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私は司法書士としての日々の業務の中で小額のトラブル解決の仕事に携わっているが、時々、裁判で戦った相手から依頼の話がくることがある。

これ自体は決して珍しいことではない。会社など、紛争解決を純粋にビジネス上処理しなければならない問題の一つと考える場合、しっかりと処理してくれさえすればよいので、依頼をする先の司法書士が以前戦ったことがあるかどうかなんて気にしない、むしろ、仕事ぶりについて身をもって知っているわけだから、なおよしというわけだ。

このような依頼の話が来ると、仕事ぶりを評価されているという点については素直にうれしいわけだが、実際に受任するかどうかはまた別の話だ。

■司法書士にはやってはいけない仕事がある
司法書士には、「利益相反」する事件の関与はできないという規定がある。これは弁護士であっても同様だ。

「利益相反」というのは、読んで字のごとく、利益が相反する当事者同士から依頼を受けてはいけないということだ。

例えば、男女間でお金のことでトラブルとなってしまっている当事者がいたとしよう。

男性のほうから事情を聴くと、「以前交際していた女性にいろいろとプレゼントをしてきたが、いざこざがあって別れることになった。別れるときに『プレゼントにかけてやった金は返せ!』と言ったら『ちゃんと返すわよ!』と応じたくせにお金を返さないです」という。

女性の言い分はこうだ。「あれはプレゼントととしてもらったもので、お金にして返すなんて言うわけない。そんなくだらない話を信じるんですか?」。

もしこの男女両方から仕事の依頼を受けてしまうと、どちらの味方になってよいかわからなくなってしまい、板挟みの状態となってしまう。

こうなると適正な仕事を遂行することができないわけで、依頼したほうとしても、不利に扱われようものなら「本当に自分のために一生懸命仕事をしてくれるのか?相手に肩入れしているんじゃないのか」という疑念をもってしまうだろう。

このような疑念を持たれないためにも、もともと司法書士には「利益相反」する事件の関与はできないとされているのだ。

冒頭述べた例でいうと、当事者となった一方の事件は終了しているので、厳密な意味では利益相反となっているわけではないので法に触れるということはないが、私は受任をするかどうかは慎重な検討が求められると考えている。

■世の中には「利益相反」があふれている
さて、司法書士や弁護士といった一定の資格業では、当たり前のように考えられているこの「利益相反」についての規制。このような資格業でもない限り、他の職業では何ら規制がない。

つまり、これはありとあらゆる契約などで言えることなのだが、あなたの目の前にいる人が本当にあなたのことを第一に考えてくれている存在かどうかは自分で見極めなければならないわけだ。

その時にこの「利益相反」という視点で眺めてみると面白い。

■賃貸アパート経営セミナーを考える
「利益相反」については様々な場面で見ることができるわけだが、今回は、昨今、盛況な「建築会社主催の賃貸アパート経営による節税対策無料セミナー」を例にとってみよう。

このようなセミナーでは税理士などが講師を務めることがあるが、まずを無料で主催する建築会社の意図は明確だ。

賃貸アパートの建築を受注するために、顧客を集めないといけないし、顧客に多額の資金を出させるためには動機づけが必要だ。

家賃収入の確保に加えて、税務上のメリットがありますよと宣伝を打ちたいわけだが、これには自社の社員がセミナーを開くよりも、外部の税理士という社会的に信用のある資格を持った専門家から語られたほうが受講する側としても安心するというものだ。

セミナーのなかで税理士の口から出てくる節税効果については、真実が語られるはずだ。そこに間違いがあるということはまずないだろう。

■講師は誰のために講義をしているのか?
一方の税理士がこのセミナーで講師を務めるメリットは講師料だけだろうか。

大きなメリットは、相続税対策のコンサルタントといった依頼を受任する機会を増やすということにあるはずだ。他の会場で開かれるセミナーの講義を何か所も受注できれば、その分、受託のチャンスは広がる。

このような背景を考えると、セミナーの講師としては、受講者に向かって講義をしてはいるものの、受講生の事だけを考えてセミナーを行っているわけではないことがわかる。

セミナーを開催する建築会社とそれに参加する受講者という、これから取引関係に立つかもしれない当事者の間に立つ関係となっていることがわかるだろう。

そうすると、よもやアパート経営を全否定するような内容が語られることはないだろうし、アパート経営をすることを前提とした節税プランを作成してくるかもしれない。

はたしてこのセミナーに参加して得られる情報だけをもとに、相続税対策としてアパート経営をするという決断を下してもよいだろうかと考える必要があるわけだ。

■自分に必要な情報を抽出する
ここで誤解のないように言っておくが、このようなセミナーに参加すると騙されるので行かないほうがよいですよ…ということを言っているのではない。

先ほどの書いたとおり、世の中には、「利益相反」があふれている。完全に「公平中立な」情報などはなく、その中から自分に有益な情報を抽出していかなければならない。

ここで言いたいのは、このセミナーから得られる情報は「限定された情報に過ぎないこと」を知っておくべきだということだ。

アパート経営をすると節税というメリットがある反面、どのようなリスクがあるのかということは、このセミナーでは語られない。セミナーのテーマはアパート経営をすることによる節税効果という点に絞られているわけで、アパート経営をすること自体がそもそもどういうもので、それについてのリスクがどうなっているかということについては、他から自分で情報仕入れるしかない。

このセミナーで得られた情報は、自分で他から集めた情報によってアパート経営をしてみようという意思決定を行ったときにはじめて、自分にとって役に立つことになるのだ。

■まとめ
人は経済活動を行わなければ生きていけない以上、「利益」に背いて行動することはできない。我々司法書士などの職種にあるものが、「利益相反」に関与することを禁じられていることは、そのことを織り込んでいるわけだ。

全ての情報がそうだとは言わないが、情報の多くは「誰かの利益のために」語られるものであり、完全に「公平中立な」ものなどそうそうない。

自分にとって利益となるものかどうかは自分で見極めなければならないわけで、それを見極める方法の一つとして、目の前にいる人がどうやって「利益」を得ているか、そのような視点を持つと見えてくるものがあるだろう。

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