2017日本ダービーパドック
婚約者がいるにもかかわらず合コンに参加した“桜子”。そこで出会った男性の襟元には、お金持ちのしるし、中央競馬の馬主ピンバッジが…。

今は昔、2000年代初めに放送された松嶋菜々子主演 “月9”ドラマ、「やまとなでしこ」の1シーンである。

そう聞いても若者にはピンとこないかもしれないが、最高視聴率30%を超す大ヒット・ドラマの、その中でも有名な場面である。何となく覚えているという人も少なくはないだろう。

ドラマの主人公“桜子”が言うには、中央競馬(JRA)の馬主は年収5,000万円以上で、資産も数億円規模であるらしい。これが本当なら、収入、資産、どちらで見ても、かなりの“お金持ち“だ。

■一番お金持ちの馬主は誰?
そもそもJRAの馬主とは、競馬法で定められた一種の国家資格である。厳格な審査の上、JRAの施行規定に定められた要件を満たした者だけが馬主として登録される。2016年末現在の登録数は2382人。超難関資格である弁護士の15分の1、気象予報士の4分の1という、レア資格である。

一般のイメージ通り、お金持ちは確かに多い。筆者の知る限りでも、上場企業のオーナー経営者が複数いる。

「サトノ」で始まる馬名で知られる「セガサミーホールディングス」の里見氏、「ダノン」で知られる「オービック」の野田氏、ディープインパクトほか競馬史に残る名馬を多数所有した「図研」の金子氏らが有名だ。Forbes JAPANの長者番付「JAPAN'S RICHEST RANKING TOP50」(2017年版)では、里見氏が45位(資産1050億円)、野田氏が35位(同1280億円)にランクインしている。

では、彼らが一番のお金持ち馬主なのかと言えば、実はそうではない。JRAには、日本の長者番付には出てこない、世界的な大富豪馬主がいるのだ。

その人こそ、ドバイ首長国首長のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下である。首長国の首長と言えば、王国なら王にあたる存在だ。競馬ファンの間では、「ドバイの王様」と呼ばれることもある。

日本での正式な馬主登録名は「H.H.シェイク・モハメド」。「H.H.」は、「ヒズ・ハイネス(His Highness)」の略で、国家元首等に対して用いられる敬称。「殿下」と訳されることが多い。また、「シェイク」には、「首長」や「指導者」という意味がある。

「世界の国家元首、お金持ちランキング」(ハフィントン・ポスト、2013/12/11)によれば、シェイク・モハメド殿下の個人資産は40億ドル(約4500億円)を超すという。ランキングは6位だった。

想像力たくましい“桜子”ですら、さすがにこのレベルまでは想像できそうにない。

■ピンもいればキリもいる
だが、そんな国賓級の大富豪がいる一方で、「普通の人」も少なからずいるというのが、リアルな馬主の世界である。

筆者もその部類だ。これまでに所有した競走馬のほとんどは、他の馬主の方との共同所有である。JRAの馬主資格は、所有馬がまったくいない状態が一定期間以上続くと失効するため、筆者のような零細馬主は、費用負担割合が小さい「共有」によって、馬主資格の失効を回避するのだ。

JRAでは、一人当たり1/10以上の割合であれば、複数の馬主で一頭の馬を共有することが出来る。一頭につき、馬主の数は最大10人となるが、このうち公開データ上で当該馬の馬主として登録されるのは「代表馬主(注)」ただ一人である。スポーツ新聞や競馬新聞等に露出するのも、代表馬主だ。他の(最大)9人も確かに馬主なのだが、公の記録に名を残すことはない。

実はいま、そうした、(代表馬主ではない)共有オンリーという零細馬主が、年々増えつつある。

記録が確認できた1989年以降の統計を見ると、JRA馬主の総数は、バブル崩壊間際の1991年に最多3070人を記録した後、2012年まで、実に21年連続で減少していた。それが一転、2013年からは、4年連続で増加している。
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(「日本中央競馬会 事業報告書」(平成20~28各事業年度)より、筆者作成。)

だが、その一方で、競走馬の馬主として名前が登録されている馬主の人数は、依然減少傾向のままだ。2010年に出走した競走馬の馬主として登録された人数は1465人だったが、それが2016年では1367人と、100人近く減ってしまっている。共有主体の馬主ばかりが増えていることの証左であろう。(「netkeiba.comデータベース」のデータを筆者が独自に集計。)

■史上最も馬主になりやすい時代
これは、JRAが馬主審査での所得と資産に関する要件を、2013年に緩和したことが大きかったのだろう。それまでの(1)所得1800万円以上かつ(2)純資産9000万円以上から、(1)所得1700万円以上かつ(2)純資産7500万円以上に、基本要件が変更されたのだ。(所得要件はいずれも2年連続で満たす必要あり。)

ただ、小さくない緩和幅ではあるものの、おそらくこれだけでは、傾向に大きな変化はなかったに違いない。

より大きな影響をもたらしたのは、かつて「(1)と(2)を同時に満たすことが必須」だったものが、「(1)と(2)のどちらかが抜きんでていれば、もう片方はソコソコでOK」と変更されたことだろう。

詳細は省くが、例えば、保有する株式等の有価証券の時価が1億円あれば、所得700万円で、馬主審査の要件を満たせることになったのだ。

また、逆に、仮に資産がまったくなかったとしても、所得が二年連続で4200万円以上であれば要件をクリアするのである。

■アベノミクスとのマリアージュ
所得が4200万円以上ある人の多くは、おそらく純資産の要件もほぼ満たしてしまうだろう。資産がなくて、その分を所得でカバーしようとするパターンは、あまり多くはなさそうだ。

だが、逆のパターン、所得はソコソコだけど資産は十分、という方向で要件をクリアするのは、(もちろん簡単なことではないが)意外に難しくはなかったのではないだろうか?

実際のところ、アベノミクスによる超緩和的な経済環境の中、株式価格の上昇や不動産売却益等によって、ここ数年で数千万円を超す規模で資産を積み増した人は少なくない。

野村総合研究所の推計(ニュースリリース、2016/11/28)では、2011年に81万世帯だった純金融資産1億円以上の富裕層(5億円以上の超富裕層含む)は、2015年には122万世帯にまで増えたという。倍率にして、実に1.5倍である。

最近登録されたJRA馬主の一定割合が、純資産の急増によって本来満たしていなかった所得要件をカバーした層であると考えるのは、あながち間違ってはいないだろう。収入面では一般の人とそう変わらない、という馬主も少なくないはずだ。そんな実態を知れば、“桜子”もきっと驚くことだろう。

共有主体の馬主は、滅多なことでは記録にも記憶にも残らないし、騎手や調教師への影響力も持っていない。

馬主の世界もまた、超格差社会なのだ。

【参考記事】
■ダービー馬の馬主になるのがどのくらい難しいのか、JRA馬主の証券アナリストが試算してみた。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/51359712-20170526.html
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実を証券アナリストが分析してみた。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42224151-20141206.html
■「馬券の税金」判決の影響は? ホリエモンとカジノ専門家のどちらが正しいか、JRA馬主の証券アナリストが解説します。 (本田康博)
http://sharescafe.net/43454270-20150220.html
■東京が”世界で一番”生活費が高いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50265593-20161221.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html

(注: 多数で共有する場合は、当該競走馬を販売する生産牧場関係者等が代表馬主となるケースが多い。)

本田康博 証券アナリスト・馬主

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