忍者

景気回復実感がないという巷の声が少なくないまま人手不足が続いています。建築関係やサービス、流通業界の人手不足は深刻で、少子化という構造も相まって先行きは不安です。そんな中、衝撃のニュースが。忍者のなり手が足りないとのこと。忍者人材の獲得は、今話題の人材供給の問題にもつながるのです。

■忍者が足りない
先日日本テレビはじめ、各種ニュースで「忍者が日本各地で深刻な人手不足」という報道がありました。もちろん忍者といっても各地にあるテーマパークや忍者村など、観光客向けのアトラクションのことです。そこそこけっこうなブームで客足も伸びているにもかかわらず、厳しい修行や不安定な所得のため、忍者のなり手がいないそうです。

この忍者不足問題は、産業界の人手不足問題の核心だといえます。忍者かどうかはどうでも良いですが、「人が集まらない」「人を採れない」問題の構造は見出せるといえるでしょう。すでにそのニュースの中でふれられています。

「厳しい修行や不安定な所得」を嫌って人が集まらない。これは人手不足な産業や企業の原因そのものです。労働条件は給与と職務で決まります。その両方に問題があるなら、人が集まらないのは当然です。


■マーケティング発想を人事政策に
私は人事コンサルタントを名乗って長年仕事をしていますが、元々人事出身ではなくマーケティング出身です。マーケティングや営業政策において、今どき市場を無視したものは考えられません。しかし人事など管理分野においては、そもそも市場という発想をすること自体少ないと感じています。
 
正確なマーケティング理論の説明は省略しますが、マーケティングの世界では元々作り手、工場生産を土台とするプロダクトアウト(製品ありき)が主体だったものが、買い手である市場や消費者ニーズを土台とするマーケットインに移りました。しかし一般的な人事政策では会社の都合が第一で、雇われる側の事情は二の次三の次になりがちです。

人が雇えない理由は実はシンプルで、労働条件が悪いからです。もっと突き詰めれば給料が安いからともいえます。これでは実もフタもない結論ですが、実際これ以外に理由があるとは思えません。もちろん「ウチは地域でも高い方だ」「最低賃金などはるかに凌駕する待遇」「何より社員にやさしい職場作りを心がけている」という企業はたくさんあります。しかしそれらはすべて「雇う側の都合」であって、雇われる側はその労働条件に納得していないから応募が減り、結果として雇いたい人を雇うことが難しくなるのです。

標準賃金や相場などはもちろんありますが、人間は標準や相場で動くのではなく、個人の価値観や感情で動きます。給与についていえば、産業構造や法的規制もあって、必ずしも企業は一方的に利益を独占している訳ではありません。しかし人が集まらないといっている場合、こうした労働者側の価値観を読めていないといえるでしょう。


■モチベーションは現金化
人は給料だけで働くわけではないのは当然です。ただ、私のいう「給料」とはお金だけを意味するものではなく、報酬としての金額やその職務への意欲、モチベーションなど総合した対価を指しています。給料の金額は低くてもやる気満々で仕事をしている人はいくらでもいることでしょう。

しかしここでも雇う側の一方的都合だけではもはや立ち行きません。雇われる側は自分自身でモチベーションを決めるのです。やはり究極はお金にならざるを得ないでしょう。人は趣味や娯楽として、お金をもらうどころかわざわざお金や時間を使ってまで作業をします。スポーツ好きな人は誰の命令でもなく練習したり、試合したり、ゴルフコースに出たりして、喜んでお金を払います。

「誰の強制も受けず自分で決めること」これがモチベーションの源泉でしょう。それを提供できるならば、給与という現金化額が少なくとも働きたい人はいることになります。雇う側が設定した福利厚生も、市場性を鑑み働く人によってその価値評価は異なるのです。独身者に子育て支援は響かないし、リストラ実績があるのに永年勤続報奨制度に意味はありません。労働者のマーケットニーズこそ重要です。


■忍者をすぐ集めるには
忍者の成り手がいないのであれば、給料を増やせば良いのです。ある忍者村の募集告知には「1年更新(=有期雇用)、給与は月給制、休日は4週7休、各種保険完備・・・等とありました。給料がいくらなのかをバンド(○○円~○○円)でも表記しなければ、応募者は自分の人生を賭すのは難しいでしょう。完全週休2日ではなく4週7日も、当然のことながら土日祭日などまず休めない仕事でしょうから、決して恵まれたものではありません。

これを月給50万(昇給・ボーナスは業績に応ず)、4週10日休日(ただし平日)などとすれば、当然応募状況は変わるはずです。もちろん現在の経営環境でこれだけの厚遇ができないのも現実だと思います。しかしそれは事業としての根本的問題だとも考えられます。

残念ながら一部の大企業と公務員を除き、ほとんどの中小企業はぎりぎりの利益率で経営されています。忍者村などイベント事業での仕入れでは人件費割合が大きく全体を占めます。人件費が上がれば採算が取れなくなり、事業そのものが立ち行かなくなります。だから給料(人件費)は上げられない・・・・という理屈は経営者のもの。市場が決めるというなら、極論ですがそれは市場が求めていないことになります。

入場料などを値上げして収入を増やさなければ現在のショーを維持できないとすれば、そのショーは残念ながら対価に見合う価値を認められていないことになるでしょう。伝統技術が消えて行ってしまうのも、対価に見合う価値を感じる市場が無いからです。プラスチック製品であれば1/100以下の価格で、同等の製品が手に入るなら、伝統だからというだけで生き残ることは無理です。

伝統をただ見えざる手に任せ、滅びるのを座視して良いかどうかは別の問題です。すべてを市場性だけで判断するなら、弱者は存在できません。弱肉強食だけの市場原理では社会はなり立ちません。伝統技術や芸能に、単なるモノやサービスとして以外の歴史的価値、文化財的価値があるのであれば、それは公共が保護するという判断もあります。


■獣医学部開学で問題解決できるか?
総理への忖度があったのかなかったのか、もめている獣医学部新設ですが、今言われている獣医師不足は都会のペット医師ではなく、地方で働く公務員獣医師や産業獣医師が深刻な人手不足ということです。ここで獣医学部を増やして、そういった過酷で、職務に比して薄給な職務に就く獣医学生は生まれるのでしょうか?

問題は獣医師の供給不足ではなく、公務員獣医師や産業獣医師不足なのであれば、単に獣医学部を新設しても見えざる手は全く問題を解決しないことは目に見えています。市場性は当然ここで発揮されるからです。労働条件の劣悪な業務を現在の獣医学部生たちの多くは選ばないのに、新たに学部を作っても就業者が増えるはずがありません。

一般の医学部において、自治医大のような、学費免除の代わりに僻地医療に従事する義務とバーターな手法であれば問題解決になる可能性はあります。市場ニーズを無視して「人手不足」「成り手不足」を訴えても意味がないと考えます。忍者も獣医師も、すべての人手不足業界は雇われる人ファースト思考をもっと持つべきと考えます。


【参考記事】
■東京五輪招致ネゴシエーションに見るロジックの破綻
http://shachosan.rm-london.com/?eid=795507
■そんなにうらやましくない????社長公募!新卒年収650万!
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850251
■マイクロソフトは新入社員に700万円!? 初任給は入社の決め手になるのか?(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/51473596-20170612.html
■内定辞退の作法(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/46036751-20150826.html
■就活学生は親の言うことを聞くべきなのか(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/51751714-20170724.html

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