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バブル崩壊後の日本経済は、長い間デフレ(物価の下落)状態にありました。そこで、「将来はインフレの時代になる」と言ってもなかなか信じてもらえないほど、人々の意識の中からインフレというものが薄れているようです。


BEI(機関投資家の予想する今後10年間のインフレ率を、物価連動国債の価格から逆算して求めた値)は非常に低く、1%以下で推移しています。これはチョッと極端かもしれませんが、投資家以外の多くの人々の予想も、これと似たようなものかも知れません。

しかし、筆者はインフレのリスクは大きいと考えています。そもそも筆者の予想するインフレ率自体、長期的にみれば相当高いものとなっています。加えて、資産運用に際してはイベントリスク(具体的には大地震と国債暴落)による影響の期待値を考える必用もあります。そこで、資産運用に際しては、インフレに強いポートフォリオを組むべきだと強く感じています。

■景気回復による労働力不足でインフレに

まず、景気の拡大が続けばインフレになるでしょう。「これまでの景気拡大で物価が上がらなかったから、今後も上がらないだろう」と考えるのは危険です。経路としては、労働力不足による賃金上昇と、財・サービスの需給ひっ迫が考えられます。

景気回復に伴って失業者が仕事にありつくようになりました。潜在的失業者(仕事探しを諦めていた人々)も、仕事が見つかるようになっています。そうなると、今後の求人は「今働いている人を、今より高い賃金で引き抜いてくる」事になります。これまでは、労働力が余っていましたから、企業は安い賃金で好きなだけ労働力を集める事が出来ましたが、これまでとは、事情が違ってきたのです。賃金が上昇していくのです。賃金が上がれば、売値も上げざるを得ません。すでにヤマト運輸が値上げを表明していますが、同様の事が頻発するようになるでしょう。

ヤマト運輸の件を逆の方向から見てみましょう。現在の賃金では労働力が確保出来ないから、宅配便サービスの需要を供給が下回ってしまうので、競争で価格が上がっていくのです。「客の数が増えたが、今までと同じ量しか運べないから、高い料金を払ってくれる客の注文だけ引き受ける」というわけです。値上げによって利益を稼いで賃金を上げ、社員の離職を防ぐことが出来れば、今までの量は運べますから。

日銀は、インフレ率2%を目指しています。実現不可能だと思って気にしていない人も多いのでしょうが、これを侮ってはいけません。仮に今後10年間のインフレ率が2%以下で推移するとすれば、今後10年間は日銀のマイナス金利が持続する(プラス数次にわたり追加緩和がなされる)事になりますが、それでもインフレ率は2%以下で推移するでしょうか?そもそも市場参加者(および世の中の人々)は10年間にわたりマイナス金利が続くと予想しているのでしょうか?

一つの可能性としては、日銀総裁が交代した時に、新総裁が「景気回復のための手段としてインフレ率2%を目指していたが、景気が回復してしまった今となってはインフレ率2%は不要だ」と宣言してインフレ目標を廃止してしまう事が考えられますが、可能性は小さいでしょうね。

■少子高齢化による労働力不足でインフレに

人口予測は、大地震などが起きないかぎり、ほぼ確実に当たります。たとえば仮に今後出生率が劇的に改善したとしても、20年間は現役世代の人口が減り続けることは確実です。一方で、引退した高齢者の数はそれほど減りませんから、現役世代の人口とそれ以外の人口の比率から考えて、慢性的な労働力不足の時代に向かっていく事になるでしょう。もちろん実際にどの程度の労働力不足になるかは景気次第ですが、今後よほどの長期低迷が続かない限り、10年以内には慢性的に労働力が不足する時代(景気が良ければ非常に不足、悪ければ少し不足)が来ると考えておくべきでしょう。

上記と同様の事が、恒常的に起きるわけですが、短期と長期の違いとしては、ドル高になる可能性がある事でしょう。短期的には、「サービスは需給関係が引締まって値上がりするが、物は輸入すれば良いので値上がりしない」という事が予想されますが、長期的には「現役世代が介護に忙しくて物づくりに従事出来ない」といった事態に陥りますから、物が極端に不足するはずです。不足分は輸入すればよいのですが、そうなると今度は、輸入のためのドル買い需要が殺到してドル高になるので、輸入物価が上がり、輸入インフレになるでしょう。

バブル崩壊以降、長期低迷の時代には、労働力が基本的に余っていて失業が問題でした。したがって、労働力の需給から賃金が上がらず、それがデフレをもたらしていたわけです。しかし今後は反対に、人手不足時代が来るという事をしっかりと認識する必要があります。頭の切り替えが必要なのです。

私の好きな言葉を御紹介します。過去のデータを見ないのは非科学的だが、過去のデータに拘りすぎてもいけない。氷に熱を加えても当初は温度が一定だが、氷が溶け終わると温度が上がり出す。

■最大のイベントリスクは大地震

ここまでは予測でしたが、予測は出来なくても可能性として考えておくべき事柄(イベントリスク)もあります。その最大のものは大地震です。30年以内に大地震が発生する確率は70%だと言う人もいるほどです。仮にそうだとすれば、10年以内に発生する確率は10%はあるでしょう。大地震によって東京名古屋大阪といった大都市が壊滅的な打撃を受ければ、猛烈な復興需要が発生するとともに工場が壊れて生産が激減するので、物価は最低2倍にはなるでしょう。被害の状況によっては、物価が数倍になるかも知れません。

こうしたリスクは、経済予測をする際にはリスクシナリオとして言及するだけで、メインシナリオには考慮しませんが、資産運用をする場合には期待値とリスク回避が重要ですから、この分もインフレリスクとして考慮する必用があるのです。

■国債暴落もイベントリスクとして考慮する必用あり

大地震の次に考えるべきことは、国債が暴落してインフレになることです。国債相場が暴落するか否かは、経済予測の問題ではありません。市場参加者が暴落すると思えば暴落しますし、思わなければしないので、予測は不可能です。しかし、可能性がある以上、資産運用に際してはイベントリスクとして考えておく必要があるのです。

では、国債が暴落すると、なぜインフレになるのでしょうか。国債が暴落するということは、政府が借金できなくなるわけですから、その分を日銀からの借り入れで賄う可能性があります。日銀に紙幣を印刷させて、それを政府が借りて国債の償還に用いるわけです。そうなると、世の中に巨額の紙幣が出回るのでインフレになるでしょう。悪くするとハイパーインフレ(物価が何十倍にもなる超インフレ)になる可能性もあります。

そこまで行かなくても、インフレは高い確率で起きるでしょう。日本国債が暴落するという事は、日本政府が破産すると人々が考える場合です。そうなれば、日本銀行券が無価値になる事を人々は恐れるでしょうから、「日本銀行券を持っているのが嫌だから何でも良いから物に換えたい」という需要が殺到してインフレになるからです。

国債を売った資金は銀行預金や株式投資に向かうはずがありません。政府が破産するのに日本銀行券(および日本銀行券の預かり証としての銀行預金)や日本企業の株式などを持ちたいと思う投資家はいないからです。そうなると、人々は現金をドルに換えようとするはずですから、巨額の円がドルなどの外貨に換えられるでしょう。そうなれば、ドルが高騰し、輸入物価が高騰し、国内物価も激しい輸入インフレになるはずです。

■資産運用は、インフレに強いポートフォリオを

こうした事を考えると、現金や銀行預金などは「リスク資産」であることがわかります。株やドルは値下がりのリスクはありますが、インフレに強い資産なので、インフレが予想される時には現金や銀行預金などとどちらが安全かわからないほどです。「買うもリスク、買わぬもリスク」といったところでしょう。

少なくとも、資産運用に際しては、資産を全額銀行預金に置いておく事は避けたいですね。ドルや外貨にも分散投資をして、インフレに強いポートフォリオを組むことが求められる時代なのだと言えるでしょう。

本来であれば、「物価連動国債」が最強のインフレ対策なのですが、最低投資単位が1000万円なので、庶民には手が出しづらいですね。退職金の運用などの際には、是非検討してみる事をお勧めしますが。

【参考記事】
■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48952109-20160629.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■国債暴落シミュレーション:Xデーのパニック(塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12199602230.html
■とってもやさしい経済学 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12221168188.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授


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