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 先月、JALの2017-2020年度の中期経営計画が発表された。これまでJALの翼を縛り続けてきた8.10ペーパーから解放されて初めての中期経営計画となったが、この計画の中で、成長に対するドライバーとして、フルサービスキャリア事業以外のビジネスと創造・育成を行うことで事業領域を拡げることが明記された。また、そのための具体的な取り組みとしてイノベーションが掲げられたが、JALが既存体制の下でイノベーションを進め、フルサービスキャリア以外に事業領域を拡げることはできるのであろうか。その体制からJALのイノベーションの可能性を読み解いてみたい。

■イノベーションとは
 イノベーションとは、一般的に「革新」として捉えられることが多い。またイノベーションは、その新しい技術やアイディアについて客観的な合理性や実現性が低く(または、現時点では高いと認識されておらず)、不確実性が高いものである。この不確実性が故に、イノベーションはその実現のための資金確保に困難を極め、世の中の優良なアイディアや技術が日の目を見ることなく消えていくのである。

 JALが事業領域の拡大のために行うイノベーションとは、不確実性の中のわずかな光を見い出し、それに対しこれまでに蓄積した豊富な資金を当てはめ、仮説と検証、失敗と成功を繰り返しながら模索する活動を行うことで、経済性をもたらす革新を成し遂げていくことなのである。

■イノベーションに対する壁
 JALは倒産以降、営業利益率10%以上を目標に掲げ、これまで高い収益率を維持してきた。そのため、自己資本比率もFY16時点で56.2%となり、今回の中計においてもFY20までには60%程度を維持することとしている。この航空事業で蓄えた資金力と、今後も継続するであろう高収益体質より、事業領域の拡大のために必要なある程度の資金的余力はあると考えられる。
 しかし、前述の通りイノベーションにおいては、その不確実性に対する投資判断が問題となる。倒産を教訓として、採算性意識の向上に邁進してきたJALにとって、築き上げた優良な体質がイノベーションに影を落とすことになる。

 倒産後にJALが築き上げた部門別採算制度による採算性意識の向上によって、各部門が非合理性・不確実性を極力排除した、経済性・確実性の高い施策に対してのみ、必要な資金が当てられる。このような企業風土において、不確実性の塊であるイノベーションが紛れ込むとどのような結果になるであろうか。厳密な投資判断ルールを維持・運用している会社であれば、確実性の高い案件と、不確実性の高い案件を同一テーブルに乗せた場合、後者が選ばれることはあり得ない。倒産後の復活を遂げるために築いた自社の採算性意識の高さが、イノベーションの可能性を秘めるアイディアや技術に対する投資にどう作用するのか。JALがイノベーションを進めるうえで直面する1つ目の壁は、イノベーションがもつ不確実性に対する拒絶反応である。
 
 他方、大企業に共通する合議制の弊害もイノベーションの阻害要因となる。会社の意思決定を行う際、大企業であれば合議制を取り入れるケースは多い。優秀な企業は、コーポレートガバナンスの名のもとに、社員に不正を起こさせないような権限分離が進み、意思決定に透明性と客観性、多面的な評価を求めるため(時には責任の分散のため)の合議制度が運用されている。しかし、この合議制度では案件の最終承認に各関連部門の合意を要し、多くの合議者が好む案のみが選別されることで特徴ある製品・サービス・アイディアは排除されてしまう。

 また、既存事業に少しでも悪影響を及ぼす可能性があるアイディアについては、その既存事業部の担当役員は、どんなに素晴らしいアイディアであっても必ず反対派にまわる。これらを「合議制の弊害」と筆者は呼ぶが、企業が進める新規事業の創造において特徴あるアイディアを阻害する根本的な原因であると考える。新しい事業を創造したいはずが、新しく奇抜な発想を積極的に退ける仕組みのもとで意思決定が行われている矛盾がここに存在する。もしJALが、イノベーションに対する意思決定を既存スキームのもとで判断するとしたら、これが2つ目の大きな壁となる。

■イノベーションの可能性
 JALは2017年の経営体制において、イノベーションを担うと思われる事業創造戦略部の担当役員を入れ替えることを発表した。また、これと同時期に今回の中期経営計画策定の立役者である経営戦略部部長の異動も発表された。これらの人事は、新たな体制のもとでイノベーションを実現させようとする植木社長の強い意志の表れなのであろうか。
 イノベーションの前に立ちはだかる、これまで築きあげてきた優秀なプロセスの壁をJALがどう乗り越えていくのか。そして、JALのイノベーションがどのようなビジネスを創造し、2020年に新しい空へどう羽ばたいていくのか。新たな挑戦に立ち向かうJALに、大きな期待を抱かずにはいられない。

【参考記事】
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■優秀が故のジレンマ「大企業のイノベーションへの挑戦」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50115391-20161130.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html
■ブルーボトルコーヒーに見る戦略ストーリー「人気のブルーボトルコーヒーは何を捨てたのか!?」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/45855247-20150808.html

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