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長く親しまれてきた明治のスナック菓子「カール」が、東日本で販売終了になると報じられたのは5月26日のことでした。


「明治は25日、スナック菓子『カール』を東日本で販売終了すると発表した。最盛期の1990年代に190億円程度あった売り上げが約60億円と3分の1以下に減るなど低迷。生産を完全に終了することも検討したが“約50年続くブランドを愛好する消費者のために存続を選んだ”という。」(「『カール』東日本で販売終了」 日本経済新聞 2017/05/26付)


子供のころは誰もが一度は食したことのあるこのトウモロコシ原料のお菓子も、確かに最近は口にする機会が減ったような気がします。三橋美智也が歌う牧歌的なCMソングもいつの間にか聞かれなくなっていましたが、最盛期に比べここまで売上が落ちていたとは意外でした。記事によれば、今後は愛媛県の工場で2品種に絞り込んで生産し、西日本だけで販売を継続するそうです。

しかし、「売上が3分の1になったんじゃ撤退しても仕方ない」となんとなく思うだけでは、このニュースの見方としては突っ込み不足です。本稿では、今回の明治の経営判断を少し深掘りして考えてみます。

■“売上60億円”ではなぜダメなのか?
冒頭の記事によれば、低迷しているとはいえ「カール」の売上は今でも60億円あるとのことです。明治ホールディングス株式会社の平成27年度有価証券報告書によると、同社の菓子セグメントの外部売上高は約1,420億円で、60億円はその4.2%にあたります。

ちなみに、スナック菓子大手・カルビーのホームページによれば、同社の連結売上高で「えびせん」が占める割合は4.4%となっています。「カール」「かっぱえびせん」という日本を代表するロングセラー菓子の製造元売上シェアは、奇しくもほぼ同じなのです。角度を変えて考えれば、「カール」の60億円、4.2%という数値は、それなりに存在感のある数字だと評価できます。

それでも明治が東日本での販売終了を決めた理由は、売上が60億円では事業として赤字になるからです。「そんなの言われなくても分かるよ」と思うかもしれませんが、大事なのは「どういうメカニズムで赤字になるのか」を知ることです。

結論を先に言えば、「60億円の売上では、粗利で固定費を賄えないから」赤字になります。

■カールの採算性を計算してみる。
前述の有価証券報告書には製造原価報告書が記載されていないので、明治の菓子セグメントにおいて変動費(売上高に連動して増減する費用。原材料費や包装費など)と固定費(売上高の増減に関係なくかかる費用。労務費や減価償却費など)がどのような割合になっているかは分かりません。そこで、私の手元にある帝国データバンク刊『全国企業財務諸表分析統計』の数字を使って概算してみます。

同資料から「パン・菓子製造業」の分析指標を抜粋すると、全企業平均で変動費率は54.79%、固定費率は43.40%となっています。変動費率が54.79%ということは、売上高-変動費で算出する粗利(注)の売上高に占める割合(粗利率)は100%-54.79%で45.21%となります。
(注:管理会計上、この利益のことを正式には「限界利益」と呼びます。ただ、あまりなじみのない呼称ですので本稿では便宜的に「粗利」という言葉を使っています。厳密には、「限界利益」と「粗利」は違う概念であることにご留意ください。)

これは、例えば1個100円のお菓子があるとして、そこから材料費等の変動費55円を引いた残り45円で人件費等の固定費43円を賄って、1個当たり2円の利益を得ている、ということを意味します。

仮に、カールの生産体制が最盛期の売上190億円のままだったとして上記の数字を当てはめてみましょう。固定費の合計は190億円×43.40%=約82億円です。現在の売上高は60億円ですから、変動費を引いた粗利は60億円×45.21%=約27億円。したがって約55億円の赤字となります。

生産体制を売上100億円規模までダウンサイズしていたとしても、固定費は43億円かかりますから約16億円の赤字となります。「生産を完全に終了することも検討」したこともうなずける数字です。

しかし、明治はブランドを存続させる道を選びました。そのためには、「売上60億」「変動費率54%」「固定費率43%」を所与の条件として事業を黒字化する生産体制を組まなければなりません。売上高60億円規模なら、許される固定費は60億円×43%で約26億円。設備や人員・輸送体制を見直して固定費をこの線まで落とすことができれば、粗利27億円でぎりぎり利益が見込めます。

試行錯誤の結果、この条件を満たしたのが、「生産は愛媛工場1か所」「2品種に絞り込み」「販売は西日本のみ」という体制だったのでしょう。

■今回の経営判断は必ず財産になる。
本稿で強調したいのは、明治は「売上が落ちた」からではなく、「売上が落ちた結果、粗利で固定費を賄えなくなった」からカールの生産撤退を検討した、ということです。

「そんなのどっちでも同じじゃないか」と思われる方もいるかもしれません。しかし、ここをいい加減に考えていると、まだ利益貢献ができる商品を早まって販売中止にしたり、逆にコストが過大で採算が取れていない商品をズルズルと販売し続けるといった、誤った経営判断につながります。

明治の経営企画部にしてみれば、あっさり生産中止にしてしまった方が楽だし、道理にもかなっていたはずです。そこを、「国民的なブランドを守る」という思いからコスト構造を見直し、ブランド存続を実現した努力には敬意を表したいと思います。この決定に至るまでの社内議論や各種作業ノウハウは、必ずや無形資産として明治という会社の財産になるでしょう。

というわけで、今日のおやつは久しぶりにカールを買って来ましょうかね…。

【参考記事】
■地銀の”総合スーパー化”が士業最大の脅威に!? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51330871-20170521.html
■東京ディズニーランドが客数減少で苦戦中という勘違い。そして「本当の課題」は? (多田稔 中小企業診断士)
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■富士フイルムの事業転換は、本当に"華麗な転身”なのか。 (多田稔 中小企業診断士)
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■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
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多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

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