先日、私は、ある個人型確定拠出年金(以下、愛称の「iDeCo」と記載する)のセミナーに参加をさせて頂いた。講師のFPの方や、証券会社の方が分かりやすく制度やメリットを説明して下さり、自分の知識や理解を整理するという意味で大変役に立った。 ■iDeCoセミナーで感じた違和感 だが、セミナーが終わってみると、何となく違和感が残った。 自宅に帰って寝る前に、もう一度セミナーの内容を思い出すと、その違和感の正体に気が付いた。セミナーでは、iDeCoのデメリットについての説明がほとんど無かったのだ。確かに、その日のセミナーは大手証券会社がスポンサーになって行われたものなので、iDeCoを普及させるとか、iDeCoの加入者を増やすという大前提があったのだろう。 その大前提を私は否定するつもりは全くない。しかし、iDeCoのセミナーは証券会社や銀行といった、売り手に近い立場の主体が実施することが多いので、一般の人にはどうしても情報が偏りがちになってしまうという懸念がある。そこで、独立系の社会保険労務士・CFPである私が、iDeCoのデメリットについて本稿で解説をしてみようと思った。 読者の皆様は、iDeCoのメリット・デメリットの両方を中立的に知った上で、「加入すべきか」「加入しないべきか」を判断をして頂きたい。 ■iDeCoには3つのデメリットがある ただ、細かい話をするときりがないので、本稿では絶対に知っていなくてはならないiDeCoのデメリットを3点に絞って説明する。 ■ライフプランが変わっても60歳までは引き出せない覚悟が必要 第1のデメリットは、60歳になるまで「絶対に」引き出すことができないお金になる、という覚悟を持ってiDeCoを始めなければならないということだ。 セミナーでは「手元にお金があるとつい趣味や遊びに使ってしまいますから、iDeCoに入れてしまえば無駄遣いはできませんから安心ですね。」といった、柔らかいトーンでサラッと説明をしていたが、この点は、ライフプランが変わっても、60歳までは現金化できないという意味で、デメリットとして契約前にしっかりと理解しておくべきだ。 他の金融商品でも、「定期預金」や「養老保険」のように、途中解約が難しかったり、途中解約をすると不利益を被ったりする商品は確かに存在する。 しかしながら、その不利益というのは、予定されていた金利が付かないとか、払い込んだ金額未満の解約返戻金しか戻ってこないといった、いわば「限定的な」不利益である。 ところが、iDeCoは、ごく限られた例外を除き、いったん払い込んだ金銭は、60歳になるまでビタ1文引き出すことはできない。たとえば、失業をしたので当面の生活費が必要になった、家を買うので頭金に充当したい、子どもの大学の入学金に充てたい、といったような場合でも現金化できないのである。 iDeCoは、自分のライフプランにじっくりと向き合い、その上で、60歳になるまで絶対に開かない鉄壁の貯金箱にお金を入れるのだ、という覚悟ができならば始めるというくらいの慎重さで丁度良いのではないかと私は考えている。 ■手数料や税金負けする恐れ 第2のデメリットは、「手数料や税金が意外に高い」ということである。 iDeCoには、拠出金を全額所得控除できるとか、運用益は非課税であるとか、税法上のメリットは確かに大きい。 しかしながら、様々な手数料や税金が発生することに注意が必要である。 まず、iDeCoの口座を作ること自体によって必然的に発生するのは、新規加入時の手数料(2,000円~4,000円程度)、運用中の口座管理手数料(毎年数百円~数千円)、60歳以降に給付を受ける時の給付事務手数料(給付1回につき500円程度)である。どの金融機関に自分のiDeCoの口座を作るかによって多少金額は異なるが、公的な制度だからといって、国民年金や厚生年金のように国が事務手数料を負担してくれる訳ではないのだ。 次に、気にすべきは、「信託報酬」である。 iDeCoでは、毎月の拠出金を原資として、主に「投資信託」という金融商品を売買することによって資産運用を行い、自助努力で資産を増やして老後に備えるという仕組みであることは既に知られている通りだ。 だが、「投資信託」は株価指数、原油・金といった商品価格、債券価格などに連動するように設計・管理されていたり、プロのファンドマネージャーが運用して株価指数を上回る高いパフォーマンスを追及したりしているので、それなりにランニングコストがかかる。 そこで、iDeCoで売買する投資信託には、投資信託毎に「信託報酬」という運用コストが設定されており、毎年自分が持っている投資信託の残高から、信託報酬が控除される。 信託報酬の率は投資信託によって様々だが、安いものは0.2%とか0.3%あたりだが、高いものだと1.5%~2%あたりに設定されているものもある。 たとえば、信託報酬が2%の投資信託を持っていて、年間で3%のリターンがあったとしても、利益として残るのは1%だけということである。相場環境が悪くて投資信託のリターンがマイナスであったときも信託報酬は変わらずに発生するので、年間でマイナス5%のリターンだった場合は、弱り目に祟り目ではないが、そこからさらにマイナス2%の追い打ちがかかるということである。 信託報酬ができるだけ安い投資信託を選ぶということで信託報酬の問題はある程度回避できるが、もちろん、高い信託報酬を払ってでも、高いリターンに賭けるという投資判断もあり得るので、最終的には個人個人の運営スタイルに沿って判断することになろう。 最後に触れておきたいのは、iDeCoには将来、「特別法人税」がかかる恐れがあるということである。 個人なのに法人税を払うというネーミング自体がしっくりこないかもしれないが、実は、法律上、iDeCoの積立金に対して、年率1.173%(国税1%+地方税0.173%)の特別法人税という資産税がかかるということになっている。 ただし、世の中が低金利で、株価もいまいち力強い上昇トレンドに入らないので、現在はこの特別法人税が「凍結」されている。もし、この凍結が廃止になるようなことがあれば、たとえばiDeCoに1,000万円の積立金がある人は、11.73万円も税金で持って行かれてしまうということである。 この特別法人税は、証券会社や銀行などもiDeCoの普及を妨げることになるとして廃止を望んでいるので、凍結のまま廃止になる可能性もあるが、現時点ではiDeCoに対する大きなリスク要因の1つであることを覚えておいてほしい。 ■もし60歳のときリーマンショックが起こったら!? 第3のデメリットは、「60歳になったときにちょうどリーマンショック的なものが起きたら、それまでの積立や運用の努力が水の泡になる恐れがある」ということである。 証券会社などのセミナーでiDeCoのセミナーを受けると、たいていは「波を打ちながら右肩上がりで資産が増えていくイメージの図を見せられる。 そうであるから、少なからずの人は、途中でリスクはあれど、60歳まで長期運用をすれば、最終的にはそれなりのリターンを得られるはずだ、という印象を持つかもしれない。 ところが、私がiDeCoで一番怖いと思っているのは、「出口」のリスクである。 60歳になって、ちょうど一時金でiDeCoを現金化して引き出そうと思ったり、年金で少しずつもらおうと思っていた矢先、リーマンショックのような金融危機が起こったら、株式や債券などあらゆる金融商品の価値が下落し、その結果、iDeCoの積立金も大きなダメージを受けてしまう恐れがある。 たとえば、リーマンショック前、日経平均は18,000円程度で推移していたが、リーマンショック後の安値では、7,000円を割る寸前まで暴落した。iDeCoで運用する投資信託は日経平均に連動するものも多いが、このような場面では、投資信託も同じく暴落するので、老後の設計が土壇場で大きく狂ってしまう。 iDeCoは必ず60歳で引き出す必要は無く、70歳までの任意のタイミングで引き出せば良いので、相場が回復するまでiDeCoを現金化するのが「お預け」になったり、それでもiDeCoを引き出さなければ足元の生活が成り立たないという場合は、泣く泣く安値で現金化して引き出さなければならないという恐れもある。 したがって、60歳が近づいたら、自分がiDeCoの口座で持っている投資信託を、少しずつ元本確保型商品に置き換えていくとか、自分の頭で考えてリスクを減らしていく工夫が必要であろう。 ■よく考えてiDeCoを始めよう ここまで、iDeCoのリスクについて述べてきたが、いかがであっただろうか。かなり悲観的ことや極端なことも書いたが、私自身は、必ずしもiDeCo反対派ではない。 メリットの部分だけを見て、安易に、「iDeCoに入れば自動的に老後の対策ができる」と考えてしまうと足元をすくわれるので、デメリットも踏まえたiDeCoの全体像を理解したり、資産運用についてしっかりと勉強をしたりして、手堅くiDeCoを使いこなして、本当の意味で老後資産の形成に役立てて頂きたいということである。 《参考記事》 ■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵 http://polite-sr.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/ ■電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出したのか? 榊 裕葵 http://polite-sr.com/blog/dentsu_mondai ■スイスフラン急騰。社員がFXで大借金を背負った場合の会社の対応 榊 裕葵 http://sharescafe.net/42951013-20150119.html ■国民年金保険料2年前納制度のメリット・デメリット 榊 裕葵 http://sharescafe.net/36558624-20140122.html ■働き方改革第一弾として、ホワイトカラーが今すぐ無くせる5つの残業 榊 裕葵 http://sharescafe.net/50496544-20170123.html 榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |