可能性がある。サービス残業が広がる宅配現場の改善に向け、まずは未払い分の精算をしたうえで、労使が協力してドライバーの労働環境の正常化を進める。
出典:ヤマト、巨額の未払い残業代 7.6万人調べ支給へ 朝日新聞デジタル 2017/03/04


大手企業で億単位の未払い賃金が発覚したといった報道は時折見かけるが、数百億円という数字はあまりに巨額で聞いたことが無い。自分が知らないだけで珍しくない事例なのかと思ったが、厚生労働省で公表されたデータを見ると、ヤマトHDの未払い賃金の額と対象者の人数がいかに異常なのかが分かる。

平成24年 104億5693万円 10万2379人 
平成25年 123億4,198万円 11万4,880人
平成26年 142億4,576万円 20万3,507人
平成27年  99億9,423万円 9万2,712人

※いずれも全国の労働基準監督署の監督指導により支払額が1企業で合計100万円以上となった事案
出典:監督指導による賃金不払残業の是正結果 厚生労働省 各年度の公表結果より 


概ね毎年10万人に対して100億円程度の未払い賃金が発覚していることがデータから分かる。これは氷山の一角と言われているが、上記データと比較しても7万人超に数百億円という数字は一社で日本全体の数字を超えかねない、空前絶後という表現は決して大げさでは無いことが分かるのではないかと思う。

なお、ヤマト運輸はこの報道に対して、社内で未払い賃金の調査中であることは認めたものの、数百億円という数字については当社から発表したものではないと公式リリースを出している。

■未払い賃金数百億円の信ぴょう性は?

現在ヤマト運輸に関する報道は多数なされており、その多くはアマゾンの荷物が多すぎて現場が疲弊していてドライバーが可哀そう、といった心情的なものであり、これは多くの消費者がヤマト運輸に対して良いイメージを持っていることも起因している。ただ元々の原因は無茶な数量の荷物を引き受けていることが原因だ。それはアマゾンのせいでもアマゾンを利用する客のせいでもなく、経営判断のミスでしかない。

2013年末には佐川急便がアマゾンの配送から撤退しており、そのころからヤマト運輸が引き受ける荷物はさらに増加していると思われるが、これはヤマト運輸にとっても交渉力が増している状況であり、ヤマト運輸にまで逃げられてしまえばアマゾンは事業の継続すら困難になる。結局現在起きている問題は増加する荷物を低価格で大量に受け入れた経営陣の責任と言うほかはない。

現在、ヤマト運輸では労使交渉で時間指定の配達を一部停止する事、業務の終了から翌日の業務開始までの時間を一定時間以上取るといった措置(インターバル規制)によりドライバーの負担を減らすことで同意したと報じられている。そして未払い賃金の調査に不満が出た事で上記の通り再調査を命じるなど改善に努めている点について評価できる点もあると思われる。

ただしそれは将来の話であり、過去に発生した未払い賃金の責任を免れることは出来ない。つい先日もヤマト運輸と社員2人との間で未払い賃金の支払いについて調停が成立したと報じられた。その金額が過去2年でそれぞれ301万円、276万円と巨額にのぼっている(ヤマトが解決金支払い 労働審判で調停成立地裁 カナコロby神奈川新聞 2017/03/24)。

これが7万人分となれば、未払い賃金は数百億円という報道に信憑性を与えるような数字だ(1人あたり10万円でも70億円と膨大な額になる)。

■サービス残業は「粉飾決算」である。
過去3年のヤマトホールディングスの営業利益(いわゆる本業の利益)は600億円超で推移しており、2017年も580億円の見通しとなっている。

未払い賃金数百億円が100億円なのか、200億か、300億か、調査の結果を待たないと分からないが、仮に年間100億円、労働債権の時効である2年分で200億円と考えても、特別損失として業績に大きく影響を与える数字であることは間違いない。

あくまで仮定の数字となるが、年間100億円であれば営業利益の2割近い数字となる。これだけの利益が未払い賃金という犯罪行為で計上されているとなれば上場企業のコンプライアンスとして許されるわけも無く、株主に対しても間違った数字を報告してきたことになる。

社内で行われているという調査結果で報道通りの数百億円という数字が出た際、近年しつこいほどコンプライアンス(法令順守)を強調している証券市場でそのような「粉飾決算」が許されるのか、東京証券取引所もコメントを出すべきではないのか。

そして未払い賃金の際に必ず出てくる過去2年分という期限はあくまでそれ以上さかのぼって払う法的義務が無いというだけの話で、5年分でも10年分でも「支払ってはいけない」という法律があるわけでは無い。ヤマト運輸は2007年にも労働基準監督署から是正勧告を受けており、アマゾンの配送などとは関係なく長期間にわたってサービス残業が常態化していた可能性も指摘されている。

――なぜ、未払い残業代の全社的な調査に乗り出したのですか。
「第一線の社員に負担をかける形では、社会インフラとしての宅急便を維持するのは難しい。社員に本来あるべき姿で働いてもらうために調査を始めた」

~中略~

――きちんと調査をした支店長がマイナス評価を受けることはありませんか。
「それは全然ない。むしろ(きちんと)やらなかった方が悪い評価になる。管理者が(社員の労働)時間を故意に削ったり、修正したりした場合は懲戒の対象にしていくと決めている」

――きちんと調べきって、きちんと支払いきると、社員に約束しますか。
「はい」

出典:「人材が先、サービスは後」 ヤマトHD山内社長 朝日新聞デジタル 2017/03/23


インタビューで社長が自らここまで答えている以上、さかのぼって支払う期間を2年で区切る必要は無い。同インタビューで抜本的改革が必要、とも答えている。過去の未払い賃金は「全て」清算すべきだろう。その金額が数千億円になろうと元々は支払うべきものであり、年間600億円の営業利益をあげているのであれば、今後10年かけて分割してでも全て支払うことは不可能ではない。

■過去の未払い賃金を調べるにはDeNA方式の採用を。
法的に払う必要の無いお金を払う事には株主からのプレッシャーを考えれば極めて難しい経営判断となるが、従業員がストライキの圧力をかけてでも過去全ての未払い賃金の獲得を目指す意味はあるのではないかと思う。

ヤマト運輸による物流が1日でも止まれば日本全体で尋常ではない影響が発生する。そしてその責任は従業員ではなくタダ働きをさせた経営陣にある。結果的に取引先や株主から損害賠償請求を受けようと、過去の経営陣まで責任追及がなされようと、全ては自業自得だ。

過去何十年分にもわたって全社員の、そして退職者も含めた未払い賃金の記録を正確に調べることは極めて難しい(というか無理)と思われるが、ある程度簡便な方法もある。

昨年、大手IT企業・DeNAが運営するキュレーションサイトで著作権侵害が疑われる記事が多数掲載されていることが問題となり、全てのサイトが閉鎖された。第三者委員会ではその全体像を調べる際に、全ての記事を確認するには時間がかかり過ぎると判断したのか、サンプル調査から推測する形を取った。

つまり全てではなく一定の数の記事を調べ、そこで判明した問題のある記事の割合から全体で何本の記事に問題があるか推測する、という手法だ。要するにTVの視聴率のように一部から全体を推計する統計的な手法だ。ヤマト運輸でも一部の社員の未払い賃金を長期にわたって徹底的に調べることで、統計的な観点からある程度妥当な未払い賃金の総額を導き出すことは不可能ではないはずだ。

■ヤマト運輸は「第二の電通」とすべきではないのか?
長期間にわたってサービス残業をさせて企業が不当な利益を得る、結果的にバレたとしても2年分を支払えば全てチャラになる、バカをみるのは真面目に働いてきた社員だけ、というのでは安心して働くこともできない。

こういった状況を是正するために電通では強制捜査が行われたのではないか。

電通では入社一年目の社員が過酷な長時間労働で自殺をした、過去にも同様の事例があった、労働時間の改ざんまで疑われた……とイエローカード二枚目といった状況だったが、ヤマト運輸の未払い賃金の金額が報道の通りであればレッドカードに値しないのか。これだけ巨額の未払い賃金が発生しても過去2年分の賃金を払えば会社も経営者も大きなお咎めは無し、などという前例は作るべきでは無い。

逆に、報道通りに数百億円の未払い賃金が発覚して強制捜査から経営陣の逮捕や起訴という状況まで進めば企業の経営者は震え上がり、たとえ売り上げが減ろうと未払い賃金の発生を防ごうと考えるだろう。

電通の強制捜査はまるでライブドア事件を彷彿とさせる国策捜査のようでもあり、法の下の平等を考えれば決して納得できるものでは無いが、悪質な違法行為には強制捜査や経営陣の逮捕が待っている、という状況になれば安心して働く環境があっという間に実現出来るかもしれない。

電通は現在、法人と自殺した社員の上司が書類送検されている状況で結論はまだ出ていないが、社長辞任で事件の幕引きは出来なかったとも言われている。

結局はタダ働きをさせるインセンティブは会社の利益ということになるが、経営者個人の責任が法的に問われるようになれば、会社の利益のために有罪になるなんてたまったもんじゃない、と経営者の行動は大きく変わる。

※ただし、サービス残業ではなく長時間労働へのインセンティブは労働時間の長短で雇用調整せざるを得ない現在の法律が原因となっているが、別の話になるので今回の記事では論じない。

■人口減少は緩やかに進むが労働人口の減少は急激に進む、という新しい問題。
先日、春闘で中小企業の賃上げ率が大企業と並んだことが報じられた。

低賃金で雇った従業員に無茶をさせて儲ける、というビジネスモデルは人手不足による賃金上昇で崩壊しつつある。

運送業における個人宅への配送はラストワンマイルと呼ばれ極めて手間のかかる業務だが、従来は現場の努力や無理という「人力」で成り立ってきた。そして現在は再配達が不要な仕組みや配達を効率化する仕組みを作れないか、様々な取り組みが検討されている。

駅に受け取りのロッカーを設置する、個人宅に大きなポストを設置する、LINEで事前に在宅確認をする等、どれも決して技術的に難しいものではない。そういった新しい取り組みに経営者が手間をかけようとする意志があるかどうかの問題だ。

今後人手不足がさらに進むことはすでに確定した将来だ。そして「人口減少」は緩やかに進むが「労働人口の減少」は急激に進む。結果的に多くの企業はこれまでにない状況で、これまでにない問題へと直面する。

ヤマト運輸は配送量の急激な増加という形で大きなトラブルに発展したが、小売・飲食等もアルバイトの時給アップですでに強く影響を受けている。新しい環境に直面した企業がどのように対応していくか、注目したい。

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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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