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「働き方改革」が今年の流行語大賞の有力候補であるらしい。

昨年9月に「働き方改革実現会議」が発足以来、「働き方改革」の5文字をメディアで見かけない日はないといっていい。

しかし、具体的に出てくる施策は、残業時間の削減であったり、プレミアムフライデーであったり。「働き方改革」とは本当にそんなことでいいのだろうか、と違和感を持つ人も多いのではないだろうか。

そんな中、「働き方改革」の話になると必ず話題になる会社がある。「100人100通りの働き方」を掲げ、自由な働き方が選択できるといわれる「サイボウズ株式会社」だ。先進的な働き方に取り組んでいる代表的な先端事例として多くのメディアが取り上げてきた。

過日、サイボウズの社長を務めている青野慶久氏のお話を、「マザーハウスカレッジ」((株)マザーハウス×ハフポスト日本版の共催)で聴かせていただいた。そこで今まで感じていた違和感の原因がわかったように思う。「働き方改革」は、働くことを制限されることでも、緩い働き方を推奨されるものでもない。もちろん福利厚生の一環でもないのである。


■「自由な働き方」を支えるもの
「全面的に信用しているわけではないですよ。会社の理想に共感してもらう努力をしているだけです。」
サイボウズは、オフィス以外の場所、自宅などで勤務することを認めている。一応、上司に申告はするそうだが許可制ではない。たとえば「来週は帰省するので京都の実家で仕事をします」というようなことも、自分の意向で可能になる。

「こうした働き方を認めるのは、社員を全面的に信用しているからですよね」との質問が出た。この問いへの青野社長の答えが、冒頭の言葉である。

理想に共感してくれれば、自然に業務に向かっていく。意図的にサボろうとする人はいないだろう。だから、会社の理想を明確にして、より一層、共感してもらえるようにしていくのが自分の役目だ、ということである。

制度を作れば働き方が変わるわけではない。制度があっても使われなければないに等しい。男性が育児休暇を取れる制度を作っている会社は多いだろう。しかし、2016年、男性の育児休暇取得率は3.16%だったそうである。(2017年5月30日 日本経済新聞より)。これで過去最高の数値だというのだから、制度としてほとんど機能していないといえるだろう。

サイボウズにもさまざまな制度がある。だが、制度を活かすために大切にしていることがある。それは以下の3点だそうだ。
・いろいろあっていい(互いに違うのだから、自分のやり方を他人に強制しない)
・公明正大(嘘をつかない)
・自立と議論(互いに違うのだから言わないとわからない。意見を言うことは責任である)

たとえば、在宅勤務をする場合、公明正大であることは絶対である。自宅で17時まで働くつもりだったけど、子どもが予定より早く帰ってきたので15時に切り上げます、というのは問題がない。体調が悪くなったので14時には終わりにしてもいい。生活をしていればいろいろなことが起きる。それは正直に言ってもらえればOKだ。それを変に隠したりすると、疑心暗鬼になってしまい、すべてを疑わざるを得なくなる。結局、「リモートワークは全面禁止」に舵を切るしかなくなるのである。

「絶対に嘘をつかない社風を作ることが、リモートワークを機能させるためのインフラになる」と青野さんはおっしゃっていた。

多くのメディアがサイボウズを取り上げてきたのは、その先進的な制度面についての記事が多かっただろう。むろん、それも大切なことだ。しかし、その制度を支えているのは、サイボウズが持つ企業風土である。それを抜きに制度だけを語っても、何も変わらないだろう。

青野さんは自らの著書に、こう書いている。
制度を作るとともに、制度を活かすために、企業の風土を変える必要があるということだ。風土とは、メンバーの価値観である。この組織において何を大事にするか、という判断基準である。「制度」と「風土」をつくり直す。これをセットで考える。(『チームのことだけ、考えた。』p187)


■「理念」の共有が多様性を生む
「世界一使われるグループウエア・メーカーになる」。そして「チームワークがあふれる社会を創る」。

これが、サイボウズが掲げる理念であり理想である。

理念を共有することは多様性に逆行するように感じる人がいるかもしれない。しかし求められる多様性は、具体的な行動、この場合で言えば働き方の多様性だ。だとすれば、理念を実現するためのアプローチは、無数にあるといっていいだろう。

「Aという理念を実現するためにBという働き方で」
理念だけでなく働き方まで縛るのがいままのやり方であった。いまでもそうしなければ生産性が上がらない分野は存在する。ラインで動いている工場では、リモートワークもフレックスタイムも不可能だろう。同じ時間に同じラインに人がいなければ、工場は稼働しなくなる。

しかし、営業や管理部門、クリエイティブの職場ではこのような働き方をする必要はない。毎日、同じ時間、同じ場所で働かないと生産性が上がらない、ということはないはずである。それを、全員同じでないと不公平であると、工場と同じ働き方を営業や管理部門、クリエイティブの職場に持ちこんできたのである。

だがこれから、不公平だからといって全員に同じやり方を強いることができるのだろうか。部署ごとに、また一人ひとりも、それぞれ違う仕事を担っているのに、同じように残業を削減しろと言われ、早上がりを強要される。プレミアムフライデーだから15時に帰れと言われる。それが「働き方改革」なのだろうか。

それは違うだろう。理念を実現するために、自分たちの仕事はなんなのか、何をしたら仕事をしたことになるのかを考える。そうやって「ここまでやればいい」「こうしたやり方にしたほうがいい」と仕事を整理していこうとするのが、働き方改革の本質ではないだろうか。

■多様性が共存できる働き方こそが「働き方改革」である
理念・理想を実現するやり方はたくさんある。そこに貢献する方法もさまざまである。理念・理想という一点を共有できれば、そしてそこに貢献することが「仕事」だと定義できれば、多様性ある働き方は共存できるはずだ。

再び、青野さんの著書から引用する。
「青野さんは社員に優しいですね」と言われることもあるが、それは違う。私は「グループウエア事業に貢献すること」を交換条件に多様な働き方を認めているだけだ。サイボウズにおいては、どの制度も必ず「組織の理想」と一致させることを目指している。「組織の理想」と「個人の理想」という対立しかねない理想を両立させようと考え抜くことからイノベーションは生まれる。(『チームのことだけ、考えた。』p225)

 
すべての施策は、理想を実現するために必要だから実施する。だから、「働き方改革」は人事制度の話ではない。組織マネジメントの領域なのである。

〈参考図書〉



〈参考記事〉
■ふつうの会社が輝くために~ミスターミニットに学ぶ 現場を活かすプロデュース力~(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51067642-20170414.html 
■「従業員満足」で企業業績は上がるのか?  中郡久雄
http://sharescafe.net/34307228-20131029.html
■「町工場の星」に学ぶ 人の育て方、リーダーのあり方~【書評】ザ・町工場―「女将」がつくる最強の職人集団(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48530974-20160506.html 
■あらゆる弱点には長所がある~弱点で進化を起こし、集客を成功させた水族館プロデューサーの方法~(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49653605-20160930.html
■創業1年の家電ベンチャーが、37種59製品をリリースできた秘訣 (中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49418238-20160830.html

中郡久雄 中小企業診断士

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