第38段写真

現在開催中の国会は、某小学校の設立問題に集中していました。そのせいか、重要な法案の審議がそれほど時間を割かれずに衆議院を通過しています。

つい先日は、私たちの日常生活に密着するはずの改正介護保険法がひっそりと衆議院を通過しました。今回の介護保険法改正は、介護保険の性格を変えてしまうほど大きな内容を含んでいますが、そのことにどれだけの方が気付いているでしょうか。自分には関係ない?団塊の世代だけの問題? いいえ、他人事ではありません。いったいどんな改正が行われるのでしょうか。

■所得の高い方は自己負担3割に
改正介護保険法案の審議の中で、一番多くの時間が費やされたのが、自己負担3割の導入です。もともと1割負担で介護保険は始まりましたが、平成27年8月から2割負担が導入されました。そのわずか3年後に今度は3割負担を導入しようとしています。導入時期は平成30年8月です。

どれくらいの人が3割負担になるのかというと厚生労働省の試算では、利用者全体の3%です。今のところ、所得の高い方の中でも特に高所得の方が対象なので、97%の方は自分には関係がないと思っても仕方がないことだと思います。

また、高額介護サービス費が設定されていることも3割負担となってもまだ大丈夫という安心感につながっていると言えます。高額介護サービス費とは、利用者負担額に上限を設けている制度です。現状は37,200円です。しかし、この上限は平成29年8月から44,400円に引き上げられます。それでもまだ、大丈夫と考える人は多いと思います。私も、現時点では3割負担となっても、ほとんど影響ないと思います。

ところが、論点はそこではありません。本当の論点とは、利用者負担額を3割とする収入の基準を厚生労働省の省令で変えることができるようになったことです。現在は年収340万円以上を3割負担とすることとしています。しかし、ズルズルと3割となる年収基準が下げられ、決して多くないと言える年収でも3割負担にしてしまう事も可能な状況です。

厚労省令は国会の議論を経ずに変えることができます。社会保障審議会で議論し、パブリックコメントを1か月くらい募集しておけば変えられるのです。今後、2割負担、3割負担となる対象者が増えていくのは必然です。

4月12日に、野党の国会議員が安倍総理大臣、塩崎厚生労働大臣に質問をしています。3割負担となるこの年収基準340万円について、少なくとも5年間は変えないつもりかどうかと。残念ながら、安倍総理大臣、塩崎大臣の回答は、状況を見てというものでした。つまりは、5年以内にも3割負担となる年収のハードルは下がって、2割負担や3割負担の対象者は増える可能性があると読み取ることもできます。次の制度改正は3年後なので、その時に本当の自己負担3割が到来するのではないでしょうか。

さらに、高額介護サービス費の上限もこのまま維持されると考えるのは甘いと言えます。基本的に健康保険の高額療養費制度と同調するものなので、近いうちに高額療養費と同じ57,600円になると考えられます。そして、健康保険の高額診療費の天井は57,600円のままということはなく今後7万、8万と上がっていっても不思議ではありません。私たちはしっかりと行政の動きを見ておく必要があります。

■新設!財政インセンティブ導入によって介護保険制度は歪められる?
今回の目玉は何といっても、国から市区町村への財政インセンティブ制度ができることです。財政インセンティブ制度の仕組みとは、市区町村が目標を立て、その目標を達成できたら国が市町村に補助金を支払うというものです。市区町村は、利用者の介護度を前年度に比べて〇%下げる、介護給付費総額を前年度の総額と比べて〇%減少する等を目標にするものと考えられます。

市区町村の財政はどこも厳しいはずです。その厳しさは、今後さらに税収の減少、高齢者の増加に伴い加速していきます。補助金は喉から手が出るほど欲しい、そう考える市町村は補助金を獲得するべく目標達成をしてくるはずです。

財政インセンティブが市町村に付与される好事例は次のように考えられます。
(1) データに基づく地域課題の分析
(2) 地域マネジメント行って取組内容を決定
(3) 保険者(市区町村)として、ケアマネジメント支援の充実によるケアの質の向上や介護予防の取組、ニーズに応じた効率的なサービス提供等
(4) 都道府県が研修等を通じて市区町村を支援
(5) 適切な指標による実績の評価
(6) 財政インセンティブの付与(補助金の支払い)

上記のように、例えば自立支援のためのケアプランの導入や総合事業の本格的稼働によって地域住民の介護度が下がり、結果として目標達成となる分には誰も文句は言いません。しかし、介護保険が始まって17年、そう簡単にはできないと考えるのが通常です。そこで、市区町村が禁断の手を使って目標を達成してくるのではないかと危惧されるわけです。

禁断の手とは、要介護度の認定基準を厳しくするという行為です。認定基準は市区町村に委ねられていますので、甘いも辛いもさじ加減が可能です。認定基準を厳しくすれば、介護度の改善や介護給付費の削減が強制的にできます。今までの基準では要介護度が3だったのに、介護度が1になったら要介護度は改善し、使えるサービスの量は減るため介護保険の給付費も減ったとなります。

実は、市区町村に禁断の手を使うその気がなくても、都道府県から静かなプレッシャーがかかる仕組みが同時に導入されます。市区町村が目標を達成すると、都道府県も国から補助金がもらえるからです。都道府県は、市区町村を支援・指導、つまりはおしりをたたける立場にあります。

その上で、市区町村も都道府県も目標達成を成し遂げないといられない状況に置かれる可能性があります。介護保険は、財源の50%は国民負担ですが、残りの50%は税金です。税金50%の内訳は、国が25%、都道府県が12.5%、市町村が12.5%です。この国が負担する25%のうち20%は義務ですが、残りの5%は市町村の介護保険財政の調整を行うための調整交付金と言われる部分です。

この5%は、75歳以上の人口の割合や所得の状況、災害等の特別な事業を勘案するものですが、さらにここに財政インセンティブに応じて増減するという基準が加わらないとは言い切れません。市区町村は、5%部分がなくなるとさらに介護保険財政が厳しくなります。万が一この調整交付金が市区町村の目標達成にリンクされるとなると目標達成を半ば強制的にせざるをえなくなってしまいます。

■その他、今回は一旦見送りにされた軽度者切り捨て問題
昨年、要介護度が軽度の方は介護保険サービスが使えなくなり、市区町村が行う住民サービス(通称:総合事業)に鞍替えするという議論が行われました。訪問介護の生活支援(調理や掃除等)は介護保険にはいらないだろう、要介護度1、2の方も介護保険でなくてもよいのではないかという、いわゆる軽度者外しです。時期尚早ということで今回の介護保険改正法案では見送りになりました。あくまでも見送りなので、次回の改正では確実に行ってくるだろうと考えています。

そう考える理由は、先行して市区町村で始めることになった総合事業が、先行されていなかったことにあります。実に全国の市区町村の6割が先行するはずだった総合事業を平成29年4月から開始します。残りの4割は平成27年4月から平成29年3月までの間に開始しています。

平成29年4月から総合事業を始め、さらに平成30年4月から軽度者向けのサービスを増やすとなると、市区町村では十分な準備ができないばかりか、始めたばかりの総合事業の効果測定さえもできない状況ではないでしょうか。そういう意味で時期尚早とされていますので、次回改正では、確実に改正内容に盛り込むと考えられるわけです。

次の改正が行われる時期としては、平成32年3月の可能性が高いです。平成28年12月22日に発表された社会保障制度改革推進本部の「今後の社会保障改革の実施について」で、平成31年度末までに必要な措置を講ずると記載しています。平成31年度末とは、平成32年3月を指しますので、平成32年3月までに改正が行われるというのはほぼ確定路線と言っても過言ではないと思います。

■終わりに
この介護保険制度改正の問題は決して高齢者だけの問題ではありません。団塊世代は自分たちの問題、団塊世代を親に持つ団塊ジュニア世代は家族の問題です。そして近い将来、自分の問題になります。この介護保険制度の動きを日頃から注視しておかないと、いざ利用しようとしたときに、保険でカバーされると思っていた部分が実は保険の適用対象外と慌ててしまうことになります。

介護保険はもちろん頼りになる社会保険です。しかし財源の問題はこれから本番を迎えます。平成28年の介護保険の予算規模は10兆円ですが、平成37年は20兆円と予測されています。将来もっともっと介護保険の適用範囲が狭まり、自己責任で対応せざる部分が増えそうです。準備は早いに越したことはありません。ヒト(自分・家族)、モノ(サービス・介護用品)、カネ(預金・保険)、情報(利用方法・制度改正)について、今こそ準備を始めませんか?

【参考記事】
■昨年度をすでに上回る倒産件数!淘汰が始まった介護業界(藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/49892618-20161030.html
■元特養事務長が教えるより良い介護施設の見極め方(藤尾智之 税理士)
http://sharescafe.net/47893238-20160223.html
■介護保険は保険ではない ケアマネジャーと上手に付き合う方法 藤尾智之 税理士
http://sharescafe.net/35169456-20131126.html
■介護が必要になった!どうする?(藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/49045000-20160709.html
■介護保険は保険ではない 「親の介護は老人ホームにお願い」は甘い考え 介護保険を考える(1) (藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/35018841-20131120.html

藤尾智之 税理士・介護福祉経営士

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